第83話:密かな意地悪
森の中をどんどん突き進むベール。あとから来るゆき達に配慮し、邪魔な草木は風と大剣で切り必要以上に森を切らないよう、傷付けないようにしていた。
「この先を抜ければ薬草が生えている地点に到達します。頑張って下さいゆきさん」
「は、はーい………」
「あの人……!!!」
「諦めろ、ハルヒ」
森の中を、しかもかなり奥を進むのはゆきにとっては初体験。体力の無さが目立つが、ベールの手に引かれていく。それとは別にハルヒとヤクルは「グカッ!!」、「ガッ……!!」と、魔物と戦いながら後を追っていた。
しかも、ゆきには見えないように配慮されている辺り、ハルヒとヤクルに小型の魔物を任せていくのはワザと。ベール自身、ゆきが疲れて下を向いている隙に背後から来た魔物を切り倒しているので、なんの嫌がらせだ、とハルヒは思った。
「はぁ、はぁ、はぁ………あの、ベールさん」
「はい。どうしましたか?」
「なんか、うめき声、みたいなの……聞こえません?」
「聞こえませんねぇー、ふふ、ふふふふっ」
笑いながら答えるゆきに、襲い掛かろうとした魔物を風で防いだと同時に消滅していく。うーん、と唸るゆきの背後ではハルヒが睨みをヤクルは「落ち着け」と再度、肩を叩かれる姿が映る。
(ふふふっ、意地悪しがいがありますね♪)
「ゆき、回復頼む」
「あ、うん!!!」
2人を見れば疲労したような顔。疑問に持ちつつも、体力回復として癒しの力を当てれば少し疲れが取れた様子だった。
「ベールさんは大丈夫ですか?」
「平気ですよ。団長の中では最年長なので、突進しかしない若者よりは頭使います」
「アイツ、殴っていいよね?いや、殴る!!!」
「あしらわれるだけで、怪我するぞ」
「おやー。君、いつから冷静になるタイプだったんですか?あぁ、お兄さんのフーリエが居るからですか?お兄さんに良い所を見せたいとは、慕われる彼は大変だ」
少しだけ、ヤクルが怖くなったのが雰囲気で分かった。寒気を覚えたゆきは「ベ、ベールさん?」と控えめに声をかける。
「ユリウスが突撃バカなので、扱いやすいですけれど」
「アイツをバカにするな!!!」
激昂したヤクルの炎がベールに向けられるも、四方へと道を作りそのまま魔物を燃やし尽くす。続けざまにハルヒから放たれた雷も襲うも、同じく風で防がれたものが魔物達に直撃する。
(あ、便利ですね)
「「ぶっ飛ばす!!!」」
「止めてよ、2人共ーーー!!!」
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魔法を扱うのが魔法師と言う言葉でまとめられるなら、魔法を扱える騎士とはなんと表現されるのか。
国に所属する騎士は魔法騎士。
国に属さないで、同様に剣を扱いながら魔法を扱える者は魔法剣士と呼ばれている。この場合、大体が冒険者の事を指している。
そんな説明を麗奈にしていたな、と思い出していたラウルは、頭上から感じる冷気と魔力にはっと気付く。
「っ!!!」
すぐに下りながら、自分の中の魔力をかき集め防御へと切り替える。同時に氷柱となってそれらは、細かくなっていき降り注がれる。
「グラセ・レーゲン」
自身の剣を盾にしながら、下がるも降り注がれる量が休む暇を与えず当たっていない所からパキ、パキ、パキンと音を立てて凄まじい勢いで凍り始める。ラウルが対峙しているのは、グルム・タートと言う自分と同じ氷を魔法を扱う騎士であり、この国の団長だ。
胸部、両腕、両足と部分的なアーマーを身に付け首を軽く回す相手は「考え事か、余裕だな」と言葉と共に魔力の質と冷気が上がっていくのが分かる。身長は185センチと自分と同じはずの身長。なのに、存在が大きく自分よりも大きく見える雰囲気圧倒される。
深い黒みがかったような青い髪、額に十字の傷が残る風貌は騎士と言うより、傭兵と表現した方が早い。
彼は最初、部下に首都を様子見させてから誰も戻らなかったのを気に潜入がバレたと感じすぐにドーネルに知らせようとした。が、そこは魔族のリートが感知し追い詰めらる。
「あ、待った。この人、見たことあるからこっちに人形にするよ」
聞き覚えのある声。反射的に斬りかかるも、見えない壁に阻まれ気絶させられた。体が効かなくなり、頭の中に響く声に逆らう事が出来ずにただ言う事を聞くだけになった。
そんな時、突如自分の意識が浮上した。急に視界がクリアになり傷を負っているドーネルが目に入る。
守らねば。幼い時から、彼を護衛し復讐を誓った彼を止めずに自分も加担したあの時から──。
「アンタ等には感謝してるぜ。操られて死ぬだけだった俺が、またこうして戦えて。俺なんかでもまだ役に立てそうだ」
「…………流石に、強いですね」
「おう、まさか俺と同じ氷を扱える奴がいるとは思わなかった。珍しいもんな、氷って」
ポタリ、ポタリ、と汗が流れ落ちる。ランセは汗を拭おうとするも相手はそれを許さないように、すぐ目の前に現れては剣を振り抜いている。
「くっ」
気付いたら反射的に防いでいた。ランセからの時々、訓練と称して命の取り合いに発展した事がある。その時、何度か気絶した事がありゆきに治して貰った時にも、既にランセの周りには屍のように動かなくなった……自分が所属する騎士団達の姿があった。
(ランセさんには感謝しかないな)
本人が聞いたら「次は何処を狙われたい?」と、背筋が凍るような声と共に本気で、殺しかねないような斬撃が来てしまうだろう。実際、グルムの周りには彼のしごきに耐えきれなく倒れている兵士や騎士もおり「うぅ……」、「いつも、以上に……キツイ」と訴えている様子がちらほらと聞こえてくる。
「グラセ・フィールド」
「アクア・ヴァイン!!」
同時に放たれる魔法。ラウルは身を護る為に編み出した水で作り出された蔓で幾重にも張り巡らせ、グルムはそれを覆い尽くす様な冷気が包まれる。瞬時に凍らされ、真上から氷の斬撃が飛ぶもラウルはすぐに剣に魔力を込める。
「はっ!!!」
振りかぶり、グルムの剣とぶつかる。そのぶつかった時の衝撃が凄まじいのか、倒れている兵士達をも巻き込んで吹き飛ばされていく。それを、水のクッションを作り保護しているのはフラフラになっているセクトだ。
(マジ、元気だな………)
元々、熱くなるような性格をしていないセクト。弟のラウルはその辺も含めて冷めていたし、熱くなりやすいヤクルと組ませるのは面白くもあった。そんな彼が変わったのは異世界から来た麗奈とゆきに会ってからだった。
「兄さん。俺、麗奈に告白したんです。陛下の事が好きなのも知ってますし、告白を聞いているので敗北してますけどね。でも、それでも俺は彼女が好きです………気付いてしまったので」
これも全部、麗奈の所為ですから。と珍しく笑顔で言い切り凄い爆弾発言を聞いた。
ラウルはそれでも異世界から来た麗奈の事を好きだと言った。言い切ったのだ。叶うはずのないもの、麗奈にも断られていると聞いている。それでも、と………ラウルは求めた。
「別に好きと言うのは本当ですし、未練がましいと思われても仕方ないです。だって好きなんですよ………あの眩しい笑顔にやられましたから」
「………そうか」
ディルバーレル国での一件。麗奈が力を使って目が覚めていない時、久々に交わした兄弟同士の会話を思い出していた。珍しい事を聞いたなと思ったら、とんでもない内容で頭を抱えた。
イールに聞かれたらすぐにでも鉄拳が来るのだろう、と言うのが分かる。そんな弟に感化されたのか、いつもは適当にやり過ごすはずなのに……どうも今の自分はおかしい。
(ちっ、嬢ちゃんは色々と変化起こし過ぎだっての!!!!)
ただの女の子。こちらの世界で成人しているといっても、麗奈達の世界ではあと5年程しないと大人の年齢にはならないと言う。20歳になって、初めてお酒を飲めると教えて貰った。
何度かセクトが、麗奈とゆきに度数が一番弱い物を渡していた時に、本人達から断られ、武彦や誠一から厳しい視線を送られるのかと納得してした。
「ファイト~」
「うっさい!!!!」
ランセに応援されるもつい怒鳴り返す。彼も倒れている人達を集めながら、激しさを増していくラウルとグルムの訓練から戦闘へと切り替わる様を見ていた。
(水の上位に当たるのが氷。純粋に使える人間は少ないし……何より魔力消費が水よりも多いから、ラウルはすっごく貴重なんだよね)
風の上位が雷、水の上位が氷、炎の上位が煉獄とそれぞれの属性で上の段階がある。これを扱える者は圧倒的に少なく、コントロールが難しい分類。
それらを扱えるキールがどれだけ恐ろしいかを、ユリウス達は分かっていないだろう。「凄いなぁー」、「流石、変人」と呼ばれるのがオチだ。
(まぁ、イーナスも本来なら、風の魔法を扱う事が出来るんだろうけど……)
面倒くさい、と言って切り捨てて来るだろうなと言うのが分かりクスリと笑う。そうしている間に、白熱していた攻撃が止んだかと思ったら、彼等を中心に周囲が凍り始めた。
「あっ」
「「アブソリュート・ゼロ!!!!」」
「おわあああああっ!!!!」
互いにぶつかった魔法の余波でセクトが転がる様子を見送った後、2人の様子を目を凝らして見て見る。「ぐへっ」と痛がる声も聞こえてくるが無視を決め込み、瞬時に被害が大きくならないようにと防御魔法を張っていた。
しかし、その防御を突き抜けるようにして放たれた2つの氷。グルムとラウルを中心にして大きな氷柱が、数センチ間隔で幾つも作り出し広がっていく。ランセの張った防御魔法をも凍り付かせ、意思を持ったように氷柱が広がっていくのを――
「イグニス・マニア」
キールの作り出した炎の魔法により氷は全て溶かされていく。続けて2人に雷が降り注ぎ込まれ、風が巻き込むようにして地面へと叩きつけられていく。
「何してんの、ホント」
「っ、つぅ………キール、さん?」
思い切り地面に叩きつけられ、全力に近い状態でぶつかった事でフラフラとなり頭が覚醒していない状態のラウル。視界がぼやけはっきりするまでに、時間が掛かるのはグルムも同じなのか「……なん、なんだ」と不満げに言って来るのが聞こえてくる。
「はぁ…………キュア・フィールド」
頭を抱えた様な仕草をした後、2人の足元に黄色と水色の魔方陣が現れ治療を開始した。徐々に頭がスッキリしてきたラウルは、お礼を言おうとその魔法陣から出ようとしてガン、と見えない壁にぶつかった様な衝撃を受ける。
「完全に治るまでは出てこれない治癒魔法だから。閉じ込めるには良いでしょ?」
「えっ」
「流石、大賢者。何でも知ってるよね」
「茶化さないでよ、ランセ」
呆れてるような声とは裏腹にその表情には怒りがにじみ出ていた。ランセはその原因を知っているが言う気はないのか、ニコニコと様子を見守る姿勢を貫かれている。
「…………」
原因はラウルとグルムの訓練だ。
チラリと見れば、グルムのしごきに耐えられなくて倒れている兵士、騎士団の面々、そして兄のセクト。さらには、魔法の攻防の音が凄まじかったのかフーリエが「一体、何が……」と呆然とした様子で小さなクレーターが出来ている現状に困った様子だった。
「おーまーえーらー!!!!!」
「げっ」
「っ!!!」
そこに鬼の形相で、ズンズンと大股で歩いてくるのはリーファーだ。
グルムは途端に嫌な表情をし、ラウルはビクリと体を震わした。フリーゲも怒った時は大股で歩き、怒鳴り散らすのを知っている。そして、怒らているのは決まって大怪我をしてくる魔物と戦って帰って来た者達ばかり。
最近ではそこに、陛下や麗奈も入っておりラウル自身も入っているのでその時の恐怖が体に染みついていた。だから、この先に何を言われるのかもわかる。だって、リーファーはフリーゲの父親、なのだから。
「周りの迷惑考えないで、何が騎士だ!!!!!そんな奴らに守られたくなんかないわ、バカ野郎が!!!!!」
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「よかったぁ~麗奈ちゃんも陛下も軽い症状で」
「うん……全然覚えてないんだけど」
「なんか、悪かったな。お疲れ、ゆき、ハルヒ、ヤクル」
「え、私には聞かないんですか陛下」
「平気だろ。お前、失敗しないもん」
「まぁ、確かにそうですけど…………やっぱり褒められたいですね」
じゃあ、撫でるか?と冗談で言えばベールは素直に「お願いします」と言ってしゃがんできた。思わず目が点になったユリウスだったが、自分で言った事だからと深くは考えずに誉めて撫でた。
朝から森に出かけ、ゆき達が帰って来たのは夕方になる前の頃。薬草の特徴はベールが全て把握していたからか、苦労する事無く見つかり摘み取る作業に入った。ただ、その間もベールからの嫌がらせに近い事をやられたヤクルとハルヒの2人。
ゆきが補充する薬草を取り終えた頃には、何故かボロボロの2人。思わず魔物に襲われたのかと思ったがベールからは「ただの訓練です」と一貫して言われ、雰囲気的に違うと分かりつつも答える気がないのかそれ以上は何も言わない。
(もう、あの人と組むの嫌だ)
(ベールさんは相変わらず、よく分からない人だ)
城に帰る時は、ベールの転送魔法で一気に戻りゆきは暫く呆けていた。ヤクルに乗せて貰った馬も一緒に戻り、正気に戻った時にはその馬に好かれていたのだ。
「精霊用のお酒ってあるんだね。まさか、ウォームさんが飲んでいたのが自分に移るなんて思わなかったなぁ」
「ですが、そう言う体質の召喚士も居るので珍しくないですよ。ただ、そう言った方は色々と苦労させられているようですけどね」
ベールの説明で自分とユリウスの不思議な感覚に説明がついた。そのまま、リーファーが作った薬草を煎じた薬湯を飲んで暫く経ち、経過様子を見に来た時にはすっきりとしていた。一応、2人には魔法を扱うのは禁止してまた明日様子を見ると言われ、そのまま麗奈達を放り出された。
「……リーファーさん、何かあったのかな?怒ってた様子だけど」
「え、あの人いつも怒ってない?」
思わずハルヒが麗奈に聞いた。周りを見れば同じような反応を示すユリウス達。麗奈はリーファーと過ごした時間もあり、その表情だけで何を言いたいのかが分かるようになってきた。
だから、今のリーファーがただ怒っているだけでなく、疲れとイライラが入り混じった様な表情をしているのを見抜いた。
「麗奈さんのそれは当たっているよ。午後、ラウルが怒らせてね」
「えっ」
やぁ、と手を振るのはランセ。その隣ではキールも同意を示すように「あの後大変だったんだぁ」と、リーファーと同じように疲れた表情をしていた。症状が治っている事に安堵し、ベールを引っ張り出して3人は今日も魔物退治へと首都の外側を見に消えていく。
「…………」
鮮やか過ぎるような、一連の動作にユリウス達は何も反応が出来ずにいた。少し経ってから――
「寝よう。今日、僕疲れたし」
「……そう、だな」
「私、お風呂入る~」
「俺はハルヒとヤクルから苦労話でも聞くよ。大変そうなのは見てて分かるし」
「じゃ、私も……ゆきとお風呂入ろうかな」
それぞれ、やる事が決まりいつものように別れる。その日から、ディルバーレル国の中で怒らせたら危険だと言われるようになったリーファー。そんな事とは知らず、ドーネルが仕事を抜け出し口を聞いて貰おうと彼の仕事場まで行けば怒声が響き渡る。
「ちょっ、なんか今日は凄く怒りっぽいな!!!!」
「アンタがだらしないからだ!!!!」
理不尽!!!!と抗議するドーネルと、リーファーの言い合いは夜中まで続いた。迎えに来たギルティスが、無理矢理にドーネルを黙らせ「失礼しました」と言って、再び執務室に缶詰めになり王の悲痛な声を聞く者がいたとか、いないとか。




