第81話:倒すべき敵
誠一は九尾に乗り、ランセと破軍の居る場所へと向かっていた。九尾はくあー、と欠伸をしながら『嬢ちゃん達のドレス、見たかったなぁ~』と嘆くも無視を決め込まれ何も答えない。
『あぁーーー見たかったなぁ』
「うるさい!!明日、麗奈の所に行くなよ。慣れていないダンスで、体中が痛いだろうからな」
『おぉ、それは好都合──』
「ほぅ」
『な、訳ないだろ?なーに、言ってんだ。アハハハハッ』
「ほら、あの煙のある方向へと行け」
うぅーと悔しがる九尾を無視して、誠一は走り抜けるようにと急かす。開けた所に出て見れば、刀を振りぬいた破軍と遭遇。魔物の血が舞い散るも、それも含めて美しく見えてしまうのだから厄介だと誠一は思った。
『あぁ、来ましたか。朝霧家当主のお父さん』
こちらに気付いた破軍は、顔に飛び散った血も自然と消えて振り返る。端正な顔と自分と同じ黒髪。キリッとした瞳なのに、雰囲気が柔らかく見えるのは言動なのか纏った空気がそうさせているのか。
刀を収め、こちらに歩いてくる破軍の後ろから爪を振り下ろす大きな魔物が居た。思わず声を掛けようとして、その魔物の真下から巨大な腕が飛び出してそのまま握りつぶした。
グシャ、と嫌な音が聞こえて来るも魔物の断末魔もなく消えていく。行ったのはランセであり、大鎌を振り回りながら向かって来る魔物を倒しながら進んでくる。
『俺、あんなのと関わりたくないわー』
「おい」
「酷い言われようなんだけど………この前、君にお酒あげたのに酷くない?」
『おぉ、あれは上手かったな。今度もくれよ』
「えーーー」
『おし、来い。魔物共!!!!今度は俺が相手だ』
『うわっ、物につられたよ』
引く破軍に誠一は溜め息を漏らし、ランセはクスクスと笑う。しかし、宣言をした九尾だったが、全てが終わった後なので空しく風が吹くだけになった。
『てめー、知ってたな!!!!』
「気配を探れない君が悪いんでしょう」
『この野郎!!!!』
追いかけまわす事になったランセは空へと逃げるも、九尾も同様に空へと向かっていく。破軍が気配はないよー、と言う中で誠一は遅れて申し訳ないと謝罪する。
『私の主も今頃はダンスしてるんだろうなー』
「ハルヒ君は似合うだろうなと想像がつくよ」
『おぉ、嬉しい事を言いますね』
パタパタと扇子を広げて仰ぐ姿は日本人そのもの。土御門家の当主だった事もあり、自分と同じ日本人だが死んでも尚後世の為にと密かに作った術がある。自身の霊力と魂を、同じ波長の会う人間の中へと溶け込む。
それが、破軍。
この破軍を扱えた者はハルヒが初めてだ。他にも候補となる人物が居たが……結局、楽しそうかな?と言う理由でハルヒを選んだ。
彼は霊装を開発した事でも有名だ。
その術は霊力を自身に纏い、戦闘能力を一時的に高めるもの。式神との融合が初めてで、体に霊力が纏ったのを機に中距離からの戦闘を余儀なくされていたが、この術のお陰で近接戦闘を行える者が現れ始めた。
しかし、この霊装にも弱点がある。
霊力の消費が激しいのと、近接戦闘を行える時間が少ない事。それは霊力を注ぎ込む量に比例していき、多ければ戦闘を行う時間は多くなるが霊力の回復に時間が掛かるのが難点だった。
(それらの改善に、と注目されてたのが自分達が契約をしている霊獣と言う訳だからな。昔の人達の努力が無ければ、今の俺達がこうも簡単に扱う事も出来ない訳だしな)
昔の者達が試行錯誤し、失敗と犠牲を伴って作り上げた術式の数々。今を生きる誠一達にとって、負担なく行えるのも彼等のお陰と言える。
『どうしたんです?』
「いや。君達の犠牲なくして、彼等の制御も行えないのは………悔しくもあるんだ」
『別に、私達の事は気にしなくても良いですよ。自分で考え、自分で実行して………そして私達の犠牲に、その上に貴方達が成り立っているんです』
「娘達には言うなよ」
『意地悪を言っている訳では無いんですけどね』
ランセと九尾が遊び終わったように地上に降りて来る。飛び回りながら、魔物の拠点となるような所を探して幾つか見付けたと言い排除しに回ると仕事を回してくる。
『あの人、私達をボロボロにする気だよぉ~』
涙目で訴えて来る破軍に誠一は「何処ですか?」と言えば、愕然となり体を揺さぶられる。『いやだー』と訴えるのを無視して首根っこを掴むランセに、九尾が『大変だよな』と一言。
『アンタ、鬼なの!!!!!』
「魔王ですけど?」
『悪魔だ、人でなし!!!!』
「人ではないので、そこは当たってます」
『んな事言ってる場合か!!!!』
駄々をこねた破軍を引きずり、あとを追う誠一と九尾。少しだけ可哀想だと思った誠一は「彼も疲れるよ?」と訴えてみる。
「安心してよ、君の主であるハルヒ君から頼まれたからさ」
『主の鬼--------!!!!!!!』
破軍の悲痛な声が魔王のランセに届くこともなく、そのまま魔物の巣がある所へと赴く。今頃はパーティーを楽しんでいるであろう麗奈達を思いながら、今は年長者である自分達で負担しよう、と。
今は、こんなにも人と居るのが楽しい。それを教えてくれた人達を、感謝したい気持ちを伝えるのは難しい。だから、せめて………彼等の負担になるような事はなるべく避けようと思った。
『バカーーーー、主の大バカ者ーーーーーーー!!!!!!』
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「………ユリィ………ユ……リ……ィ」
「はいはい」
完全に体をユリウスに預け、そのまま疲れて寝てしまった麗奈。しかも、寝てからずっとユリウスの名前を連呼して嬉しそうな表情をしたまま。
自分に会っている夢でも見ているのか、と自惚れてないよな、と不安に思うが愛おしそうにしている麗奈を見て安心してしまった。
「どんな夢見てるんだ、麗奈」
ベットに寝かせ、結ばれていた髪を解きながら返って来ないと分かりつつも聞いてしまう。キラリと光る宝石のネックレスを丁寧に外し、近くに置いてある小物入れに置いておく。
(王族、か………)
口にした不安。どうしても付きまとう立場。
考えないようにしていた。ただ、穏やかな日常と皆と笑い合える日々。その事にしか頭がいかなくなったのは、やっぱり呪いから解かれたからだと思った。
「俺は麗奈に……俺が抱えていた苦しみを解いて貰った。抜けられないと思ってた牢獄から、解放してくれた」
麗奈が不安を口にしたのは、初めてのような気がする。ふぅ、と息を付き自分も久々のダンスで緊張してたのか、と眠くなってきた。
(これ、位は……良い、よな)
瞼が重くなる。自然と倒れ込むように、麗奈の隣で穏やかに眠りに入った。寝顔だけもう少し見ていたい、と抵抗空しくそのままベットに体を預けた。
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《フォフォフォ》
《気持ち悪いな》
ブルームがそう言うも、ウォームは気にした様子もなくおこちょに酒を注ぎグイッと飲み干す。向かい合わせでその酒に付き合わされたブルームは、窓際から覗かせるユリウスと麗奈の眠る姿に《ふんっ》と鼻を鳴らす。
《覗きかお前は》
《違う!!!祝福だ、祝福!!!》
《なんなんだ》
《ワシとお前さんに契約者が出来た事への!!!》
《我はあの小僧を、契約者だとは認めていない》
《仮契約でも一緒だ》
《一緒にするな!!!》
咆哮にも似たそれはビリビリと空気を震わし、周りに居た夜行性の動物達は逃げ出す。その時の衝撃で、ウォームはゴロゴロと下へと落ちる位に。
《な、なんだ……何をそんなにムキに》
《うるさい!!!》
壁をヨジヨジと登り、ブルームの怒る理由が分からない。しかしブルームは《あんな混ざり物、ごめんだ》と、荒々しく酒を飲み持って来た酒を空にした。
《混ざり物………どういう意味だ》
《ふんっ。貴様、よくもあんな爆弾を抱えて無事だったな》
《なんなんじゃ、一体………》
むー、とユリウスに視線を向け、そして気付いた。その事実に、今まで感じ取れなかった物がはっきりと見れた。
《ど、どういう事だ。何故………何でサスクールの魔力が残留している!!!》
《監視だろうな。あの小僧を通して、こっちの動きを把握してたんだろう》
《い、いつから……》
《あの異界の女を襲った時、だろうな》
そう言えば、とウォームは思い出す。
あの時、ユリウスが襲った時に麗奈が言っていた事を。
「あれはユリィであって、ユリィじゃない。体を乗っ取られている感じがしたんです」
あの時、自分に襲い掛かり死にかけていた。しかし、麗奈はあれはユリィの意思では無いと断言した。あれは呪いの所為で操られていたと思っていたが、サスクールが直接関わっていた。
だとするならば、今の自分達の行動もサスクールに筒抜けになっている事になる。
《……どうする》
《これは我等の問題ではない。小僧の問題だ。契約を交わしたとしても無駄だ。自分で気付かないのなら、小僧はまた同じ過ちを繰り返す》
別の誰かならひとたまりもないぞ、と警告しユリウスを契約者としておくのは危ういと言う。あの時、獣のような腕を生やし異形の姿へと変貌しかけた呪いの力。
呪いを解くだけではダメだったと、言われたらユリウスは果たしてどんな反応をするのか。そして、呪いを解くのに尽力した麗奈の事を思うと、言い出せない……と言う気持ちが強い。
《先延ばしした結果、崩壊するのは目に見えているだろ》
《……魔力を空にするのか》
《命までは取らん》
《当たり前だ!!!》
魔力を空にするのは危険を伴う。大賢者キールのように命の危機を迎えるからだ。しかし、異物が入ったままではサスクールに全て筒抜けとなり、それは同じ魔王であるランセも解く事は出来ない。
前から疑問に思っていた。ユリウスの中に時々とはいえ、サスクールの魔力を感知する事があると。自分も何度かユリウスを見ていたが、その感知には至る事が出来なかった。
《もしくはサスクール自身の力、とも言えるな》
《魔王独自の力か》
あり得ない話ではない。ランセが呪いを解くのに特化したものなら、呪いを付加させる事に特化したものだってある。
つまり、ユリウスには呪いが2つ掛かっていた事になる。
1つは四神達に掛けられた柱の機能を落とし、その国の王族の寿命を縮ませる。そしてラーグルング国の守りを失わせる働きがあったもの。
2つ目は、魔王サスクールと繋がっている事での力の暴走。それにより自分の意思とは関係なく、他者を傷付け異形へと変貌を遂げる働きのあるもの。
《女を襲って以降は、力は潜めているが……奴と仮契約した時に違和感を覚えたぞ。妙な混じり物だとな》
《……魔法を扱う者が魔力を空にする行為は、死を意味するぞ》
《そうだな。だが、他に方法はない。空にした所に、我の魔力を注げば相殺される。魔王の力は闇だ。全ての集合体である虹には勝てん》
「手伝ってやろうか?」
気配もなく声を掛けられ、すぐには反応出来なかった。振り向けば悪寒を覚え、自然と睨み付けていた。
《なんの用だ、死神》
「あ、気にしないで。たまたまだよ?」
「俺、あっちに行くぞ。先に話進めとけ」
「はいはい。どうぞどうぞ」
サスティスが投げやりに言い、ザジは麗奈とユリウスの所へと飛んだ。
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「幸せそうな顔しやがって」
穏やかに、表情がふにゃりとだらしない。いつもと違う服を見て、何だろうと思ったザジはヒラリとスカートの部分をめくる。
「止めろって!!!」
サスティスの蹴りが飛んできて気を失いかける。行かないと言った割にすぐに来たので疑問に思っていると「バカな事してるからでしょ!!」と叱り、お風呂の時の事を忘れたのかと怒声をあげる。
「今やったのはあの時と同じ位にやっちゃいけないの!!分かった?」
「わ、悪い………」
「ザジ?」
眠そうに、寝ぼけた麗奈は目をこする。体が何だが熱く、頭もぼーっとするがザジとサスティスだと認識して2人に抱き付いた。
「ザジたぁ。サスティスさんー、へへっ」
舌っ足らずで、顔が赤い。何だが、目がトロンとしている麗奈に戸惑うザジ。サスティスが「酔ってるね」と答えを導き、麗奈に抱き付かれていたをするりと抜けてザジに押し付けた。
「あ、てめぇ!!!」
「ラジぃ、ラジぃ、ラージー」
「ザジだ!!!」
「確か契約してるの大精霊アシュプでしょ?さっきまでお酒飲んでたから、移ったんだよ。災難だね、ザジ」
でも役得だろ?とニヤリとするサスティスに、ザジは睨み付け「ぶっ飛ばす」と宣言するが麗奈に阻まれる。酔った様子の彼女は、ずっとザジに甘え、頬をスリスリしており安心しきっている。
「ふふっ、可愛らしい反応だね」
「てめーも、やられろ」
「見てるだけで楽しいから止めとく」
「こんのっ!!」
「ザージー♪」
「どわぁ、バカ!!!引っ付くな」
いつも以上に密着してくる。普段ならあり得ない行動は、酒の力によるものか。今まで甘えてこなった反動なのか、精一杯に甘えるも相手が違うだろうに、とツッコミを入れたくなった。
「!!!」
その時、唐突に頭が痛くなった。
ズキリ、ズキリ、と警報を鳴らすように自分に知らせる為に響く。流れてきた記憶、感情、そして……自分が死んだ時の記憶。
ー止めろ、彼女は関係ない!!ー
ーサスクール。お前、ここまで追ってくるのか!!!ー
ーお兄ちゃん!!!助けて、怖いよぉ!!!ー
カチリ、カチリ、とピースがはめられていく。
思い出した全てに、死神となった経緯に思わずクツクツと笑いが込み上げた。
「そうか、そういう事かよ………クッ、クハハハ」
「ザジ?」
妙な笑い声を上げるザジ。サスティスは気でも触れたかと、頭がおかしくなったかと心配になった。一通り甘えたのか、プツリと糸が切れたように寄り掛かる。
動こうとしても、ザジに引っ付き離す気がない麗奈。それを何とか解き、名残惜しそうにしながら「安心して、寝てろ」と額をピタッとくっつける。
少しだけ乱暴に頭を撫で、ユリウスの隣に寄り添うようにして寝かせ、サスティスに戻ると言った。
「喜べよ、サスティス。俺もお前も、目的は同じだぜ?」
「………そう。目的、思い出したんだ。」
「あぁ。サスクールを殺す事。それが、俺が死神になった理由であり目的だ。………どんな手を使ってでも、必ず追い詰める」
その言葉にサスティスは、短く返事をした。自分の敵になるどころか味方になるなど、想像もつかなかった。これも、全部彼女のお陰かな、と寝ている麗奈に優しく微笑みかける。
「……君に、興味が湧いちゃったな。どう責任とってくれるのかな?」
クスリと笑う。
死神になってからやる事は魂の回収ばかり。ザジと組んでからは少し変化があったくらいの、ちょっとした波がきた位にしか思わなかった。
それを嵐のように、全てを巻き込むような勢いのあるザジが気になっている子。関わらずにいたのに、いつの間にか引き込まれ新しい風景が見えたみたいに明るい子。
(彼が気に入るのも分かるような気がするよ)
ピクリと気配を感じ周りを見る。
広がるのは森。そして、引きずり回した破軍の『鬼、悪魔、人でなし』と文句を言っており誠一は苦笑い。九尾は酒を交わす約束をしたので、味方になり『早く酒を飲ませろー!!』と訴えてくる。
(気のせいか………)
懐かしい視線を感じた。
もう会う事はない人物。だって、彼は自分と同じ魔王であり戦い方を教えてくれた人だったから。
その名はサスティス。
学んだ事も多くあり、ランセの国とも長く交流してきた。そして、最初にサスクールにより潰された魔王でもあり、そこからランセの人生が狂った瞬間でもあった。




