1-4 豪華すぎる部屋
ハヤトが目を開けると、今度はやたらと綺麗な天井があった。
「ーーーっ!?」
今回は慌てて飛び起きるハヤト。そのままキョロキョロと辺りを見回してみるが、もうあの白ずくめたちの姿は見えなかった。とりあえず全身をペタペタと触ってなにも異常が無いことを確認すると、ハヤトは思わず胸を撫で下ろす。どうやら、気を失っている間になにかされた訳ではないらしい。
(生け贄として体が切りきざまれてました・・・みたいなことになってたらマジで笑えないからな)
なんてことを思いながら、ハヤトは安堵のため息をつく。まだ頭はクラクラとするのだが、それでも状況を把握するために、とにかく周囲へと意識を向けてみる。どうやらハヤトは今、やたらと広い綺麗な部屋にいるらしい。それも、とても大きなベッドに寝かされているのだ。フカフカの、恐ろしく凝った造りのベッドの上で胡座をかきながら、ハヤトは一人考え込む。
「とりあえず、俺はまだ生きてるっぽいな。頭痛いし、心臓も動いてるし。あと、ちゃんと呼吸もできてる。一応は体も無事みたいでーーー」
そこであの白ずくめたちのことを思い出し、感じた寒気に思わず体を震わせるハヤト。触れられた時の感触と全身を襲ったあの強烈な衝撃が、未だに頭から離れないのだ。
「ーーーとりあえず、思い出すのは止めよう。あいつらのことは後回しにして、とにかく今は状況を把握しないと」
ハヤトは頭を振って無理やり思考を切り替えると、ベッドから飛び降りる。そこで視線を床へと落としてみると、自分の革靴がきちんと揃えて置かれているのを発見する。この部屋の豪華さなども考えると、どうやらかなりの待遇を受けているらしい。
「・・・後々のことを考えるとすごく怖いんだけど、とりあえずは動いてみるか」
主に費用面の心配をしながらも、置かれていた革靴を履くハヤト。というより、最初に目が覚めた時のことを考えると、扱いに差がありすぎるのだ。まさか夢でも見てたのか? なんてことを思いながらも、ハヤトは部屋の中を歩き回ってみる。
「・・・すごいな」
ハヤトが家族と共に住んでいる、築数十年のボロ家の敷地全てより広いであろう、とても豪華な部屋を恐る恐る歩く。
動物の毛らしきもので織られた分厚い絨毯、大理石っぽい綺麗な石でできた壁、黒光りするやけに重そうな机、その上に置かれたザ・高級そうな花瓶やティーカップ、などといった品々を見て、ハヤトはもはや寒気さえ感じていた。
(ヤバい・・・これは本当にヤバいぞ!? 壊したら破産まっしぐらになりそうな、超高級感の漂う家具のオンパレードだよ!? もう執事が標準装備されてても素で受け流せるレベルの高級感だよ!?)
執事どころか、大量のゴキブリが標準装備されているほどのボロ家暮らしであるハヤトにでもわかるほどに、この部屋には高級感が漂っていたのだ。最近はゴキブリどころかネズミまで出るようになったんだよな、なんて自宅の魔窟っぷりと比べてみて、あまりの格差に思わず泣いてしまいそうになる。
だが、今はそんな格差社会を嘆いていても仕方がないのだ。とりあえず破産しないためにも家具から離れ、この場所がどこなのかを確認するために窓へと近づいてみる。
「・・・さわらぬ神に祟りなし、っと」
そこで彫刻が施されている高級そうな窓枠に気づき、手が触れないように気をつけながら外を覗いてみるハヤト。すぐ目の前には空しか見えなかったので、視線をそのまま窓の下側へと落としてみたハヤトは、思わず絶句してしまう。
そこには、絶景が広がっていた。
晴れ渡った空の下、眼下に続いているのは綺麗な街並み。まるで歴史の教科書の挿し絵でも見ているかのように、そこにはレンガ造りであろう綺麗な家々が建ち並んでいたのだ。そして、その遥か向こうには城壁のようなものまで見えている。街には大きな通りが何本も走っていて、豆粒ほどの大きさに見える人々や馬車らしきものがいくつも行き来しているのがわかった。
どう見ても現代の日本とは違う、そんな中世ヨーロッパ風の街並みを見下ろしながら、ハヤトは一瞬にして真っ青になる。
(ここってまさか海外なの!? もしここが本当に、ヨーロッパかどこかの有名観光地にある超高級ホテルだとして、それもこの高さの階にある部屋だとすると・・・本当に数泊しただけで一般人の年収が飛びかねないぞ!?)
テレビの特集で見た、海外の超高級ホテルの宿泊費を思い出し、ハヤトは思わず後ずさってしまう。そう、ハヤトとその家族には、そんな海外の超高級ホテルの宿泊費を支払えるほどの財力なんてあるはずが無いのだ。もし支払わされるような羽目になれば、それこそ今のボロ家にすら住めなくなってしまうだろう。それを理解したハヤトは、
「・・・逃げよう。とにかく逃げよう。何でこんな所にいるのかわからないけど、早く逃げないと大変なことになる!」
食い逃げならぬ寝逃げをするため、部屋の扉へとダッシュするハヤト。まさか、これは新たなぼったくりの手口なのか!? なんてことを疑いながらも、とにかく急いでドアを目指す。状況はわからないが、このままだと家族揃って夜逃げする羽目になりかねないのだ。
ハヤトは磨きあげられたドアノブを掴み、とにかくこの部屋から逃げ出そうとする。だが、
「・・・あれ?」
掴んだドアノブを何度もひねり、押したり引いたりしてみるが、分厚い扉はびくともしない。鍵がかかっているのかと慌ててドアノブの辺りを探してみるが、そんなものは一切ついていなかった。
(はい、詰んだー!!)
思わず心の中で絶叫するハヤトは、そのままがっくりと膝をついてしまう。扉を蹴破ろう、なんて考えも一瞬思い浮かんだのだが、想像もつかないほどのお値段がするであろうこの黒塗りの扉を蹴るだけの勇気なんて、ハヤトにあるはずがなかったのだ。というより、もし傷の1つでもつけようものなら、ゼロがいくつ並ぶかもわからない請求書をゲットさせられてしまうだろう。
そのままがっくりと肩を落とす、貧乏性かつ小心者のハヤト。お父さんお母さん、最悪の場合はブラックなお仕事をしてでも稼ぐのでどうか許して下さいっ! なんて悲壮な決意をハヤトが心のなかで叫んでいると。ふと、扉の向こうから小さく人の声が聞こえてくる。
「ーーーどうやら、目覚めたようです。逃走を試みた場合に備えて我々は待機しておきますので、クルス殿は打ち合わせの通りに」
「了解。それじゃあ僕は、バークハイル殿が来るのを待ってーーー」
耳をすませてみると、それは複数人の話し声のようだった。それを聞いたハヤトは、逃げようとしているのがバレたー! と力なく項垂れる。だが、そこで、
「・・・あれ? さっきの言葉って、日本語じゃなかったか?」
ハヤトはふと、そんな事実に気づく。思わず顔を上げ、扉を見つめるハヤト。すると確かに、
「ーーーバークハイル殿の到着まではまだ時間がかかりそうなので、クルス殿は準備が整い次第、先に『召喚獣』とーーー」
なんていう言葉が確かに聞こえてくる。声からして、何人かの男たちが扉の向こうにはいるらしい。そして、『クルス』や『バークハイル』といった明らかに日本人ではない名前や、『召喚獣』なんていうなにやらゲームにでも出てきそうな単語が聞こえてきてはいるが、ハヤトは確かに外の男たちの言葉を理解できているのだ。
最初に目が覚めた時には、あの白ずくめたちは一切言葉を口にしていなかった。というより、話せるのかどうかすらわからなかったのである。そこから推測するに、扉の向こうにいる男たちは、あの怪しげな格好をした白ずくめたちではないのだろう。つまり、外にいる男たちとは会話ができるかもしれないのだ。
「・・・ということは、俺の言い訳スキル次第では何とかできるんじゃないのか!?」
芽生える希望に思わず立ち上がるハヤト。とにかく今の状況を把握するため、扉の向こうへと必死に訴えかける。
「すみません! 気づいたらこの部屋で寝てたんですが、ここってどこなんですか!?」
するとその言葉が聞こえたのか、扉の向こうが一瞬にして静かになる。そしてしばらくすると、人の動く気配と共にガチャガチャと金属がぶつかり合うような音だけが小さく響いてくる。
そのどことなく物騒な雰囲気に、かなり不安になるハヤト。実は不法侵入した扱いになっていて、扉の外には警官が何人も待ち構えていました、みたいなオチじゃないだろうな、とハヤトは密かに身構えてしまう。だが、そこで、
「ーーーああ、ここは宮廷だよ」
静寂を破ってそう答えたのは、聞き覚えのない若い男の声。それを聞いたハヤトは部屋の中を見回して、身構えていたことすら忘れて納得してしまう。
「そうか、宮廷なのか。どうりでこんな馬鹿みたいに高そうな部屋だとーーーって宮廷!? 宮廷なんて現代にまだ存在してたの!?」
「そうだよ、宮廷だよ? ここは国王陛下のいらっしゃる、クラスリア王国の都、ラスラートにある大宮廷だ」
当然のようにそんなことを言われて、ハヤトはキョトンとしてしまう。というより、目が覚めたら聞いたこともない国の、それも国王陛下とやらがいる宮廷の中で寝ていたなんて言われても、信じられるはずがなかった。
(クラスリア王国なんて聞いたことがないぞ!? というか、王国なんて某紅茶の国くらいしか知らないし!!)
思わず頭を抱えてしまうハヤト。とにかく必死になって、今の状況を整理しようと試みる。
(そんなことより、俺って相当ヤバくないか!? 聞いたこともない国の宮廷で寝てたって、いったい何がどうなったらそんなことになるんだよ!? まさか、手の込んだドッキリ番組か!?)
頭を抱えたまま、必死になって今までの出来事を思い出そうとしてみるが、自転車で転けて池にダイブしたことと、見知らぬ石造りの部屋で目が覚めたことくらいしか思い出せなかった。そう、いちばん肝心な、自転車で池にダイブしてからあの石造りの部屋で目が覚めるまでの間の記憶が一切ないのだ。
「悪いけど、もうちょっとだけ待っていてくれないかな? 準備ができたら、僕がちゃんと説明しに行くから」
一人頭を抱えるハヤトへと、扉の向こうにいる男は言う。準備とやらにどれだけの時間がかかるのかは知らないが、とりあえずは今の状況を教えてくれるらしい。ハヤトは大きく息を吐き出すと、頭を抱えたまま扉にもたれかかるようにして座り込む。
とりあえず、ちゃんと意思の疎通ができることがわかっただけでも大きな収穫だろう。今の状況はほとんど理解できていないが、とにかく前向きに考えてみる。というより、悪いことばかり考えていても始まらないのだ。とにかくポジティブに考えようとするハヤト。
(さっき話した感じだと、あいつは悪い奴じゃなさそうだったな。というか、言葉が通じてるってことは、やっぱりドッキリ番組なんじゃないのか? 発音も完璧だったし、日本人と話してるようにしか感じなかったし)
そんな風に考えていると、もともと単純な人間であるハヤトはすぐに緊張がほぐれてくる。説明してくれるらしいし、慌てなくても大丈夫だよな、と座り込んだまま一人頷くハヤト。面接だろうとテストだろうと、楽観的に考えていればそこまで緊張しなくなるものなのである。・・・まあ当然、結果がついてくるとは限らないのだが。
ハヤトは座り込んだまま、することもないのでこの豪華すぎる部屋をぼんやりと眺めてみる。見れば見るほど豪華で、それでいて調和の取れた家具の配置となっているのを見て、思わずため息が出てしまうハヤト。あの花瓶、ボロい我が家よりも高値で売れそうだなぁ、なんて悲しいことをハヤトが考えていると。
「うおっ!?」
もたれていた扉が突然ノックされ、思わずビクッとしてしまう。それと同時に、扉の向こうから先ほどの若い男の声が響いてくる。
「もう準備も済んだから、中に入ってもいいかな?」
「ここは俺の部屋じゃないから、そもそも許可なんて必要ないと思うんだけど・・・まあ、とりあえずはどうぞ」
立ち上がりながら、ハヤトは扉の向こうの男へと言う。すると、さっきまではびくともしなかった扉が当然のように開き、そして。
「いや~、待たせて悪かったよ。手続きだの連絡だの、色々と面倒なことが多くてね」
なんてことを言いながら入ってきたのは、金髪で筋肉質な体つきの、ハヤトより少し歳上くらいであろう年頃の男だった。