髪留め
「スーゥちゃん! あっそびっましょー!」
これは、いつの事だっただろう。スゥは、教室に向かって走りながら、昔のことを思い出していた。
スゥは、その時、自分の部屋で髪をとかしている最中だった。玄関から、母親がマリレナちゃんが遊びに来たわよ、と言っているのが聞こえる。
「はーい! 今行きまーす!」
幼いスゥは、髪をざっととかして、お気に入りのポシェットを手に軽やかに階段をかけ下りる。
玄関には、にこにこと笑っている母とマリレナの姿があった。マリレナは、今も昔も笑顔が変わっていない。その事にスゥはいつも安心感を感じていた。
「お待たせ!」
スゥは、マリレナに決めポーズをして見せる。マリレナは不思議そうに首を傾げたが、母親は大笑いだ。
「この子、このワンピースお気に入りなのよ。可愛いねって言ってやって」
スゥは、それを聞いてプゥッと頬を膨らませる。
良いじゃない、おきにいりなんだから、と。
マリレナはそんなスゥにひとしきり笑った後、町へ遊びにいこうと言い出した。スゥももちろんそれに賛成する。
今は町に行くと噂されるため行きたくないが、この頃のスゥは、賑やかで見ているだけで楽しい町が大好きだった。
母親は、手を振って二人を送り出してくれた。
また、この頃はマリレナも空を飛べなかったので、二人の移動手段は徒歩だ。町へ着くまでの途中、お喋りをしたり、かけっこをしたりして本当に楽しかったのを今でもスゥは覚えている。
そんな時だったのだ。
「お二人さん、ちょっと良いかな?」
突然声をかけてきたのは、道の端にポツンと建ったお店の人だった。お婆さんと言うには、まだ少し若いかもしれない女性である。真っ赤な深紅の短髪に深紅の瞳だった。目の下辺りに赤い星形の泣きぼくろがあって、お洒落な感じだ。
二人は何々?と女の人のところへ駆け寄る。
「ありがとう。いらっしゃい。良かったら、うちの商品見ててってよ」
にこりと女の人は営業スマイルだ。
けれど、二人は戸惑う。商品は、どれを見てもお洒落で綺麗だったが、値札に書かれた金額は、到底二人のお小遣いでは買えそうにないほど高かったからである。
「でも、あたし達、こんな高いの買えない」
マリレナがおどおどとして、女の人から少し遠ざかる。スゥも困ってしまった。
しかし、女の人は、そっか、というような顔をした後、2つの髪留めを手に取り、二人に差し出す。
「なら、良かったらこれ持っていって。そっちの青い子は、無料であげる代わりに、これを毎日大切に持っておくようにね。約束出来るかな? 出来るなら、お二人にこれをプレゼントしちゃうよ!」
青い子と言われ、スゥは、きょとんとする。
何故スゥだけが約束させらせるのだろうか。
「スゥ! プレゼントだって! あたし、これ欲しい。約束して?」
マリレナは嬉しそうにキャッキャッとはしゃいで、スゥの回りを子犬のようにくるくると回っている。
スゥもそんなマリレナをみて欲しくなり、出来ると言って微笑んだ。
「良かった! じゃあ、お二人にこれをプレゼントだね! どうぞ」
手にしたそれは、見た目以上に重く、スゥは瞳を丸くする。しかし、キラキラとラメが入った白い髪飾りは、スゥの髪によく似合うに違いなかった。
マリレナの髪留めは、ピンク色で、それを付けると、更に可愛くなるだろう。
二人は、女の人に髪留めを付けてもらうと、にこりと笑い、手を振ってその場を立ち去る。
立ち去る時に女の人は言った。
「スゥちゃん、絶対にその髪留めを肌身離さず持っておくんだよ。無くしたりしないようにね」
と。
ハッと、走っているスゥは我に返り、ポケットの中に手を入れた。ポケットの中には、あの時女の人に貰った髪留めが入っている。
あの後、家に帰った後のことを、スゥは思い出した。
母親は、スゥの髪に着いた髪留めを見て、困ったことがあったらその女の人のところへ行くように、と言ったのだ。何故だか聞いたが、説明はしてもらえなかった。ただ、困ったら、その女の人を頼るようにと。
スゥは、今でも女の人との約束を守り続けていることを誇りに思いながら、教室に向けていた足を速めた。学校が終わったら、必ずあそこへ行こうと思った。