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聖剣の使いかたっ!  作者: sord
第1章 無銘の『聖剣』 編  
6/65

1-6 目に見える証明  



 ハヤトは扉を開け放つと、そのまま外へと飛び出した。



「こんなわかりきったドッキリなんて仕掛けやがって! いったい、なんのつもりでーーー」



 言いながら辺りを見回したハヤトは、そのまま言葉を失ってしてしまう。そこには、予想の斜め上をいく光景が広がっていたのだ。


(なんだ、この状況!?)



 向けられているのは、何本もの(つるぎ)



 まるで外国の映画でも見ているかのように、白銀の鎧を身に纏った何人もの男たちが、こちらに向かって剣を正眼に構えているのだ。そして何より、その後ろにはあの白ずくめたちまで立っている。あまりの威圧感に、思わず後ずさってしまうハヤト。



「『召喚獣』を目視で確認。宮廷には国王陛下もいらっしゃる、絶対に突破させるな!」



 鎧を纏った男たち、その中でもリーダー格であろう大柄な男が鋭くそう言い放つ。それを受けて、じりじりと間合いを詰めてくる鎧の男たち。ネズミ一匹通さん、とばかりに何重にも取り囲んでくる。


 鎧を纏った男たちの表情は真剣そのもので、感じられる雰囲気も恐ろしいほどに張りつめていた。それは今までに感じたことがないほどに強く、純粋な敵意。そのあまりの迫力に恐れをなしたハヤトは、とにかく必死になって会話を試みる。



「ち、ちょっと待て! べつにお前らのドッキリに付き合わないとは言ってないだろ? だからーーーっ!?」



 言っている途中で突然、ハヤトの足下から淡い光が溢れ始める。それは、原理すらもわからない発光現象。石でできた廊下から、突如として淡い光が溢れてきたのだ。するとその瞬間、頭部に鈍い痛みが走ると同時にすさまじい耳鳴りが始まり、こらえきれなくなったハヤトはそのまま膝をついてしまう。


(ーーーなん、だ?)


 頭を抱えたまま、なんとか顔を上げたハヤトの目に映ったのは、鎧の男たちの後ろで片手を掲げる白ずくめ。あの時と同じように、一人だけがその手を高く掲げている。だが、今のハヤトには白ずくめを見ている余裕などなかった。



「捕縛せよ!」



 リーダー格であろう男のそんな言葉と同時に、膝をついていたハヤトは駆け寄ってきた何人もの鎧の男たちに押さえつけられる。硬く冷たい廊下へと力任せに頭を押しつけられ、折れるのではないかと思うほど乱暴に腕をねじられるハヤト。


 あまりの痛みに抵抗しようとするが、がっちりと拘束された体は全くといっていいほど動かせない。まるで、複数の機動隊員に捕らえられた犯罪者のように、なんの抵抗もできないのだ。その力の強さと手際の良さから、この鎧の男たちがちゃんとした訓練を積んできているのだと嫌でも理解できた。



「ちょっと待ってくれ! まだ話の途中で意思の確認すらできてない、だから拘束する必要なんてーーー」



 後ろの方から、クルスが慌てたように制止する声が聞こえてくる。だが、ハヤトを押さえつけている男たちは全く力を緩めようとはしない。それどころか、上にいる男たちの気配は増えてさえいる。あまりに強く全身を押さえつけられているため、呼吸すらままならないハヤト。酸欠によって次第に意識が薄れ、また気を失いそうになる。


(く、そーーー)


 そして、何もできないままのハヤトが、そのままゆっくりと意識を失いかけた、まさにその時。



「貴様ら、いったい何をしている」



 遠くの方から、誰かの声が聞こえてくる。それは重みのある、一人の男の声。その瞬間、恐ろしいほどの緊張感が周囲の人間たちに走り抜けたのが、押さえつけられているハヤトにでもわかった。



「ーーーバ、バークハイル殿! はっ、我々は国王陛下に危害が及ぶことの無きよう、逃走を試みた『召喚獣』を捕縛しております!」



 その言葉を聞いて、先ほどのリーダー格の男が慌てたように背筋を正しているのが気配からわかる。それと同時に全身を押さえつけている男たちの力も弱まり、何とか意識を持ち直すハヤト。



「クルス、この男は本当に逃げようとしたのか?」


「いえっ、自分の説明が下手だったばかりに、喚び出されたということが信じられなかったようでーーー」



 頭上から響いてくるやり取りを聞くかぎり、バークハイルと呼ばれた人物は、どうやらこの場で最も位が高いらしい。ハヤトは顔を上げようとするが、未だに頭を押さえつけられたままであるため、視線を向けることすらできなかった。



「クルスはこう言っているが、貴様らは一度でも確認したのか?」


「確認はしておりません! ですが『召喚獣』、それも黒魔導師としての特徴をこうまで示した相手を外に出すなどーーー」



 話を聞くかぎり、どうやらあのリーダー格の男を、バークハイルなる人物が問い詰めているらしい。話している内容は良くわからないが、どうやら風向きはハヤトにとっては良くなってきているようだった。そして、バークハイルなる人物は、



「要するに貴様らは、丸腰の相手一人にみっともなく怯えているのか」


「怯えてなどおりません! 我々はただ近衛騎士として、国王陛下をお護りする任務を全うするため、最善の手段をーーー」


「どこが最善だ!! 自分たちが騎士、それも近衛として選ばれた騎士だと言うのなら、すこしは恥を知れ! たかだかその程度の理由で丸腰の人間を寄ってたかって押さえ込むなど、王国の騎士としてあるまじき行為だ! 貴様らは騎士としての誇りすら捨てたのか!!」



 それは、空気を震わせるほどの怒声だった。


 まさに雷が落ちたとでも言うべき怒声に、その姿が見えていないハヤトでさえも思わず身を竦めてしまう。ここまで迫力のある怒声なんて、ハヤトは今までの人生のなかでも聞いたことがなかったのだ。


 当然、その怒声を直接受けた鎧の男たちの衝撃は半端なものではなかったのだろう。ハヤトを押さえつけていた全員が恐ろしいほどの速さで離れていき、ハヤトの体はすぐに解放される。



「ーーー痛てて、くそっ、何がどうなってるんだよ!」



 ずっと力任せに押さえつけられていたため全身が痛むが、それでもハヤトはなんとか立ち上がる。頭は未だにクラクラとするが、それも次第に治まってきていた。とりあえず状況を把握するため、周囲を見回してみるハヤト。


 すると周囲では、ハヤトを押さえつけていた鎧の男たちだけではなく、白ずくめたちまでもが直立不動となっていた。背筋を伸ばしたままピクリとも動かず、ハヤトのことなど忘れてしまったかのように全員が一点を見つめている。辺りを覆う緊迫した空気に、状況のわからないハヤトは戸惑ってしまう。



「あっ、大丈夫かい?」



 そんな張りつめた空気なんて一切気にした風もなく、ハヤトに気づいたクルスが直立不動の鎧たちの間をすり抜けるようにして駆け寄ってくる。その姿を見て、思わず安堵してしまうハヤト。



「大丈夫だけど・・・いくらなんでもやり過ぎだ、本当に死ぬかと思ったぞ」



 強く押さえられすぎて赤くなってしまった腕を見せて、ハヤトはクルスに抗議する。途中で解放されたからよかったものの、下手をすれば窒息していたかもしれないのだ。



「本当に悪かったよ。僕がちゃんと説明できていれば、こんなことにはならなかった」


「だからあんな説明、誰がしても信じられないって。どうせこれもドッキリなんだろ?」


「ドッキリ?」



 なんてことをハヤトとクルスが話していると。直立不動の男たちの向こうから、先ほどと同じ声で、



「わかったのならさっさと散れ! そんな所に突っ立っていられると迷惑だ!」



 そんな言葉が響くと同時に、周囲で直立不動のままだった鎧の男たちが、慌てたようにサッと左右に分かれる。視界を遮っていた男たちがいなくなり、ハヤトはようやく先ほどの声の主を目にすることができた。


 それは、一人のとても大柄な男だった。


 周囲にいる男たちと同じように鎧を纏ってはいるが、その鎧はくすんだ銀色で、胸甲には剣と杖らしきものが交差した格好いい紋章が描かれている。さらにその鎧の上からは、白い羽織らしきものをかけていた。その格好にしても雰囲気にしても、明らかに周囲の男たちとは一線を画している。


 そんな桁違いの存在感に、思わず目がくぎ付けになってしまうハヤト。対して、厳つい顔をしたその男はハヤトの元へと歩いてくると、



「そこの兄ちゃんよ、うちの若い奴らが迷惑かけたな。俺がさっさと来ていればこんなことにはならなかったんだが、なにぶん俺も前線から戻ったばかりでな。まあ、許してくれや!」



 そう言って、ガッハッハッハ! と豪快に笑う男。先ほどの怒声を聞いたばかりのハヤトからすると、威圧感のようなものをひしひしと感じている訳なのだが、その男は一切構う素振(そぶ)りを見せない。



「ああ、自己紹介しとかないとな! 俺はバークハイルって(もん)だ! この国で『聖具使い』をやってる、見ての通りどこにでもいるおっさんだな! まあ、これからはよろしく頼む!」



 なんて言いながら、握手を求めてくる。そのとても大きな手を見て、思わず硬直してしまうハヤト。それでも、このまま無視する訳にもいかないのだ。


 いや、あんたみたいな厳つい顔したおっさんがどこにでもいたら、世の中物騒すぎて生きていけないから! と心のなかでツッコミを入れながらも、ハヤトはとりあえず握手してみる。



「は、はあ・・・こちらこそ、よろしくお願いいたします」


「おいおい、兄ちゃんよ! お前さんは『聖具使い』として喚ばれたんだろ? じゃあ俺とお前さんは同じ仲間だ、堅苦しいのは無しにしようぜ!!」



 握手したまま、見た目の怖さから素で敬語を使ってしまうハヤトの背中を、バークハイルはその大きな手でバンバンと叩いてくる。そのあまりの威力に、思わずよろめいてしまうハヤト。


(痛てぇ、すごく痛てぇ! なんだこのおっさん、どんだけ力強いんだよ!?)


 ハヤトは衝撃で首をガクガク揺らしながらも、本能的にジャパニーズ愛想笑いを浮かべる。バークハイルは軽く叩いているつもりなのだろうが、ハヤトからすれば踏みとどまるのがやっとくらいなのだ。もはや、むち打ちになるのではないかと真剣に心配するレベルだったりする。



「は、はいっ、堅苦しいのは無しでいかせてもらいます・・・」



 涙目になりながら、結局堅苦しい言葉使いになるハヤト。バークハイルはそんなハヤトを見て、豪快な笑い声を上げながら、



「ガッハッハッハ! お前さんはなかなか面白い奴だな! いや、気に入った! 折角の機会だ、この俺が先輩の『聖具使い』として、わからないことは何でも教えてやろう!」



 言いながら、バークハイルは掴んでいたハヤトの手をようやく離す。そこでやっと解放されるハヤト。やべぇ、強く掴まれすぎて手の感覚がなくなってるよ、なんてことを思いつつも、とりあえずは情報を得るために口を開く。そう、これはドッキリであるかどうかを見抜く良いチャンスでもあるのだ。



「えっと・・・じゃあ早速聞きたいんだけど、ここってどこなんだ?」



 とりあえず様子見として、先ほどバークハイルに言われた通りに堅苦しくない普通の口調で、当たり障りのない質問をしてみる。どうせドッキリなんだろ? なんてことを目の前のバークハイルに言うだけの勇気は、さすがのハヤトにもなかったのだ。


 すると、バークハイルは何を言っているんだというような顔をして、



「ん? そんなことも聞いてなかったのか? ここは宮廷だ。ラスラートにある大宮廷の4階、休憩室の前だな」


「じゃあ、『聖具使い』っていうのは?」


「言葉そのままに、『聖具』に認められた人間のことだ。俺だったら『聖槍の使い手』ってことになる。まあ、お前さんのは『聖剣』だから、『聖剣の使い手』になるんだがな」



 背負っている巨大な物体を指さして、バークハイルはそんなことを言う。どうやら、この巨大な円錐状のものが『聖槍』であると言いたいらしい。それが本当なのかどうかはわからないが、それは確かにクルスが言っていたのと同じような説明だった。


 そこですこし考え込むハヤト。


 ハヤトから見ても、その言葉が嘘であるようには思えなかったのだ。というより、このバークハイルという男がそんな嘘をつくような性格だとは到底思えなかったのである。



(ーーーいやいや、落ち着け、俺! そんな降ってわいたような無双ストーリーがあり得る訳ないだろ! ・・・まあ、あったら嬉しいけどさ、本当にあったら叫んじゃいそうなくらいには嬉しいけどさ!)


 ハヤトは惑わされぬように頭を振りながら、なんとか気持ちを落ち着かせる。もしここで信じてしまえば、こんなドッキリに引っかかった痛い奴として全国放送の晒し者になってしまうのだ。



「・・・冷静になれ、俺」



 頭を押さえ、そう自分に言い聞かせるハヤト。そしてふー、と大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせた後、ハヤトはバークハイルへと向き直る。



「あのさ、この世界には『魔術』なるものが存在しているんだよな?」



 ハヤトの言葉を聞いて、バークハイルはなにを言ってるんだと言わんばかりの顔で大きく頷く。



「ああ、もちろんだ。だいたい、すぐそこにも近衛魔導師の連中が突っ立っているだろうが」



 そう言って、鎧の男たちの後ろに立っている白ずくめたちを指差すバークハイル。どうやら、この白ずくめたちが『近衛魔導師』なる連中だと言いたいらしい。



「ーーーっ、あいつらが?」


「そうだ。お前さんはさっきまで、あいつらの『弱体化魔術』にやられていたんだろう?」



『弱体化魔術』と言われて、鎧の男たちに押さえつけられる前の出来事をようやく思い出すハヤト。確かにあの時、足下が淡く光ったかと思うと、体の力が唐突に抜けたのだ。だが、ハヤトはそれを思い出しながらも、



「ーーーいや、あれはただ単に立ち眩んだだけだって。『魔術』なんかが存在しているなんて、あり得るはずがないだろ? だからさ、『魔術』とか超人的な力みたいなものが存在してるって本気で言ってるんなら、それをわかりやすく見せてくれよ」



 とりあえずあれは立ち眩みだと無理やり自分を納得させて、ハヤトはそう試すように言う。そう、目の前で証明してもらわなければ、到底信じることなんてできないのである。


 対して、それを聞いたバークハイルは顎に手を当てると、



「お前さん、魔術の存在していない世界から来たのか。そんなつまらん世界なんて、本当に存在していたのだな。・・・まあ、それなら話は早い。おい、そこの近衛魔導師!」


「・・・はい」



 バークハイルに呼ばれて、一人の白ずくめが1歩前に進み出る。お前らって喋れたのか!? と密かに驚いてしまうハヤト。その声を聞くかぎり、どうやらこの白ずくめは女らしかった。



「近衛魔導師なら、一発派手でわかりやすい魔術くらい撃てるだろう。ここで見せてやれ」


「・・・残念ですが、ここは宮廷内です。先ほどのように危険性を排除する等、規律で定められた事態ならば必要最小限の魔術の使用は認められておりますが、そのような理由での使用は一切認められておりません」



 バークハイルの言葉に、その白ずくめは感情を含ませない声で答える。その言葉を聞く限り、この白ずくめはかなり知的な人間であるらしい。それを聞いて、バークハイルはわざとらしくため息をつく。



「はあ・・・全く、魔導師どもは本当に頭が固いな。規律だの規則だの、そこまで気にしていてはどうにもならんだろ」


「・・・規律で定められておりますので」



 呆れたように言うバークハイルに対して、感情を含ませない声で答える白ずくめ。それを聞いたバークハイルは、もう一度大きくため息をつくと、



「ならば仕方がない。魔術ではないが、この俺が直々に『聖具』の力を見せてやろう。・・・貴様ら、馬鹿みたいに突っ立ってないでそこをどけ、巻き込まれても知らんぞ」



 言いながら、バークハイルは壁際にいた鎧の男たちをしっしと追い払う。それを見て、慌てて壁から離れる男たち。そして、バークハイルはそのまま綺麗な装飾の施された分厚い壁へと歩み寄ってゆく。


 何をする気だ? とバークハイルを見つめたまま疑問に思うハヤト。対して、鎧の男たちや白ずくめたちが慌てたように顔を見合わせたかと思うと、あのリーダー格の男が慌てたように口を開く。



「バークハイル殿、ここは国王陛下のいらっしゃる宮廷内です! 許可もなく『聖具』の力を使うなどーーー」


「許可か。この後は国王陛下に戦果の報告に行かねばならんからな。その時、ついでに報告しておくから心配するな」


「っ、そのような問題ではーーー」



 話を聞く限り、強引に何かをしようとするバークハイルを、鎧の男たちが必死になって止めようとしているらしい。ぶっちゃけあの鎧たちには恨みしかないので、ははっ、ざまあみやがれ! なんてことを密かに思うハヤト。


 そして、バークハイルと鎧の男たちは同じような問答を何度か繰り返した後、



「ええい、さっさとどけ! この程度の損害、すぐにそこの男が数百倍にして返すわ!」



 と言って、バークハイルは鎧の男たちを無理やりに引き下がらせる。いきなり話に登場させられたハヤトは、えっ、まさか何か起きたら俺が弁償させられる流れなんですか? と硬直してしまう。


 だが、バークハイルは気にした素振(そぶ)りも見せず、そのままハヤトへと向き直ると、



「待たせたな。超人的な力を見せてやれば良いのだろう? ならば、今から一発派手にこの壁をぶち抜いてやろう」



 ハヤトを見て、ニヤリと笑うバークハイル。その表情はもはや、なにか相当な悪だくみをしているようにしか見えない。



「壁って・・・まさかこの文化遺産にでも登録されてそうな、馬鹿高そうなやつ?」


「そうだ。まあ、ちょっと大臣どもが腰を抜かしたり、衛兵どもが血相変えて群がってきそうだが・・・まあ、問題ないだろう」



 そう言って、バークハイルはガッハッハッハ! とまた豪快に笑いながら、片手を壁に押しつける。


 その言葉を聞いて、問題ないどころか問題だらけだろ、と思わず心のなかでツッコミを入れてしまうハヤト。それでも、証明してくれると言うのだから、これに乗らない手はないのだ。何か仕掛けがないかどうか調べるため、ハヤトはとりあえず壁に近寄って上から下まで眺めてみる。


(うーん・・・これ、どう見ても大理石か何かだぞ?)


 入念に調べてみるが、やたらと分厚い壁はどう見ても素手などでぶち抜けるような代物(しろもの)ではなかった。すこし触ってもみたが、確かに硬く冷たい石の手触りで、ハリボテなどでは絶対にないのだ。たとえドリルを使ったとしても、これほどの壁に穴を空けるにはかなりの時間と労力がかかるだろう。



「ほら、お前さんも離れとけ。さもないと、壁と一緒にふっ飛ばされるぞ」



 バークハイルに言われて、慌てて壁から離れるハヤト。バークハイルは全員が壁から離れたことを確認すると、そこでニヤリと笑う。そして、少しだけ力を込めるような素振(そぶ)りをすると、



「ふん!!」



 なんてかけ声と共に、自らの手をぐっと壁へと押し込む。その瞬間、衝撃波らしきものが一瞬にして壁全体を走り抜けたかと思うと、



 ドゴオォォォン!! と。



 そんなすさまじい轟音が、ハヤトのすぐ目の前で鳴り響く。そのあまりの迫力に、思わず1歩後ずさってしまうハヤト。


 ハヤトが呆然としている間にも、ひび割れは一瞬にして壁全体に広がり、すさまじい音をたてながら壁が向こう側へと吹き飛ぶ。吹き抜けてくる風に、思わず目を見開くハヤト。そこにできたのは、上と下の階をも巻き込んだ、巨大な大穴だったのだ。



「ーーーっ」



 粉塵の合間から見える晴れ渡った空を見て、もはや言葉すら忘れて呆然とするハヤト。すぐ隣にいるクルスや鎧の男たち、さらには白ずくめたちさえも呆然としたように外を見つめている。



「ガッハッハッハ! いや、ちょいとやり過ぎたか!」



 なんて笑いながら、これだけの破壊を引き起こしたバークハイルはボリボリと頭をかく。言葉ではそんなことを言っているが、バークハイルの顔はどう見ても反省しているようには見えなかった。


 そして、バークハイル以外の全員が硬直したまま、ただ呆然と大穴を見つめていると、



「バークハイル殿! これはいったい何事ですか!」



 なんて言葉と共に、一人の兵士がバークハイルの前に現れる。それは手綱のようなものを片手で握り、もう片方の手で長い槍を持った軽装の兵士。その姿を見て、ハヤトは自分の目を疑ってしまう。


 そう、目の前の兵士はハヤトたちの目の前、つまり壁に空いた大穴の外にいるのだ。しかし、そんなことはどうでも良かった。そんなことよりも、さらに見過ごせないものがあったのである。



 ハヤトの視線が釘付けになっているのは、その下。



 手綱を手にした兵士が跨がっているのは、馬などではなかったのだ。そもそも、この階で馬に乗った兵士と向かい合うなんて不可能なのだ。この高さにいるハヤトたちと外から向き合おうと思えば、そもそも空を飛べる生き物に乗らなければならないのだから。



 バサッ、バサッと兵士が乗っている生物の羽ばたく音が響く。



 ハヤトの目に映るのは、鱗で覆われたしなやかな体。そして大きな二枚の翼に、ヘビのように細く長い尻尾。全長は五メートルほどだろうか、灰色っぽい色合いをした、細身で小柄なその生物は羽ばたきながら、つぶらな瞳でこちらを見つめている。それを見て、何度も目を擦ってしまうハヤト。



そう、その姿はどう見ても、ドラゴンや竜などと呼ばれるあの生物にしか見えなかった。



「おお、巡回中の竜騎兵か。悪い悪い、喚び出された『聖具使い』に、ちょいとこの世界のことを解説していてな。その流れで『聖具』の力を見せていただけだ。国王陛下には俺が直接話しておくから、他の連中にはお前から説明しておいてくれ」


「・・・了解しました。一応、無理を承知でお願いしますが、こんな無茶はできるだけ控えて下さいよ」



 そう言って、竜にしか見えない生き物に乗ったその兵士は手綱を繰り、すぐに大空へと飛び去っていく。対して、その姿を呆然と見つめていることしかできないハヤト。それでも、そのままゆっくりと視線を戻すと、ハヤトは隣にいるクルスへと恐る恐る問いかけてみる。



「・・・なあ、クルス」


「うん? どうしたんだい?」


「さっきのってさ、何なんだ?」


「竜騎兵だよ。上空からの敵に備える、空戦に特化した兵士だね」


「じゃなくて、さっきの奴が乗ってた方だよ! 竜騎兵ってことは、まさかーーー」


「もちろん竜だけど? 棲息してるって話、さっきしなかったっけ?」



 首を(かし)げるクルスの言葉を聞いて、とにかくハヤトは壁に空いた大穴へと駆け寄る。すると、



「ーーー!?」



 手で触れられそうなほどすぐ近くを、先ほどとはまた別の兵士が乗った竜が通りすぎていく。


 その翼が作りだした風に、思わず顔を(かば)ってしまうハヤト。その風圧が証明するのは、目の前を飛ぶこの生物がCGなどで作られた偽物などではなく、確かに生きている動物なのだということだった。



 ハヤトは呆然としたまま、視線を奥へと向ける。目に映るのは、一面に広がる青。雲一つない、どこまでも晴れ渡った大空。




 そこには、兵士を乗せた竜が6羽ほど飛んでいた。




 ハヤトは無言のまま、大空を飛び交う竜たちをたっぷり30秒ほど眺めた後。



「・・・なんなんだよ、これはぁ!?」



 大きく息を吸い込むと、出せるかぎりの大声で叫んだ。




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