1-8 素朴な疑問
「あのさ、クルス」
ラスラートの街へと続く山道を歩きながら、ハヤトは隣を歩いているクルスへと声をかける。
「なんだい、カミー?」
そう答えながら、こちらへと振り向くクルス。ちなみに全裸だったクルスは、今はちゃんと服を着ていた。あの後、炎使いの魔導師である少女、スレアに替えの衣服を投げつけられていたのだ。
お前はクルスのオカンかよ、とツッコミを入れたくなるが、話を横で聞いていたかぎりでは、どうやらクルスが裸になるのはいつものことなのらしい。スレアとしても、全裸のままで隣を歩かれてはたまったものではないのだろう。
いつも裸になってるって、やっぱり危ない奴じゃねーか、と心のなかで密かに思うハヤト。だが、そんな本音は押し殺しながら、
「素朴な疑問なんだけどさ、これって本当に『聖剣』なるものなのか? ビームの1つどころか、雑魚モンスターすら倒せそうにないんだけど」
背負った『聖剣』を指さしながら、思っていた疑問をそのまま口にする。
そう、ハヤトには、これがこの世界で最強とされている兵器だとは到底思えなかったのである。ゲームなどに出てくる『錆びたナイフ』的な最弱武器でも、一応すこしは切れるはずなのだ。というより、なにも切れない剣にできることなんて、敵のモンスターを撲殺するくらいしかないのである。
対して、ハヤトの素朴な疑問を聞いたクルスは、腕を組みながら大きく頷く。
「ああ、そうだよ。それは間違いなく、クラスリア王家に伝わる『聖剣』だ」
その言葉に、マジですか・・・、と肩を落とすハヤト。ちなみに今までの流れをざっくりと説明しておくと、バークハイルが豪快に壁をぶち抜いた後、ハヤトはこの『聖剣』なるものをクルスから渡されたのである。
空飛ぶ竜を見て、ここが異世界だということを嫌でも理解させられたハヤトは、俺が無双する時代がついに来たー! なんて小躍りして喜んでいたのだ。なので、折角の機会だから駆除ついでに火竜で試し斬りでもしてこい、なんてことをバークハイルが言い出した時にはニヤニヤしながら、こっそりと自分が無双する妄想を爆発させていたわけなのだが・・・結局、今の状況へと到るのである。
大根すらろくに切れないであろう『聖剣』を担いだまま、絶望に打ちひしがれるハヤト。
「・・・こんなナマクラ、どうやって使いこなせっていうんだよ。切れない剣なんて、ぶっちゃけ金属バットと大して変わらないぞ? 俺は他校に殴り込みをかける、一昔前の不良っすか?」
諦め切ったようなハヤトの言葉を聞いて、クルスは悩むように顎に手を当てる。どうやらクルスとしても、ハヤトが『聖剣』を使いこなせないのは予想外であったらしい。
「その『聖剣』は、今まで数え切れないほどの人間が試してきたらしいんだけど、誰一人として扱えなかったんだよ。だからカミーを召喚して、有効に活用しようとしたんだけどーーー」
「無理だわ。こんなの、俺だって扱えねーよ。というか、まず使いかた自体がわからないから」
思わず大きくため息をついてしまうハヤト。そのまま言葉を続けて、
「だいたいさ、そもそも『聖剣』ってどんなものなんだよ? こっちに来てから、まだ大雑把な説明しかされてないんだけど」
「うーん、僕はそっち系の話には疎いからね。たぶん、スレアに聞いた方が確かだと思うよ?」
クルスは困ったような表情をして、すこし前を歩く少女へと視線をやる。どうやら、クルスから見てもこの魔導師の少女は物知りであるらしい。つまり、聞けばかなり詳しく教えてもらえるのだろう。
「えっとーーースレア、で良いのか?」
まだ互いに自己紹介もしていないので、ハヤトはとりあえず目の前を歩く少女へと様子を窺うように声をかけてみる。すると、
「・・・獣の分際で、この私に何の用かしら?」
なんてことを言いながら、こちらに睨むような視線を向けてくるスレア。魔術を使う人間がやたらと高圧的なのはよくある設定なのだが、同世代であろう少女にいきなり獣扱いされてはさすがのハヤトもカチンとくる。
「おい、ちょっと待て。なんで俺が獣扱いされてるんだよ」
思わず語気を強めてしまうハヤト。対して、その言葉を聞いたスレアは呆れたような表情をすると、
「そんなことも聞いていないの? あなたは戦闘用の『召喚獣』を喚び出すための術式で召喚されたのよ?」
「えっ? 確かクルスは、『聖剣』を使って、みたいなことをーーー」
「それはあくまでも媒体よ。喚び出すための核である術式は『召喚獣』のものを使用したと聞いているわ。そんなの、分類としては『召喚獣』と変わらないじゃない。獣を獣と呼んで、何が悪いと言うの?」
当然のようにそう言い放つスレア。いきなり専門的なことを言われて混乱しそうになるが、それでも獣扱いされてはたまらないのだ。ハヤトはとにかく負けじと言い返す。
「そんなこと初めて聞いたわ! つーか、あの鎧着た奴らが言ってたのはそういう意味かよ! だいたいな、人のことを勝手に召喚したくせに獣扱いなんて、お前らいったいどういう神経してるんだよ!」
「喚び出したのは私じゃないわ。文句なら近衛魔導師の連中に言いなさい」
そう当然のように言い放つスレア。それを聞いたハヤトはぐぬぬぬぬ、と拳を震わせる。そう、この世界のことを全くといっていいほど知らないハヤトが、魔導師であるこの少女に口げんかで勝てるはずがないのである。
俺って『聖剣の使い手』として異世界に召喚されたんだよな? と今さらながらに心配になるハヤト。なんだかもう、自分のポジションがどのようなものなのかわからなくなっていた。『聖剣』も扱えないし、本当にどうしてこんな世界に連れて来られたんだよ、と嘆いてみても仕方がないのである。
「はぁ、なんかもう疲れてきた・・・」
「その貧相な顔で、ため息なんてつかないでもらえるかしら? こっちのやる気まで下がるわ」
ハヤトの独り言に対してまで、容赦なくダメ出ししてくるスレア。それを聞いたハヤトは、思わず頬をピクピクと震わせる。さすがのハヤトも、ここまで言われては引き下がれないのだ。
すでに徹底抗戦の構えに入っているハヤトは、目の前にいるスレアの凹凸の少ない体を上から下まで眺めると、馬鹿にしたように鼻を鳴らしながら、
「・・・ふっ。貧相なんて、お前にだけは言われたくないな」
その瞬間、ブオッ!! と。
炎の塊が顔面スレスレを通過し、すぐ後ろの大木に命中する。その大木は立ち上がった火柱に飲まれ、一瞬で黒コゲになってゆく。炎のはぜる音に、思わず硬直してしまうハヤト。そんなハヤトに対して、スレアは可愛らしい笑みを浮かべながら、
「何か言ったかしら?」
「いえっ、何も言ってないです、はいっ!」
手のひらの上に当然のように炎を浮かべるスレアを見て、ハヤトは一瞬にして直立不動になる。そういえばコイツ、炎の魔術使えるんだった! と今さらながらに思い出すハヤト。そう、ここは剣と魔法の世界なのである。
やべー、冗談抜きに消し炭にされるところだった、と冷や汗をダラダラと流すハヤト。そんなハヤトを見て、スレアはひとまず気が晴れたのか、
「それで、私に何か用があったんじゃないの? 少しくらいなら答えてあげるから、さっさと言ってみなさいな」
その上から目線な態度に、思わずまたカチンときてしまうハヤト。それでも、
(落ち着け、俺・・・ここは大人な対応で乗り切るべきだ。紳士っぽく、寛大な心を持て・・・)
自分にそう言い聞かせ、ハヤトはなんとか自分を落ち着かせる。この世界における知識も実力も、スレアの方が段違いに上なのだ。自分が教えてもらう立場である以上、少しくらいのことは我慢すべきだろう。・・・ぶっちゃけ、下手に口答えすると燃やされかねないというのが本当のところなのだが。
ハヤトは深呼吸して気持ちを落ち着けた後、とりあえずは笑顔を作り、
「お尋ねしたいのですが、『聖剣』とはいったいどのようなものなのでございましょうか?」
「・・・はぁ、面倒くさいわね」
答えると言っておきながら、ものすごく気だるげな表情をするスレア。こんにゃろう!! と笑顔を浮かべたまま、ハヤトは心のなかで絶叫する。そんなハヤトの心に気づいてか、スレアはジトッとした目でこちらを見ながら、
「・・・なに? 文句があるのならはっきりと言いなさい。今度はちゃんと焼いてあげるから」
「いえ、なんでもないです・・・」
心のなかでは、このツンツン貧乳ドS女が!! なんてことを叫んでいたりするのだが、それを言葉にすると物理的に燃やされそうなので大人しく黙っているハヤト。対して、スレアは面倒くさそうにため息をついた後、気だるげな表情のまま口を開く。
「『聖剣』というのは、この大陸に伝わる『聖具』の内の1つよ。『聖具』には他にも槍とか弓とかいろいろな種類があるし、『聖剣』と呼ばれる『聖具』だっていくつか存在しているわ」
それを聞いて、思わず首を傾げてしまうハヤト。
「え? 『聖剣』ってそんなにいっぱいあるの? じゃあまさか、大して珍しくないとか・・・」
「そんな訳ないでしょ。貴重なものでなかったら、あなたのような残念な獣をわざわざ喚び出したりするはずないじゃない」
残念な獣とまで言われて、思わず青筋を立ててしまうハヤト。こいつ、いつか目にもの見せてやる、なんて決意を密かに固めるハヤト。対して、スレアは気にした風もなく言葉を続ける。
「『聖具』はとてつもない力を持っているわ。使い手にもよるけど、『聖具』1つで戦況を一変させた前例は山ほどあるのよ。例えば、かつて西にあった大国、クークライト大公国なんて、保有していた『聖具』の1つを広大な領土と引き換えにガルト帝国に譲り渡して、結局は獲得した領土を含めた全土をガルト帝国に占領されて滅亡したんだから」
「・・・なんかスゲーな」
「そうね、『聖具』自体はすごいものなのよ。まあ、その使い手が役立たずじゃ、宝の持ち腐れもいいところなんだけどね」
・・・こいつは口を開くたびに俺を馬鹿にしないと気がすまないのか? と真剣に思うハヤト。確かに『聖剣』を使いこなせてはいないのだが、ここまで馬鹿にされるのはあんまりだろう。とは言っても、何も否定できないので密かに落ち込むハヤト。
(あーあ、せっかく異世界に『聖剣の使い手』として召喚されたのに、その『聖剣』を扱えないんじゃ意味ないだろ・・・しかも、『聖具』なるものがいくつもあるって、絶対ヤバい展開になるやつだ・・・)
これからの展開を予想して、未来への希望を失いかけるハヤト。本来ならここで優しいヒロインでも現れて慰めてくれるのだろうが、今のところヒロイン候補は目の前のツンツン少女だけなのだ。もはや、お先が真っ暗すぎて泣いてしまいそうだった。
「・・・ちなみにさ、その『聖具』とやらはいくつくらいあるんだ?」
落ち込みながらも、とりあえずは自分の命に最もかかわるであろう質問をしてみるハヤト。こういう設定の世界では、ほぼ間違いなく他の『聖具使い』と戦うことになると相場は決まっているのだ。
対して、ハヤトの質問を聞いたスレアは、その形のよい顎に手を当てると、
「古文書で伝えられているかぎりでは、ちょうど百ね」
「・・・終わったな。この世界で無双するどころか、袋叩きに遭う未来が見えた」
ハヤトは力なく肩を落とす。こういう話ではお約束の、『聖剣』最強設定は無いらしい。そもそも、スレアが火竜を燃やしていたのを見るに、あのレベルの魔術が当然のように使用されている世界なのだ。それこそクルスのような特殊能力でもないかぎり、今のハヤトなど瞬殺も良いところだろう。
「まあ、安心しなさい。百あると伝えられてはいるけど、その内の半数以上は実在しているのかどうかさえ不明なのよ。だから、実際としては五十弱と思ってくれて結構よ」
死んだような顔をするハヤトをさすがに見かねたのか、すこしだけ優しい言葉をかけてくれるスレア。だが、そんなことを言われても現状は全く変わらないのである。
生きた屍のようになるハヤトを励まそうとしてか、今度はクルスが、
「大丈夫だよ、カミー。これから頑張っていけば、きっとすごい『聖具使い』になれるさ」
「・・・頑張るって、なにを? この切れもしない『聖剣』を使って、なにを頑張れと?」
希望なんてとっくの昔に捨てました、と言わんばかりに死んだ魚のような目をするハヤト。そんなハヤトを見て、答えに困ったらしいクルスは思いっきり目を泳がせると、
「えーと、そのー、・・・素振り?」
「・・・もう帰りたい」
誰もが一度は憧れたことがあるはずの剣と魔法の世界に来て、一日とたたずして弱音を吐くハヤト。
どうやら神様は、相当なサディストのようだった。