第82話:見える世界
懐かしい、記憶を夢として見ていた。
ハルちゃんにも、ゆきにも会う前の出来事。初めての買い物を1人で行い家に帰る。その途中で見付けた黒い物体。
「………」
帰るのが先だが、気になって近付いてみる。それは、弱々しくもこちらに気付いた1匹の黒い毛並みの子猫。周りは誰も居ない。キョロキョロと、周りをもう一度見渡すも親猫らしき影はない。
「……へいき?ねむい、の?」
「………」
何も答えないその子猫。視線が合わない感じ、ぼやけているのか「ニャ……ニャア」と弱々しく声を上げる。それにふと嫌な感じを覚えてしまった。
「まってて!!!」
頼まれた物を投げ捨て、弱々しくも生きようとしているその黒猫を抱き抱えて家に帰る。
『おーい、牛乳どうしっ!!!』
「ごめんなさーい!!!!」
九尾に思い切りぶつかるも、そんな痛さよりもまずは子猫が心配。頭にはその事しか占めておらず、家に入れば「おかえり」と出迎える裕二。
「おにいちゃん、ねこ!!!!」
「へっ……」
「だから、ねこ!!!!」
助けてと言えず、既に涙目の自分。裕二はその子猫を抱き抱えて、奥へと行ってしまい帰ってこない。それに「うぅ~」と行ったり来たりとその周りで動きまわる。
『どうした、麗奈ちゃん』
「きよーーーー!!!!」
バフッ、と抱き付き嬉しそうに尻尾を揺らすのは大人姿の清だ。事情を話せば『そうか、そうか』と優しく頭を撫で平気だと言った。その言葉通り、裕二は子猫を抱えて戻り「麗奈ちゃん、牛乳はどうしたの?」と一言。
「あっ………」
『どうしたんだ?』
「………なげすてちゃった」
『ふっ、あはははは。そうか、そうか!!!』
牛乳よりも子猫か!!とさらに頭を撫でまくられる。「う、ごめん、なさい」と怒られると思っているのか既に泣いている麗奈。それに、裕二は「じゃ、この子猫の分ね」と出かける準備をする。
「牛乳は元々欲しかったけど、その子猫の分も買って来るね。だから、麗奈ちゃんその間お願いできる?」
小首を傾げ、自分に預けて来るのは先程の子猫。小汚かったその子猫は、裕二によって洗われてタオルに包まれている。スヤスヤと寝ている子猫に、ふにゃと頬をスリスリとよせる。
「………いいの?」
安心して笑顔になるもすぐに不安を口にする。父は反対するだろうと言うのが分かり、不安げに見上げる麗奈に裕二は言った。
「頑張って説得するよ。だからこの子の事、お願いね?」
「うん!!!」
嬉しそうにする麗奈。それに癒されるように清は後ろから抱き着き、裕二は微笑みながら出かける準備を終えて買い物をしに家を出る。
その後、父という最大の障害を武彦という伏兵により打破され皆でガッツポーズ。その子猫を家族の一員として迎えた瞬間でもあった。
(そう言えば………)
ふと、目を開け感じる温かさに目を向ければユリウスが寄り添うようにして寝ていた。寝ぼけたように、ユリウスにもっと近付いて思い出いした記憶をもう一度整理する。
(あの猫、どうしたんだっけ………)
子猫からすくすく成長し、大人になったあの猫。麗奈に甘え、九尾には敵対心を抱き清と裕二の2人にはそれなりに甘えて来る黒猫。いつの間にか居なくなっていた事から、何処かに旅にでも出かけたのだろうかと思った。今ではそれらを確かめる方法は存在しない。
(名前………なんだっけ)
自分で育てると言い、名前が無いと不便だと言っていたあの時。その猫の、名前は………名前は──。
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「よぅ、変わらずの覗きしてるのか」
「ひどっ」
ちゃんと仕事してますー!!と、大量の書類と格闘しているディーオに声を掛けるザジ。サスティスは「いい気味」とクスクスと笑う。
「君等、ホント性格悪い………」
「それは良かった」
「悪いのは元々だ」
笑顔で対応するサスティスにザジは、今更かよと言った感じで吐き捨てる。ディーオは書類を整理していると「思い出したぞ」と、言うザジにピクリと反応を示した。
「…………そう」
「最初から言えよ。死神になる時に名前以外は思い出せない状態だってな」
「それも含めて思い出してるんだから、良いだろ別に」
死神になる時。自分が死んだ瞬間、記憶は全く思い出せず名前以外の事は消されている。魂を回収する毎に思い出すようにしているのは、ディーオなりの処置だ。
強すぎる恨みや感情はそれだけで、生者に影響を及ぼす。死者が抱く感情は生者よりも濃く強く影響を残す。なのに、サスティスが死んだ時。死神になった時には既にその目的、名前、死んだ瞬間を持ったままでいたと言う早くも例外がでた。
「んで。君もサスティス同様に殺すの手伝えって言う気?」
「そう言いたいが……全部見てただろ?」
「うん、君があの子のドレス──」
「黙れ!!!!」
顔面に足を入れ倒れる。息を荒くしたザジは「あれは忘れろ!!!!!」と抗議し、サスティスが「あ、気にしてるんだ」と言えばすぐに睨まれる。あててて、と痛がるそぶりをしながら「分かったよ」と起き上がる。
「最近、魔物の活発化と同時に死んでいく人間達も居るから、サスクールがあの子を手に入れる為に仲間集めて戦いを始めるんだろう」
「……いつだ」
「それは分からないよ。でも、そんなに遅くないでしょ」
「そう言えばディルバーレル国で見知った顔が居たなぁ」
「サスティス、お前魔王だったんだな」
「言ってなかった?」
「聞いてねーよ」
コツン、と拳骨をお見舞いし「お前とアイツが嫌な気が一緒だ」と、それを言っただけで感じだ殺気にサスティスは目を細める。ディーオは「喧嘩、ここでやるなよ?」と一応の注意をする。
「俺は、守りたい物を守れずに朽ちた。……それをアンタが拾ってくれたからな、感謝してる」
「それはどーも」
「コイツに感謝するの、間違ってるよ」
「やっぱそう思うか?」
「……………」
コイツ等、と睨むディーオに2人は気にした様子などない。上司に対しての度はどうでもいい、自分がやったことなんて少ないのだから。じゃあ、と2人に渡したのはザジにも渡した紫色の丸い水晶を包むように、木の葉が包まれたペンダント。
ザジにも渡したペンダントもあったが、それは麗奈と最初に接触した時に何故か砕けて消えていた。不思議そうに思っていると「消耗品だから」と次々と渡されて来た。
「今まで渡したのは魂を回収する度に壊れる消耗品だったからねー。結構、不便だったんだよ」
「じゃあこれはその強化版?」
「そう思って良いよ。暫くはそれ1つで保てるよ。魂を回収したら自動的に、こっちに転送する仕組みを作ったし、協力者も居るしね」
「協力者?」
「気にしない、気にしない」
とっとと行け、と手で自分達を追い払うような仕草に「ほら、行くぞ」とサスティスを引っ張り出して出て行く。ディーオは1人静かになった部屋、2人が完全に遠ざかったのを確認して笑う。
「あははっ。アイツ、やっと思い出してこれだもんなー。やっぱり、異世界から来た人達が面白い人達ばかりだな」
ポゥ、と光り出す水晶にはベットに横たわる麗奈の姿が写っている。それを見ていると、後ろから≪用事、良いか≫と控えめに聞いてくる人物。振り向き確認をする、良いんだね?と。
≪えぇ、構わない。それに………あの子には迷惑を掛けてしまったし≫
「………麗奈ちゃんは、精霊に愛されてるね~」
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翌朝のディバーレル国、その城の医務室。そこにゆき達が呼び出しをされていた。
「「二日酔い?」」
同時にハモるのはゆきとハルヒ。ヤクルはユリウスと麗奈に「平気か?」とベットで横たわる2人を心配そうにして見ている。リーファーが薬草を整理し、薬剤師が少ないのを1人で負担しドーネルに「さっさと補充しろ」と急かしているとか。
(王様に対する態度じゃない……)
そう思うハルヒの隣ではドーネルが涙ながら訴えていた。
「麗奈ちゃんのお父さんからお酒は出さないようにと言われてるんだから、誓って2人に酒類は出してない!!!!」
(いつの間にそんな事言ったの、誠一さん)
とリーファーに怒鳴りつけていた。ゆきは夜会に居なかった誠一に不思議に思っていると、ハルヒから「魔物退治してたから」と答えを言った。
その日の夜中は魔物退治で明け暮れてたよ、と笑顔で言い破軍からは『鬼!!!!』とビシ、バシ、と叩かれて大変だったとも聞いている。
「そうかよ、じゃあこの2人の症状はなんだよ」
「知らない!!!!」
「仕事しろ、王様」
「してるじゃん!!!!」
「大声上げるな」
「ごめんなさい……………」
しゅん、とうな垂れるドーネルに思わず(大型犬……)とゆき達が思ったのは内緒だ。少しだけ顔が赤く、頭がズキズキとなり気分が悪い、とリーファーに頼った麗奈。
正しくは侍女達によりドレスから、水色のパジャマに着替えさせられてそのままリーファーの元へと連行されたのだ。
「俺達が起こす二日酔いとは程度が軽いから、恐らくは」
「契約した精霊がお酒飲んでたって、脅して聞いてきたよ」
不機嫌な声を現しに、原因の精霊のアシュプを握り締めながら入って来たのはキールだ。
その声を聞いたゆき達は自然と部屋の隅に集まっていた。ランセ同様に怒られたらいけない人物。本能で察知し、またその火の粉が自分達に掛からないようにする為だ。
「精霊の感情とかリンクしちゃう体質の召喚士もいるからね。まさか主ちゃんと陛下がその体質だとはね………」
「怖い怖い、キールお前怖いぞ」
「何?」
「いえ、何でも………ナイデス」
ドーネルに諫められるも、ギロリと睨んだキールの気迫によりすぐに謝る。リーファーはそれに慣れているのか「原因がその精霊か?」と話を進めて来る。
「ほら、ウォーム」
≪てへっ、すまだだだだだだ≫
「このまま握りつぶされたくないなら、さっさと治せ」
≪いだい、いだいっ≫
ジタバタするウォームに「何だ、この精霊」と視線を向けると大精霊アシュプだよと言われ思わず「は……?」と目を瞬きをし何度も暴れるアシュプを見る。
「こ、こんなちっさいのが………虹の魔法の使い手で、精霊達の父親だって言うのか」
「ねー、見えないよね。こんなちっさいおじいちゃん」
≪悪かったなっ、いだだだだ≫
聞けば精霊が飲んでいたお酒は、人にとっては度数が強い。精霊用だからと、また祝い事して飲んだのがいけなかった。麗奈とユリウスは自分達が飲んでいなくとも、精霊が乗んでいる時点で影響が出て、二日酔いと言う症状に苦しめられている。
≪…………薬草は試したかい?≫
「精霊のお酒ともなると効果が分からないからな。まだ試してはないが………保管している薬草、見ていくか?」
≪ん、見る見る!!≫
リーファーの肩に乗りそのまま薬草が保管されている所、庭園に消えていく2人。キールは溜め息を吐き、ドーネルは「しばらくは彼等に任せて安静だね」と言いゆき達にあるお願いをした。
「薬草を取りに、森にですか?」
「うん。この国の周辺、ラーグルングと同様に森も広がってるからね。彼女のお陰で泉は浄化されて動物達が暮らしている様子も報告で上がっているんだ。あと、こられの薬草もそろそろ切れかけてる感じだから……お願いして良いかな?」
「騎士に頼めば良いのでは?」
ハルヒがもっともな反論をした。ドーネルは気まずそうに視線をずらしながらも、その理由を答えた。
「うん、そうしたいんだけど、団長で私の事を護衛してたグルムがね………一から騎士達を鍛え直してたら………被害大きくて………」
「何で力加減が、出来ない人を団長にしたんです」
「安心してよハルヒ君。私達だって、力加減で来てなくて今もランセにぶっ飛ばされてる所だよ」
セクトとラウルがね。と言い切るキールにガクリと肩を落とすハルヒ。どうも、魔族に操られてからのグルム団長は自分の非力さから部下を鍛え直し、やがては城に居る兵士達をも巻き込んでの訓練が始まった、とか。
(最近、兵士達が居ないのはそれか………)
首都には最低限の見張りの兵は居るが、外までは展開しておらず大体はユリウス達が担っていた。それに不思議だと思いながらも今ので納得した。
(訓練のし過ぎで動けなくなるとか、良いのかこの国)
「リーファーがそろそろ薬草の在庫とかが危ないって話だし、昨日は君等が魔物を掃討してたから殆ど森に出ないと思うんだよね」
魔物は出ないだろうから、とお願いをされゆきはすぐに了承。ヤクルも同じように「出来る事は何でもします」と答え、それに押されたハルヒは渋々だが了承した。
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「と、言うわけで私は皆さんの事を見守ります」
「仕事しろよ、大人でしょ」
ベールの一言に、ハルヒはすぐに反論。ヤクルの背中にピタリとくっつけ声もあげない。初めての乗馬であり、ヤクルに後ろから俺が支えると言って貰ったが恥ずかしくて却下したのだ。
ハルヒは、式神で大きな鳥を作りその背に乗って低空飛行し、何度か様子を見に上へと上がる。ベールはゆきにそう言えばと話を振る。
「麗奈さんも最初はゆきさんと、同じ体勢をしてたのですがね」
「………」
「揺られて落ちそうになったので、ラウルが抱き締めるようにして歩いたんですよ。後ろよりは見えますし、落ちたとしてもすぐに助けられます」
「ベール団長、ゆきに無理を言わないで下さい」
「そうですか?私としては落ちて、顔に傷が残る方が怖いのですが………」
「ヤ、ヤクル……」
「ん?どうし──」
「ま、前に移る!!ヤクルの背中は安心出来るけど、こ、怖くなった!!!」
隣でクスリと笑うベールに、ヤクルは思わず睨み付けた。一旦、停止しベールに降ろされて再度乗り直す。当たり前だが、今までヤクルの背中にしか見えなかったものが、いきなり開けたように目に映る風景が変わる。
「わぁ……!!!」
風が当たる。森に向かう途中、整備されていたない道は馬や馬車などの荷物を運ぶ為にしか使われていない。自分達の世界にあるような道路に変わるようなものもなく、ガタガタとお尻が痛くなるのを我慢した。
ゆきはそれに勝る位に、粒子が目の前を飛んでいる。それは蛍の光を現したような美しくも淡い緑色の光。
「綺麗!!!緑色の光が見えるだなんて目に優しいね」
「「えっ………」」
ゆきの感想に思わずヤクルとベールは反応した。空へと上がっていたハルヒは「このまま行けば森にぶつかるよ」と、知らせてくれるも耳に入らない。
ヤクルとベールには、いつもと変わらない平坦な道。整備されていない道と現していいのか分からない風景。だと、言うのにゆきにはそれと同時に粒子が飛んでいると言ったのだ。
(魔力を粒子として見る者がいる、と前に聞いた事がありますね)
ベールは父に言われた事を思い出す。魔力を色で見られる魔女の話。魔法の発動時にはそれらの色が濃くなり、警報の役割を担いまた魔力の波長を探すのに適した魔女達の目。
一方、粒子として魔力の流れが見える者が居る。役割は同じだが、彼等はそこに居たものの感情が読み取れる。危険を知らせるのは赤、魔法の発動時にはその属性の色。妖精や精霊達が居る場合には緑色で示してくれるらしい。
(まぁ、自然ある所に精霊の類はいると言いますし)
「キラキラしてすっごく綺麗!!」
「わ、わかっ、分かった!!!落ち着け、ゆき。落ちたら危ないだろ!!!」
「なにしてんの、あれ」
呆れるハルヒ。ベールは一瞬、考え込む姿勢をしじゃれる2人に微笑ましく暖かな視線を送る。
「ゆきさんには、私達とは違う風景が見えるんでしょう」
「は………?」
分からない、と視線で訴えるもベールは「ほら、行きますよ」と馬を木にくくりつけ森の中へと入っていく。はっとしたハルヒは、いつまでもじゃれる2人を叱り、急いであとを追う。
(ラーグルング国って変人ばっかだな!!!)
涼しい顔をしてハルヒの睨みを受けきるベールを見てそう思った。同時にディルバーレル国に居たキール達は同時にくしゃみをしたなど知る由も無かった。




