第87話:新たな生命、新たな仲間
ポゥ、と自分の目の前に光が灯った様な不思議な感覚。思わず誰だろ?と思い目を開けようとした。
《あら、目を覚ますの?ダメよ、大変な1日だったんだからゆっくりしなさい。あの王様、相手にする方が疲れるって分かったでしょう?》
クスクスと笑う声に思わず同意しかけた。そして、目を開けたいと思うのに力が出ないまま目を閉じた状態になる。なのに、声の主は優しくて微笑んでいるような不思議な感じがして妙に安心できた。
知ってる。この人を、でも……何で?
貴方は、あの時………
≪こーら。勘が鋭いのも考え物ね。ダメよ、ダーメ≫
ふに、っと頬をもみもみされた。そんな事をされたら起きるはずなのに、頭は相変わらず覚醒する所かどんどん眠気を誘っていく。
≪プニプニしてる。私の弾力と似てるわね……クセになる≫
黄龍と青龍が居たよね……と考えた。彼等なら動けるはずだし、相手も分かるはずだ。だと言うのに考えれば考える程、眠りへと誘われてしまうように思考が鈍くなる。
(ダメ………)
誰なのかを聞いていない。思わず手を伸ばして正体を確かめないと、と探り探りになる麗奈に相手はクスリと笑う。
《もう、寝なさいよ。そんなにしなくても、すぐに会えるわ》
(本当、なの……)
《ダメよ。寝なさい……疲れた体には睡眠が一番だから》
(はー………い)
お母さんに言われているような、お姉さんに言われているような感覚に、安心したのか今度こそ麗奈の意識は完全に閉じた。少しして気持ち良さそうに寝ている麗奈を見て、相手をしていた者は後ろを振り向く。
≪悪いわね。黙っててもらって≫
『別に平気だよ』
『…………』
『こら青龍』
黄龍はいつものようにニコニコとした笑顔で対応するのに対し、青龍は厳しい目で相手を睨んでいた。隣で注意する黄龍の言葉を無視し『何で居る』と、怒りを露わにする。
『お前は、あの時』
≪ちゃんと理由は話すわ。でも、貴方達の主さん………可愛いわね。あの時、ちゃんと見れてなかったし………ホント、悪い事したわ≫
私も、契約を結びたかったなぁと羨ましそうに麗奈を見る。それだけで満足しなかったのか、再び麗奈の頬をツンツンと触ったり時々引っ張ったりしている。
何度かそれを繰り返すしていく内にやっと満足したのか≪はあー、プニプニ可愛い……≫とモジモジと体をうねらせている。それに触れるのは不味いなと思った黄龍は見ていないフリを決め込む。
≪じゃ、私はこれで行くわ。またね≫
フッ、と風に吹かれるように、存在があった者は消えてゆく。黄龍は精霊の類だと分かってはいるが、どんな精霊だったか?と考えた。自分と青龍が別に行動をしていた時かな?と考えていると、青龍はイライラしたように霊体化し『ちょっと出て行く』と言ってそのまま姿を消す。
『あっ、おい青龍』
呼び止めようとした手は空を切り、怒る青龍に不思議に首を傾げる。理由もなく怒るとは思えない。彼が怒るのは自分と同じ、麗奈に関する事のみ。それ以外にはあんまり関心を示さず、唯一示すのは強敵との戦いぐらいだ。
『何を怒ってるんだ、アイツは』
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翌朝。
いつもより眠りが深い。ここまで深いのは久々だ。この世界に来てからだとあんまりないとさえ思う位に、麗奈は気持ち良さそうに寝ていた。そんな状態の麗奈の近くに、水色の魔方陣が一瞬現れてはすぐに消えた。
フワッ、と麗奈の髪が風に揺れる。しかし、それでも起きない彼女に現れた者は申し訳なさそうにしていた。が、すぐに知らせないと思い悪いと思いつつも彼女を起こしにかかる。
《すまない。起きれるか?》
何か大きな手のようなものが、麗奈の体を揺さぶる。頬を何か、フワフワとした物が通っている。くすぐるようにするも、それが逆に気持ちが良いのかなかなか起きない麗奈に相手はどうしたものか、と再度考えるもいい案が思いつかずにもう一度ペタペタと頬を叩く。
「ん、んぅ……?」
頬を叩き、時々ムギュッと手を押し付ける。それでやっとうっすらと開けた麗奈と視線が交わる。氷のように淡い水色の毛並み、そして自分を見下ろす狼は気付いた事が嬉しいのか尻尾をフリフリと揺らしている。
そして、優しく微笑みかけている瞳だったのが、次には申し訳なさそうにシュンとなった。
「……フェン……リ……ル、さん?」
《覚えてくれて助かる》
再びユサユサとフェンリルの前足が麗奈の体を揺さぶる。大きな狼の手を器用に使い、布団をはぎ取り、顔を使って無理矢理起こす。んー、と目をこすり少しボサボサの髪をフェンリルの尻尾がくしの代わりをするように、動かしており不思議と整えられていた。
《すまない。至急、俺と来て欲しい》
「えっ、と………」
まだ寝ぼけた様子の麗奈にフェンリルはペロッと顔を軽く舐める。「くすっすぐたいよっ」と軽く抗議するも、それがフェンリルにとってはもっとして欲しそうにも見えた。そんな時、ユリウスが黄龍に連れられて—―投げ入れられた。
「いたっ!!何す――」
≪よし、行くぞ≫
文句を言おうとした瞬間、青い光が部屋を包み風景が一瞬で変わった。
チュンチュンと鳥が鳴く声が聞こえ、床に放り投げ出されたのに今は草木の上に座っている状態。麗奈はフェンリルの背に乗せられておりユリウスに歩み寄ってくる。
《ブルーム様の契約者に間違いないな》
「えっ、と……」
本人からは散々拒否されてますが、良いんですか?と聞きたくなった。しかし、無言を肯定として受け取ったのか、フェンリルはユリウスを乗せて走り出した。
体の大きさを自由に変えられるからか、2人を乗せても平然としている。走るスピードが物凄く早いのに空気抵抗は不思議と受けていない。
走り抜けていく。何かに急ぐように。フェンリルと紹介された大精霊は、一際大きくジャンプし空へと上がる。
《俺達、精剣に入った大精霊は飛行能力を備えられている。例え属性で扱えないとしても、これだけは免除されている》
《ガウガウーー♪》
「ガロウ!!ランセさん!!」
「早起きだね。って、麗奈さん落ちるよ良いの?」
「わわっ!!」
フラッとそのまま落ちそうになる麗奈を、ガロウが機嫌良く支えてそのまま奪われる。《やりーー♪》っと抱き抱え頬ずりする褐色の男性にユリウスは目を見開いた。
風魔と対象的な彼。また寝てしまった麗奈を大事そうに抱えるのは短髪の黒髪に灰色の瞳を宿した男性であり、黒の上着に黒いズボンといった黒一色でまとまられていた。人と違う点と言えば、頬に描かれた蛇を模したタトゥーのようなのがあるくらいだった。
「えっ、と………ガロウ?」
《ん。なんだよ》
返事をした辺り、本当にガロウだと分かりランセを見れば頷かれた。ランセの話に寄れば麗奈と触れ合っている内に、人の姿を覚えたらしい。
「フェンリルさんも、ああなります?」
《人の形をとっていたなら可能だが、俺は元からこの姿だ。まぁ、使い手が現れたなら一時的でも人になれるかもな》
「使い手……?」
《精剣だからなぁ。使い手いないと不便なんだよ。俺は自由だから可愛がる!!この子、好きだわーマジで好き、大大大好き!!!!》
≪ガロウが気に入るのも分かる。俺達、精霊に好かれやすいのだろうな……だからあの方は契約者にと選んだのかも知れないな≫
「………」
「ガロウ。あんまりユリウスを挑発しない」
《してない、してない♪》
さらにギュッと抱き締めるガロウに、思わずピキリと怒りを露わにすれば、≪良いだろ♪≫とアピールしてきた。思わず双剣を抜けばランセに止められ押さえ付けられる。
「どうどう。言った傍から挑発するな」
「っ、でもっ!!!」
『余裕ないとは情けないなぁ~』
ポンッ、とユリウスの事を見て現れたのは黄龍。そんな彼はニヤニヤとしながらも、まだ寝ている麗奈の頭を撫でている。
「悪かったな!!!」
『うんうん、余裕ない余裕ない』
「楽しむなよ!!!!」
ふっ、とフェンリルは笑みを零した。それを見たガロウが小声で≪なっ?この子達、面白いだろ?≫と、宝物を見せる子供のように聞いて来た。それに頷き、大昔の事を思い出していた。
まだ人も、ドワーフも、エルフも、獣人も、今のように互いに睨み合いをする前のもっと昔の事。その時、魔族も彼等と同じように世を作り助け合い、互いに切磋琢磨していた平和な時代だった時の事。
≪(あの時はまだ……今のように互いを蹴落としたりなどはなかった。今のように、互いの種族同士の争いも………無かった)≫
今の状況を見て思う。
フェンリルは少しの間だけだが、麗奈とラウルの2人と共に行動を起こし共に居た。大賢者のキールを助ける為にフォルムの実を探しに行っただけの短い時間。しかし、その短い時間でも、フェンリルにとっては懐かしくそして心が躍ったのだ。
≪なんだよ、お前も惚れたか?≫
≪かも知れないな≫
≪っと、マジか。でも譲らねぇ~ってか先にユリウスの方をどうにかしないと≫
≪無理だろ≫
≪何故即答!?≫
『無理だよ。私達が止める』
≪ちっ!!でも、この子が許せば文句ないだろ≫
『ないけど、主にバレずに始末する』
≪殺る気満々かよ……≫
バチバチと火花を散らす黄龍とガロウをほっといたフェンリル。そして、空へと上がってから数分の事。大きな泉がある所へと降り立ち、寝ている麗奈をユリウスが起こす。
「んー………え、ユリィ?」
「昨日、あんまり寝てないんだな。空に上がった途端にまた寝てたよ」
「ごめん………」
「まぁ、いきなり義兄妹の契り結んだとか言われたら困るよね。混乱してるし、麗奈さんも一度落ち着きたいでしょ?」
「「……………」」
≪何かあったのか?≫
≪あとで話す。まぁ、今は無視してくれ≫
そうか、と納得させたフェンリルは≪こちらだ≫と泉の中央に降り立ちここへ来るようにと尻尾で指し示した。麗奈は黄龍に、ユリウスは青龍に背負われて示された場所に向かう。
ランセはそれを泉の端から見ており、ガロウから≪行かないの?≫と聞かれるも首を振り行かないと示した。
「だって、フェンリルはまだ私の事疑ってるもの無理だよ」
≪前にそれ、解決してなかったか?≫
「解決したように見えただけ。彼自身、魔族に対して魔王に対しては良い感情を持ってないよ」
≪そうもんか………あの子達は違うのになぁ≫
誰、とは言わなくても分かる。麗奈とユリウスだ。だからこそ、ランセは2人には甘く2人に寄せられる信頼には答えたいと思わせる。ドーネルではないが、妹と弟を思わせるような雰囲気があり無意識に甘やかしてしまう。
(………あの人と同じ、とは思いたくないなぁ)
≪………どうした?≫
大きなため息を吐き、自分は違うと否定するランセ。そんな彼の様子を不思議そうに、見ているガロウは首を傾げたままだった。
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≪これ、何だか分かるか?≫
「………蕾?」
ユリウスが言い、麗奈は思わず「綺麗……」と口ずさんだ。泉と言えど濁りがあるのに、この泉には一切ない。底まで丸見えで、ここまで綺麗なものをユリウスは見た事がない。
花の蕾の様なものが1つだけあり、周りには何もない。草木もなにもないそれは何を栄養としているのか分からず、思わず安全なのかと聞いた。フェンリルは魔力を餌と成長をしていると話し、今まで環境が変わるような事は無かったと言う。
≪しかし、ここ最近変化が無かったのに、蕾が出て来たんだ。近付こうとしても弾き返されてしまいどうにも出来なくてな。精霊は近付くこともしないんだろうと考え、虹の魔法を扱う貴方を呼んだんだ≫
属性に相性はあるが、虹の魔法はその相性すら無効にする力を秘めている。自分とは違う感じ方があるのでは?と、考えたフェンリルは真っ先に麗奈を思い浮かべた。アシュプと契約している影響なのか麗奈の事をついつい頼ってしまうし、それが答えの様な気がしたからだ。
「あっ。上がってくるよ」
「えっ」
『あ、本当だ』
麗奈が水に触れた瞬間、それに反応を示すように水底に沈んでいた筈の蕾はどんどん上へとせり上がっていく。水面から顔を覗かせたのは睡蓮の蕾であり、固く閉じられていた。次第にパラパラと蕾から花へと変化しその中央には、女の子が眠ったままの姿勢で現れた。
「……精霊、だよな」
≪なっ、まさか……いや、何故だ≫
その女の子は水色の髪を有し、白くて綺麗な肢体と身を包んでいるのは同色のワンピース。裾の所に自分がベット代わりにしているであろう睡蓮の絵が描かれており、手首と足には緑色の手袋とブーツを履いているのが見える。
≪ん、んぅ………≫
幼い女の子の声が聞こえてくる。
何かに引っ張られるように、しかしはっきりと起きて来る女の子に思わず黙って見守る姿勢をした。眠そうにし、欠伸をしたら覚醒してきたのかパチパチと自分達と視線がぶつかり………途端に顔を真っ赤にし、睡蓮の花が閉じられまた蕾へと戻ってしまう。
≪なっ、なによ!!!!居るなら居るって言いなさいよ!!!!!恥ずかしいじゃない、バカ!!!!!!≫
どうやら自分の寝起きを全て見られた事に羞恥心を覚え、これ以上顔を晒したくないからと蕾へと逃げたようだ。ユリウス達は気まずそうに顔を逸らしながら謝り、麗奈がその蕾に話しかける。
「寝ていたのにごめんなさい。私も寝起きなんだ。だから、私も十分恥ずかしいよ?」
≪…………ホント?≫
「うん」
≪そ、そう。なら………今日は特別、うん特別に許すわ≫
睡蓮から青い光が漏れて出来た。もう一度開かれれば、コホンと咳ばらいをし姿を現したのは先程の女の子。アルベルトよりも少し小さいが、それでも十分な存在感がある。緑色と水色の混ざりあった瞳を宿したその女の子はニコリと微笑み、こう告げた。
≪また会ったわね。私は泉の精霊フォンテール・ツヴァイと言います。この度の事、姉が申し訳ありませんでした≫
深々と頭を下げるその少女。そして、麗奈にはその名前に聞き覚えがある。忘れる筈もない、死神により奪われた精霊でありフェンリルにとっては、姉の様な存在のもの。
帝国の人間達を殺してきた事で、清らかな心はすぐに黒く染まり闇により自我を失っていた事を。泉を毒へと変異させ、上質の魔力を求めた所に麗奈達がフォルムの実を探しに現れた事。
麗奈が死神と出会うきっかけを生み、精霊にも自我を失う影響の強烈さを知らしめ犠牲になった泉の精霊フォンテール。呆然となる麗奈、フェンリルとは別に青龍だけは分かっていたかのように、そのツヴァイと名乗った女の子を睨み付けていた。
≪姉と言いましたが、私は彼女の記憶を引き継いだままこの世に転生をした新たな精霊。本来、記憶を持ったままの転生は難しいけれど私は貴方にずっと謝りたかったの。そして、お礼が言いたかったの≫
「クポーーーーー!!!!」
と、空から聞こえた声に全員が上を見上げる。すぐに小人がボチャンと激しい音を立てて水面に叩きつけられる。その場でジタバタする小人に、麗奈は慌てて救い上げて「アルベルトさん!?」と驚きの声を上げた。
「ど、どうして、ここに!!!!」
「クポ、クポポポ!!!!」
そんな事はどうでも良いと言うように、アルベルトは麗奈に会えた嬉しさでずぶ濡れにも関わらずに飛び込んだ。体全体で出会えた事が嬉しいと表現し、スリスリと甘えるように顔をこすりつけてくる。
≪ふふふっ、新たなお客さんが来たわね。なら、あの魔王さんも連れてゆっくりお話ししましょうか≫
そう告げた彼女はとても嬉しそうに言った。まるでフェンリルと過ごした昔のように、動物達も交えての楽しい思い出に浸る様にして精霊独自の領域を展開した。




