陰陽師という職業
陰陽師は人を守り怨霊を退治する人達だと教わった。
いつものように、月夜を見て笑う母親の姿が今でも思い出せる。それを決して忘れる事はないし、それが彼女にとっての行動理念にもなっている。
「おとうさんより、つよい……?」
「っ……!!!」
幼い麗奈は父親が居る前で聞く。それをクスクスと笑うのは、母親の由佳里だ。娘と母親、2人の話している内容はすぐ横にいる父親である誠一に当然届いている。
「強い、かもね」
「すご~い」
家族3人で話している筈なのに、母は娘を独占中。
話が終わるまでと思い待っていれば、なんとも酷い話だ。ショックを受ける誠一に祖父の武彦は豪快に笑う。
その声を聞きながら、人数分のお茶を持ってきた裕二はその返答に困りながらも「ま、まぁ、事実ですし」と控えめに言う。
すると、ギロリと誠一が裕二を睨む。途端に、(しまった……)と思うも声がかかる。
「……ちょっと来い、裕二」
「い、嫌ですよ。うわっ!!!」
寒気を感じ後ろに下がった。と、同時に落とされた雷。
当たったら痺れる、くらいの威力ではない。確実に病院行きレベルのものだ。
「つ、使いますか!? ここで!?」
「別に構わんだろ。これからお前も普通でなくなる」
「そ、それは……。武彦様、由佳里様、止めて下さいよ!!!」
止められるであろう人物に声をかけるも、その2人は娘と談笑中。しかも、式神からはバッテン印を作られたことで、助ける気はないと言うのも分かってしまった。
(う、わぁ……)
ショックを受けながらもそのまま逃げる。術を放った誠一は悪い顔し「さて、どうしてやろうかな」と獲物を仕留めるような眼光を放っている。
(慣れろ、裕二君。誰もが通る道だ……多分)
裕二が用意したお茶を飲み、密かに謝罪をする武彦。
そんな彼の隣では母親の作った式神を真似ようと頑張る、孫の姿。
ポコッ、ポコッ。と、麗奈が落とす札から作り上げられる式神。まだ、頭と体が区別出来ておらず、小さな長方形になったままキョロキョロと見渡す。その隣では同じような大きさでも、きちんと頭と体が区別された人型の式神が隣で見守っていた。
「うぅ~~。うまく、いかない」
「頑張って、麗奈」
「んっ。がんばる~~」
これが普通の家庭ではないのは、十分に理解している。
だが、陰陽師として生まれたからには役割がある。この街の管理し、な怨霊を退治すると言う宿命を背負わされている。
(普通を……この子には、味わって欲しかった)
恐らく陰陽師としての憧れが、麗奈にはある。普通を望めなくて悪いと思いつつも、孫の成長が嬉しくもあり少しだけ悲しくもあった。
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麗奈が8歳の時だった。
任務に出かけた由佳里がそのまま失踪と言う形になり、次に見たのはその2年後。彼女が10歳になり、怨霊退治にも慣れてきた頃だった。母親を死なせたのは自分の所為だ、と青年が現れたのだ。
よりにもよって、娘の麗奈の前に。
最初は分からず「お母さんの友達?」と聞いた。
だが、青年が答えるよりも先に祐二と父の誠一が割り込んでくる。その慌てように、驚きながらも2人が悲しそうにしているのを見て気付いてしまった。
ピクリとも動かない母親。悲し気に自分を見て来る青年に……もう居ないのだと分かってしまった。
(裕二、お兄ちゃん……怖い)
あんなに優しい兄代わりの人が、青年を睨んでいた。普段では絶対に見せない表情。
その突然の変化に麗奈は恐怖を覚え、つい母親を見てしまう。
(お母……さん……)
父親に抱き抱えられている母親。
その時の父親の表情を麗奈は忘れる事はない。厳しくても、時に優しくしてくれる父親の事が好きだから。
なのに今は、自身を責めているような感じ。
何とも言えない不安は、幼い麗奈にとって未知の領域だ。下がる父親、麗奈は兄に引っ張られていくのをただ呆然と連れられている。ただ――。
(あのお兄ちゃん……ひどく、悲しい顔してる)
自分よりも、深く傷付いた表情。
自分達に謝り続けているその姿が、麗奈にとっては酷く不安を呼ぶものであり、支えたいと思わせた瞬間だった。
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「……お兄ちゃん………話して、良い?」
「麗奈、ちゃん……」
その時から、麗奈の中でその人をお兄ちゃんと呼んでいた。彼が来てから既に数時間が経っており、午後10時を回っていた。
「早く部屋に戻らないと、風邪を引いてしまうよ。私の事は……ほっといていいから」
「お兄、ちゃん………?」
風に揺れる黒髪は肩まであり、艶がでていた。自分と同じ黒髪でもあそこまで綺麗に艶がでるのだろうかと思った位に。
そして、彼は表情を沈んでいたとしてもその容姿が、かけ離れているような感じがして麗奈は息を飲んだ。
「お兄ちゃん………」
クイッ、クイッ、と服を引っ張る。
なんだか、すぐにでも居なくなりそうな漠然とした不安。何だか嫌なのだ。母親が居ないと分かった後では特に、消えて欲しくないと思った。
例え、自分が原因だと言った青年でも。
麗奈は逆に知ろうとした。何でそんなに悲し気になるのか、母親とどういう関係なのか。
そう思っていたら自然と、口にしていた。
「何か、用……?」
「お兄ちゃんと居たい♪」
驚いた答えに目を見開き麗奈を見る。母を死なせた原因を作った自分に何故笑顔で答えるのか。聞いたら「悲しい顔、してるから」と言われた。
「ゆきと同じ悲しい顔、してた。ゆきも、家族居ないから……ずっと責めてる。………お母さんは、死んでも心の中にいるよ。寂しいなら、友達になってよ」
そしたら少しは明るくならない? と、言われ少し迷った。自分は責められて当然だと思っていたが彼女は違った。少し涙目で気丈に振る舞っても、母が死んだ悲しみは必ず現れる。
「……私は、ならないよ。友達になるなら弟にお願いしたいが難しいか。驚いたよ、黒髪がこんなに多いなんてね」
「?……お兄ちゃんもだよね?」
何故と言わせない為か、ワザと話題を変えた。髪は自分達と同じ黒髪や茶色の髪の居るのに目の前の人物は首を振り「目が違うから」と言う。
それにさらに、首を傾げる麗奈。瞳の色が違うと言うが、彼は黒目だ。
自分と変わらないのに何故、そんな事を言うのか?
「……あ、うん。これは、説明しずらいな。もう戻れないから良いかも知れないけど………怒鳴られるな、イーナスに」
「いーなす、さん、怖い人なの?」
「うん、怖い。怒ると止められないし口悪くなるし……」
ちょっとだけ、空気が軽くなった。
それにほっとした麗奈だったが、「麗奈さん」と引き剥がす第3者。兄代わりの裕二だ。
思わず麗奈は「あ」と言ってしまった。
隠れて会っているのがバレた。怒られてしまうと思っていると、彼はそんな様子に気付く事もなく青年を睨んだまま言い放つ。
「そんな人、関わらなくて良いですよ」
「悪かった。彼女には……麗奈ちゃんには会わないよ」
「っ、気安く言わないで下さい!!! そう思うんだったら、そんな事を言う位なら最初から近付くな」
「ち、ちがっ」
「黙って!!!」
否定しようとして、裕二に止められる。
ビクリと肩が震え、泣くのを我慢した。はっとした裕二は、怯えさせる気はなかったのにと言い悔しさで唇を噛む。
それを黙って見ていた青年は、そのまま夜空を見ると「じゃ、邪魔者は消えるよ」と悲し気に月夜を見る。
「え」
「何処に行くんですか」
「関係ないでしょ。彼女に関わるなって言ったでしょ?」
「当たり前ですよ。貴方、一体何なんですか!!」
「責任はあるよ。でも、整理する時間は必要だと思ってね。………まぁ、時間は戻せないから魔法も万能じゃないけど」
「魔法?」
訳の分からない事を、と麗奈を握る手を強める。
痛いと言いたかった麗奈だが、ここで言えばまた傷付けてしまうと我慢して耐える。
「……君等は記憶を失くす」
「き、おく……?」
「君達の記憶の一部を失くす。亡くなったのは術の反動であるのは変わらない。私と関わったこと自体を記憶から無くすということだ」
そこからは思い出せなくなった。
気付いたら母の葬儀は終わっていた。武彦はあれから頻繁に来るようになり、父親の誠一は修行以外では娘とは極力話さないようになった。
裕二もその日から頻繁に家に来るようになり、近くに引っ越して行こうかなど色々と考えていた。
母を亡くしても皆、懸命に前を向いている。
ただ、娘の麗奈だけは心にぽっかりと穴が開いたようにモヤモヤとしていた。
(あのお兄ちゃん………何であんなに悲しそうにしてたの?)
夢で見る自分に語りかけるお兄ちゃんは、黒髪に紅い瞳を持った独特の雰囲気。
それに引っ掛かりを覚えるも、それも段々と覚えなくなる。そうして気付けば8年の歳月が流れ18歳になり、彼女の環境がそこから変化した。