1-5 疑惑の説明
「えーと、クルスさんだっけ、あんたが言ってることを整理したいんだけど」
ハヤトは花瓶やティーカップが並べられた、あのやたらと重そうな高級感溢れる机で、クルスと名乗った金髪の男と向き合ったままに言う。すると、それを聞いたクルスは、
「僕のことは普通にクルスって呼んでもらいたいかな」
「・・・じゃあ、これからはクルスって呼ばせてもらうけど」
どことなく親しみやすい雰囲気で言うクルスに対し、ハヤトはとりあえずそんな前置きをしてから、確認するように言葉を続ける。
「ここはクラスリア王国の都、ラスラートにある宮廷とやらで、あんたは国王陛下に仕える王家直属の騎士だと」
「まあ、名目上は王家直属なんだけど、実際は大臣殿の下働きが主な任務かな」
頭をかきながら、そんなことを当然のように言うクルス。へー、と適当な返事を返したハヤトは、その言葉を完全にスルーして、さっさと本題に入る。
「それで、王家直属の騎士様が言ってたことをまとめるぞ。まず、この大陸には『聖具』とかいう強力な武器が存在していて、この国にもその『聖具』なるものが3つほど存在していると」
それを聞いて、大きく頷くクルス。それを見たハヤトは、そのまま言葉を続けて、
「んで、その3つあるっていう『聖具』の内の1つ、『聖剣』だけはこの国の誰がどうやっても扱えなかった。それで困ってたあんたらは、こうなったらもう扱える奴をどっかから魔術で喚び出してみればいいんじゃね? みたいなノリで『聖剣』を媒体にして、召喚の魔術なるものを使ってみたと」
「そうそう、クラスリア王国はまだまだ他の大国と張り合えるだけの国力がないから、全部の『聖具』を使えないと困るんだよ」
目の前のクルスは、困ったと言わんばかりの表情をして頷く。ハヤトはそんなクルスを白けたような目で見ながら、
「それでなんだ? いざその召喚の魔術とやらを使ってみたら、他でもないこの俺が『聖具使い』として召喚されましたー、とでも言いたいのか?」
「まさにその通り。いや~、話が早くて助かるよ」
ほっとしたような顔で言うクルス。やっぱり話しやすい奴だな、なんてことをハヤトは思いながらも、クルスへとジトッとした目を向ける。そして、そのまま一言、
「で?」
「うん? 『で?』と言われても、説明できることはだいたい話したはずだけど?」
素の表情で首を傾げるクルス。それを見て、ハヤトはうんざりしたと言わんばかりの表情で、大きくため息をつく。
「設定はもう十分にわかったからさ。で、あんたらはどういうリアクションが欲しいんだ?」
ハヤトは白けたような目でクルスを見つめたまま、疲れたように肘をついて、
「『任せておけ、俺様がこの国を救ってやる!』とか、『ふっふっふ、我が身に秘められし本当の力、貴様らに見せてやろう!』・・・みたいな痛いリアクションをすれば良いのか?」
呆れたような顔をしたハヤトのため息混じりの言葉を聞いて、クルスはしばらく呆気に取られたような顔をした後、慌てたように口を開く。
「いや、確かに何か反応してくれないと困るんだけど、さすがにそこまではーーー」
「じゃあなんだ、とりあえずショックを受けたふりでもしてればいいのか?」
言いながら、ハヤトは呆れたように首を振る。さすがにここまでくると、付き合うだけでも結構しんどいのである。
「あのな、さすがにその設定には無理があるって。そんなあるあるのザ・異世界召喚モノみたいな設定、信じる馬鹿がいると本気で思ってんのか? まだ『百万円が当選しました!』だの『会費を期日までに支払わないと訴訟を起こします』みたいな迷惑メールの方がリアリティーがあるぞ」
そう、ハヤトはいきなりそんなことを言われて、はいそうですかと何の迷いもなく受け入れられるほどお花畑な頭はしていないのだ。このネット全盛期な世の中で、そんな甘っちょろい脳ミソをしていてはお先真っ暗だろう。いくらぼー、と一人で空想に耽っていることの多いハヤトでも、妄想と現実の区別くらいはついているのだ。
つーか、妄想と現実の区別がつかなくなったら、それこそ本当にヤバい奴じゃねーか、とハヤトは心のなかでまた大きなため息をつく。『異世界』だの『召喚』だのに憧れて色々とやっていた、かつての痛い自分はもうとっくの昔に卒業しているのである。というより、思い出したくもないので記憶の彼方に封印しているのだ。
役になりきっているであろうクルスを、ハヤトは可哀想な人でも見るような目で見ながら、
「まず、言葉が通じてる時点で気づくっつーの。ドッキリ仕掛けるにしてもさ、とりあえずはもうちょっとマシな設定にしようぜ。なんなら俺も、一緒に設定を考えてやるからさ」
「言葉が通じてるのは、『適応』の術式を召喚陣に書き加えていたからなんだけど・・・えっと、もしかして信じてないのかい?」
「・・・逆に聞くけど、そんな話のどこを信じろと?」
それでもまだ惚けようとするクルスに、ハヤトはもう一度大きなため息をつく。こんな異世界あるあるの設定を語られても、馬鹿にされているとしか思えないのである。脚本を作るにしても、まだマシな設定というものがあるだろう。
「やれ『騎士』だの『聖剣』だの『魔術』だの、そんな使い回された設定の世界観は大体予想できてるんだよ。それで次はなんだ、ドラゴンでも出てくるのか?」
「確かに、竜族も棲息してはいるけど・・・」
「はっ、やっぱりな。どうせあれだろ、これからハリボテの安っぽいドラゴンでも出てきて、この『聖剣』で倒してください! みたいな流れになるんだろ?」
鼻を鳴らしたハヤトは、冷めた目でクルスを見ながら、
「だいたいさ、魔術なんてものがあるって言うんなら、それを今ここで見せてくれよ。こうさ、手のひらから炎を出すとか」
手を突き出すようなジェスチャーをしながら、馬鹿にしたように言うハヤト。対して、それを聞いたクルスはとても困ったと言わんばかりの顔をする。
「残念だけど、僕は魔術が使えないんだよ。そもそも、血筋が血筋だから魔術との相性は最悪だし・・・炎系統の魔術が見たいなら、スレアあたりに頼めば一発なんだけどなぁ」
出ました、俺は使えないんですよ設定、と心のなかで鼻を鳴らすハヤト。ここまでくれば、もはや胡散臭いを通り越して滑稽とすら言えるだろう。どんな台本を使っているのかは知らないが、もうこんな茶番に付き合うのはうんざりだった。
「・・・そうか。じゃあ、話を聞くだけっていうのもいい加減に飽きてきたから、俺はちょっくらそのスレアなる人物を探しに行ってくるよ」
そう言って、ハヤトはすっと立ち上がる。そんな突然の行動を予想してなかったのか、呆気に取られたような顔をするクルス。
こいつが入って来れたってことは、鍵はもう開いてるよな、とハヤトは一人推測する。そう、ここまでシラを切るのであれば、ハヤト自身の手でそのシナリオを潰してしまえば良いのだ。わざわざ最後まで付き合ってやる義理なんて、ハヤトには微塵もないのである。呆気に取られたままのクルスを完全に放置して、ハヤトは部屋の扉に向かってずんずんと歩いていく。
「まってくれ、今外に出たらーーー」
「まだ外の奴らの準備ができてないってか? どうせ見られたら困るもの、撮影用のカメラとか『ドッキリ大成功!』って書かれた紙でもあるんだろ?」
我に返ったのか、慌てて止めようとするクルスにそう言い放つと、ハヤトは躊躇いなく扉に手をかける。ガチャリ、と今回は普通に動く扉。どうやら、予想通り鍵はもう開いているらしい。それを見たハヤトは、そのまま腕に力を込めると、
「いくら金を使ってんのかは知らないけどな、人を馬鹿にするのもいい加減にしろってんだ!」
このつまらないドッキリを一刻も早く終わらせるため、ハヤトは扉を一気に開け放った。