第6話:涙
次の日、麗奈は用意された部屋で寝ていた。そうだと気付くのに時間がかかった。
部屋まで送り届けてもらい、外を眺めて考え事をしていつの間に寝ていた。多分、そんな感じだろうと思い出していく中でゆきの姿がない事に気付く。
(……遅いのは変わらない、か)
元々睡眠時間は短い方だ。そして、起きるのが遅い時には、九尾が覗きに来る。そして清がそれらを、止めに入るといったバタバタした朝を迎える筈なのだ。
それがないと分かり、改めてここが別世界にだという実感を得る。
(九尾も清も居ないのに、何を期待しているんだか)
「おはよう、麗奈ちゃん♪」
ぼんやりと考えていたら、良い香りと共にゆきが聞いてくる。どうやら、昨日の内に朝食の準備をしていたようだ。リーグとはすぐに打ち解けていたので、相変わらずのコミュニケーション能力だと思う。
「食べよう、食べよう」と明るく言い、どうにか返事をする。上手く笑えているだろうか、と思いながら昨日の会話を思い出していた。
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「命があるだけでも良かった、と安堵して欲しいね。場合によってはあの場で斬り捨てられるんだし」
優しい口調、優しいそうな笑顔。だけど、確実に麗奈の心が締め付けられる様に思うのは気のせいではない。ピリピリとした空気は肌を刺し、まるで怨霊を相手に戦っているような錯覚さえ思わせた。
「……だったら出ていきます。迷惑をかける気なんて無いです。ここの事を話さないでと言うのであれば――」
「それも無理。こっちは魔王と戦った影響で、魔物達が溢れ返っているんだ。面倒事は避けたいが、なるべくなら自分の手で――と言うのが私の考えだよ」
そう言われて思わず睨んだ。彼女達だって、状況を理解していない上に、何でここに来ているのかさえ分かっていない。出来る事なら、今からでもいいから元の場所に返して欲しい。
そう訴えると、イーナスは困ったように腕を組んだ。
「そうしてあげたいのは、山々なんだけど。詳しい人も、今は連絡がないし。こちらも困っているんだ」
麗奈やゆきのように、別の世界から来た人を保護するのはそう珍しくないらしい。
この国以外でも、それなりに起きているんだそうだ。
「まぁ、2週間までは時間はあるし。ここの施設を自由にしていいのは本心だよ。この国をゆっくり知って欲しいから、答えはそれからでも良いよ」
「……矛盾、していませんか」
「危険な事をするなら、私とかが対処するんだけど……それでもいい?」
「……」
イーナス以外で、彼女達を見張っている人がいる。
ニュアンス的にそう伝わり、言葉を飲み込んだ。見張られている感覚はあったが、誰なのかは分からない。
「それに君のその力……陰陽術だっけ。魔法とは違った感じだから、出来る事なら協力をして欲しいんだよ」
「……協力、ですか」
「私は別に良いんだけど。うるさい人は居るからね。実力はあるよって言う証明が欲しいから、2週間後に試験を受けて貰うね?」
「分かり、ました」
現状を把握したいのは麗奈も同じだった。
2週間とは言え、すぐに処分されないのを確認できただけでも良しと考えるべきか。試験内容に検討がつかないので考えるのは止めにし、イーナスに部屋まで送って貰った。
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(2週間で全部、把握するのは無理。……結果はどうあれ、ゆきはここに置いて貰おう。私と違って、身の回りの世話も出来るしお城で働かせてくれるように、お願いしてみよう)
そんな考え事をしていると、ゆきは慣れた手つきで次々と用意していた。
聞けば食器は、昨日の内にリーグと共に運んだのだと言う。予想していたとばかりの用意が良かったので、誰がそうしたのかは聞かない方が良いだろう。
「あのね、麗奈ちゃん。今日、リーグ君と一緒に街に行くんだけど。……麗奈ちゃんもどう?」
「……」
「麗奈ちゃん?」
「あ、ごめん。……何の話?」
「やっぱり治ってない?」
大蛇と対峙した時の怪我は、セクトの治癒魔法で治して貰った。
あの時は感動していたゆきも、翌日になって拒否反応などが出たのだろうかと心配になる。
「ううん、傷は平気。……ホント、凄いよね。綺麗さっぱり治っちゃうなんて!!」
「……うん。そうだね」
そう言うも何だか空気が重い感じになり麗奈は慌てて食べる。ゆきは彼女が嘘を付いているのは分かっている。でも、こういう時の彼女は絶対に話はしない。
それは……自分を巻き込まない為、麗奈だけで解決しようとする姿勢だと分かるからだ。
(……聞いても多分、答えてくれないよね)
ゆきはそう諦め、食事をすませ片付けを始めた。その時、ノックする音が聞こえた。
誰だろうかと思い、出てみるとリーグとラウルの2人が来ていた。
騎士服ではなく、動きやすいようにラフな格好でいた。
リーグとは街に行く約束をしたから分かる。しかしラウルは何の用なのだろう? そう表情に出ていたのかリーグは、不機嫌になりながらも「麗奈お姉さんに用があるんだって」と答えてくれた。
「リーグ団長から、今日の予定を聞いている。朝からすまない。その……彼女は居るか?」
「あ、はい……。待ってて下さい、今着替えてきますね」
ゆきは慌てて部屋に戻り麗奈にラウルが来ている事を告げる。途端に嫌な顔をするも、外に出かける格好に着替えるように言い部屋の中がバタバタと騒がしい。
そんな音を聞きながら、リーグはラウルへと質問した。
「何の用」
ここにリーナが居たなら、すぐにでも場を収める為にと2人の間に入るだろう。
まだ来ていないのを良い事に、ラウルが来た目的を聞き出そうとするリーグ。
「用件はさっき言ったぞ」
「とぼけないでよ、宰相から麗奈お姉さんを見張るように言われたんじゃないの?」
「……」
「無言は肯定と受け取るよ、ラウル副団長」
「リーグ団長こそ、何故あの2人を庇護するんです」
「貴方には関係ないよ。邪魔しないで」
「すみません。遅くなりました!!!」
ゆきが慌てて扉を開けると同時、リーグはそのタイミングを合わせてラウルの足を引っかける。突然の事に反応が遅れたラウルは、そのまま扉に勢いよくぶつける。
「え、嘘っ。ラウルさん!!! ご、ごめんなさい。今、冷えたタオルか何かで――」
「勝手にぶつけたんだから、ほっといていいよ」
「お前……」
部屋に戻ろうとするゆきを呼び止め、街に行こうと誘う。ラウルは痛がるも、大丈夫だと気にしないで良いと何度も言った。
派手な音がしたので、流石の麗奈も気になって様子を見に来る。
ゆきは水色のワンピースに白い上着。麗奈は白いローブに身を包み、魔道隊の人達が着る黒いズボンを穿いていた。
「おはよう、麗奈お姉さん。本当ならお姉さんにも来て欲しいんだけど、どうもこの人が用があるみたいだし。あとから来てね?」
「わ、分かった」
今日は1日、部屋でゆっくりしようとした。
だが、リーグが有無を言わせないような迫力だったので思わず返事をしてしまった。それを見て、安心した彼はすぐに行動へと移した。
「ゆきお姉さん、行こうか♪」
「へ、きゃああああああ!!!」
リーグはゆきを軽々と抱きかかえてそのまま疾走。嵐のようにかけていくリーグの姿はもう見えない。魔法でそんな事まで出来るんだとちょっと感心した麗奈は、扉を閉めようとして――遮られる。
「……なんですか」
「少しでいい。話をさせてくれないか」
「何故です」
「昨日、宰相殿から何を言われたんだ。明らかに様子がおかしい」
「っ」
図星だったのか、再び扉を閉めようとするも防がれる。
麗奈の顔色が明らかに優れていない。なにより昨日までの覇気がまるでないのを見て、宰相となにかあったのは容易に想像できた。
あの時、イーナスに頼まれたのは麗奈の見張りだ。
その内容に思わず眉を潜め、睨んだのは仕方ない。なんせ彼の中では、彼女達は保護するのだろうと思っていたからだ。何より陛下がそのつもりだ。その意に反する事じゃないのかと思って睨むが、その視線をイーナスは受け流した。
「……君は何も感じなかった? 麗奈ちゃんの事を見て」
「は?」
見張るのも不思議に思っていたのに、次に飛び出した言葉に思わず間抜けな顔を晒した。
何を言っているんだと思っていると、その時の事をイーナスは語りだした。
「見た感じは初対面だと思うんだよね。名前と言うより、苗字かな。朝霧と聞いて何故か懐かしい気持ちになったんだ。そういう感覚にならなかった? リーグは気にしてないから、本当に分からないだけだと思うけど」
「っ……」
懐かしい感覚と言われはっとした。朝霧と言う言葉は初めて聞いたはずだ。なのに脳が違うと告げる。
でも、はっきりした何かがある訳でもない。自分の勘違いかと思ったが、どうやら同じような感覚を味わったのはイーナスだけではないようだ。
「この現象を調べるのに彼女の存在は微妙なんだよ。確かに魔法とは違うからと警戒するのは簡単だけど、それだと妙に説明がつかない感じと言うか……。ま、見張るというよりは見守ってくれるといいな」
「言葉を変えても、内容的には一緒でしょ」
「だから2週間後に試験を受けて貰うよ。彼女にはそう説明するし」
「……試験?」
ピクリと眉を潜める。
明らかに不機嫌になっていく自分に驚きながらも、イーナスは話を進めている。
自分達にとって不確定な麗奈を調べる為、もしくは力を図るために簡単に試験を行う。大臣達にも文句は言わせないように、また周りの反応を確かめるのにも必要だ。
「君もリーグも彼女達に協力的だ。それは良いよ。私だって宰相の立場でないなら協力したいんだし……でも、理由もなしに国に置くのにはリスクを伴う。文句が出そうだし」
「ならそう言えば良いでしょう」
「多分、彼女は頷くよ。自分の力がここで役に立つかもと思うのなら、懸命に証明してくれると思うしね」
その日の夜の事を思い出していたラウルは、麗奈の事をもう1度見る。
覇気がないと感じるのは、イーナスに試験をすると言われているからか。あの人は脅すのに容赦がないから、怖がらせてるんじゃないかと思い様子を見に来た。
結果として当たったなと思いながら、彼はイーナスのもう1つの顔を明かした。
「宰相殿には簡単に信用しない方が良い。あの人は……元暗殺者だ」
「え……」
「リーグ団長と同様によその国から来たんだ。今の陛下の兄を殺す為の刺客としてね」
「そんな人を……よく宰相にしましたね」
「彼をと言うより、宰相を務めている一族の息子。彼がそれを嫌がって、宰相として抜擢したんだ。あの日ほど、会議が荒れたことはなかったな」
笑っているが、明らかに大変だったのだろう。ちょっと疲れた様に息を吐いたのがその証拠だ。
「陛下のお兄さんもよく許しましたね」
「その兄が国にイーナスを置くと言ったんだ」
「……よく平気でしたね、今まで」
「ま、俺達は振り回されるが慣れたから良いのかもな。それで、君の方はどうなんだ。昨日はちゃんと寝れたのか?」
ポン、と優しい手つきで頭を撫でて来る。
突然の事に驚き、しばらく固まっているといつの間にか顔を近付けて来た。
「っ!!」
「顔色が悪い。突然の事で休めないのは無理ないが、俺で良ければ何でも協力する」
「何でそこまで気にするんです。関係ない他人ですよ?」
「リーグ団長は無条件で、君達に味方するだろう。それなら俺もそうするという事だ。いけないか?」
「え、と」
優しい手つきで頭を撫でられると、母親にそうされたのを思い出した。
途端、勝手にポロポロと涙が出て来た。
止めたくても、手で拭いても止まってくれない。そのまましゃがみ込み、泣きじゃくる。
異世界なのは理解した。
自分の力が疑われて試験をすると言うのなら、それは受ける気でいたのも事実。
ただ――。一気に状況が変わり過ぎてて、収拾がつかなかい。でも、そんな弱音をゆきの前では絶対に吐けない。
親友のゆきは、麗奈にとって大事で絶対に守るべきものだと決めているからだ。
そう思っていたら、ずっと溢れて来る涙に戸惑いを覚えた。
不安に駆られている麗奈を抱き寄せ「大丈夫だ」と何度も伝えたのだった。