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聖剣の使いかたっ!  作者: sord
第1章 無銘の『聖剣』 編  
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1-7 魔導師の少女  



 ハヤトが全力で叫んでから3時間ほど後、森の中にある火竜の巣にて。



 走馬灯を見ていたハヤトは、ようやく現実へと戻ってくる。今まさに炎を吐かんとする巨大なドラゴンの、すぐ目の前にいるという現実へと。



「ーーー!!」



 肌に感じるのは熱風。ハヤトは全く使い物にならなかった『聖剣』を手にしたまま、どうすることもできずにドラゴンを見つめる。


(ははっ、夢なんて見るもんじゃないな・・・こんな剣と魔法の世界で活躍するなんて、俺には無理だ)



 そんなことを思い、ハヤトは自嘲の笑みを浮かべる。焼け死ぬのって苦しいかな、なんてどうでもいい心配をしながら、ゆっくりと仰向けに倒れるハヤト。そして、悟ったような表情で、


(あーあ・・・せめて召喚されるにしても、こんなむさ苦しいテンプレな勇者モノじゃなくて、平和なハーレム世界が良かったな・・・)



 なんてことを思いながら、ハヤトはただドラゴンを見つめる。『聖剣』が弾かれた時点で、もう諦めはついていたのだ。そもそも、切れもしない剣で炎を吐くドラゴンを倒すなんて、どう考えてもできるはずが無いのである。


 そしてドラゴンは、自嘲の笑みを浮かべているハヤトへと、容赦なく炎を吐き出そうとしてーーー



 瞬間、そのドラゴン自身が炎に包まれる。



「うおっ!?」



 足裏の数センチ先を流れた炎の濁流に、思わず飛び起きるハヤト。あまりの熱さに、そのまま転げるようにしてドラゴンから離れる。すると、それを見計らったかのように、



「ーーー炎よ、全てを飲み込み、全てを焼き尽くせ」



 なんて言葉が響き、それと同時に炎の濁流は一瞬にして巨大な火柱となる。ドラゴンをいともたやすく飲み込み、燃え盛る炎。それはもはや、ドラゴンの炎なんて比べ物にならないほどの火力だった。


 炎に焼かれ、目の前で恐ろしいほどの咆哮を上げて、もがき苦しむドラゴン。そのあまりにも圧倒的な光景を目にして、ハヤトは思わず絶句してしまう。するとそこに、



「カミー、大丈夫かい?」



 なんて言いながら、ドラゴンの炎に押し流されていったクルスが全裸のまま駆け寄ってくる。どうやら、あれだけの炎に飲まれても全くの無傷であるらしい。その姿を見たハヤトは、焼かれるドラゴンを呆然と見つめたまま、



「・・・なあ、クルス。あれって炎のドラゴンなんだよな?」



 それを聞いて、クルスも同じようにドラゴンを見つめる。



「そうだよ。あれは火竜だ」


「・・・その火竜なんだけどさ、焼かれてないか?」


「・・・そうだね、焼かれてるね」



 炎に包まれ、もがき苦しむドラゴンを二人揃って見つめるハヤトとクルス。そして、二人同時に視線をそのまま右斜め前、この惨状を生み出した張本人へと向ける。するとそこには、



「なかなか上手く燃えないわね・・・まだ火力が足りないのかしら?」



 一人の少女が、そんな恐ろしすぎることを呟きながら首を(かし)げていた。


 それは、(こん)色のやたらと凝った衣服を身に纏った少女。杖やトンガリ帽子こそ身に付けていないが、マンガやアニメなどに出てきそうなザ・魔導師ですと言わんばかりの格好をしている。


 だが、その少女を見てまず目を奪われるのは、服装よりもその赤く長い髪だろう。染めたくらいでは到底得られないほど綺麗で、透き通るような透明感さえある赤色の髪をなびかせながら、ハヤトと同い年くらいであろう少女はドラゴンを見つめている。



「仕方がないわね・・・術式を重ね掛けして、火力をもう少し上げてーーー」



 可愛らしい顔で、なにやらとてつもなく物騒なことを呟く少女。それを聞いて、ハヤトとクルスは炎の中でもがき苦しむドラゴンへと視線を戻した後、揃って顔を見合わせる。そして、無言のままに意見を一致させると、



「スレア、止めは僕が刺すから、そこまでして燃やそうとしなくても・・・」



 二人の意見を代表して、クルスが遠慮がちに声をかける。対して、それを聞いた赤髪の少女は、



「私は炎を扱う魔導師よ? 火竜程度も焼き尽くせないなんて、私のプライドが許さないわ」



 クルスの言葉をぴしゃりと拒絶して、そのままドラゴンへと片手を向ける。そして、その赤い瞳を静かに閉じると、



「炎よ、猛き炎よ。その力でもって全てを焼き尽くし、全てを消し去れ」



 よく通る、綺麗な声が響いたその瞬間、先ほどよりもさらに熱い、肌を焼きそうなほどの熱風が辺りを吹き抜けていく。それと同時に、炎に飲まれているドラゴンの咆哮がさらに悲痛なものへと変わっていく。少女の詠唱によって、ドラゴンを飲み込む火柱がさらに火力を増したのだ。


 もはや立つことさえできず、炎に包まれたまま地面をのたうち回るドラゴン。火竜であるため火には強いのか、もはや生殺しに等しい状況になっている。つい先ほどまで殺されかけていたハヤトでさえも同情してしまうほどに、ドラゴンは辛く苦しそうな鳴き声を上げていた。



「・・・クルス、なんとかしてやれないのか?」


「わかったよ、ちゃんと止めを刺してあげてくるよ」



 ハヤトの言葉にそう答えると、クルスは大きな剣を手にしたままドラゴンへと向かう。そこはもはや灼熱地獄と化しているのだが、クルスに躊躇いはない。全裸のまま、炎の中をずんずんと進んでいく。


 魔術が効かない、なんていうチート能力を目にして、思わずため息が出るハヤト。ついでにドラゴンを焼いている少女にも視線を向けてみて、ハヤトはもう一度大きなため息をつく。やっぱり才能がある奴はどこの世界にもいるんだなぁ、なんて現実を改めて実感させられたのだ。



(はぁ、やっぱりそう上手くはいかないか。『聖剣の使い手』とか言うから期待したんだけど・・・結局はこういうオチになるわけね。つーか、このナマクラ『聖剣』なんかよりも、クルスの能力の方がよっぽど強いんじゃねーか?)


 全く使い物にならなかった『聖剣』を見つめ、ハヤトはため息をつく。ぶっちゃけ、何も切れない剣なんて木刀や鉄パイプと大差ないのである。そんなものでドラゴンと戦うなんて、いくらなんでも無謀すぎるだろう。逆に、もしそれで勝てたのなら、武器の存在価値なんて微塵もないのだ。


 これから先、よれよれの学ランに使い古した革靴、なにも切れない『聖剣』・・・なんていう鬼畜すぎる初期装備で生き抜いていかないといけないんですか? なんてことを考えて、思わず泣いてしまいそうになるハヤト。だが、そこで、



「・・・まてよ? 確かポケットには、スマホがーーー」



 自分のポケットに入っている高性能な電子機器のことをようやく思い出し、慌てて引っ張り出してみる。


 そう、剣と魔法の世界において、現代の電子機器が崇められるのはお約束の展開なのである。もしかすると、このナマクラな『聖剣』などよりも役に立つかもしれないのだ。期待に胸を膨らませながら、電源を入れようとするハヤト。だが、



「・・・?」



 電源ボタンをどれだけ押してみても、型落ち品であるハヤトの黒いスマホはウンともスンとも言わない。どのボタンを押してみても、画面は真っ暗なままで光りすらしなかった。


 そこでようやく、自分が自転車から飛ばされて沼に落ちたことを思い出すハヤト。



「なんですと!? やっぱり最安値の型落ちスマホじゃ、水没にまでは耐えられなかったってか! くそっ、すこし高くても防水のやつ買っときゃよかった!!」



 ハヤトは思わずスマホを投げつけながら、そう全力で叫んでしまう。そう、大晦日前にタダ同然で安売りしていた型落ちスマホなんかに、防水機能なんてものがついているはずがないのである。


(小型懐中電灯とかライターとか、もしもの時に備えて買ってた使えそうなものは全部カバンの中、そのくせカバンは自転車と共に行方不明・・・これはガチで笑えねぇ)



 思わず肩を落とすハヤト。



 何かが起こった時のことを妄想して、サバイバルに必要そうなものを百均などで買ってしまう癖のあるハヤトは、学生カバンの中に色々と詰めこんでいたのである。ゾンビが現れようと異世界に飛ばされようと、俺は軽く生き延びてやるぜ! なんてことを常日頃から妄想していたハヤトなのだが、防具は学ランだけで武器は切れもしない役立たずの剣、なんていう鬼畜設定までは想定していないのだ。


 無理ゲーだ、なんのチート能力も無いのに、このクソすぎる装備で剣と魔法の世界を生き抜けなんて無理ゲーすぎる、ともはや諦めモードに入るハヤト。するとそこで、



「おーい、カミー! 全部終わったし、そろそろ帰ろうか!」



 クルスがそんなことを言いながら、横たわるドラゴンの隣で手にした太い剣をブンブンと振ってくる。その後ろでは、炎使いの魔導師である少女、スレアがすでに一人で帰ろうとしていた。


 もしこのパーティーに置いていかれたら、俺って確実に死ぬよな、なんてことを思いながら、



「・・・わかった、今行くよ」



 ハヤトはそう答えて、出そうになるため息を押し殺しながら、クルスたちの元へと走り出した。




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