召喚でミス!
少年は真っ白だった。
白。
第一印象は、白だったとしか言えない。それほどまでに真っ白で、スゥは驚いたのだ。よく見れば色はある。制服は紫がかった黒だし、瞳はほんのりと薄い水色で染まっていた。白なのは、少年の髪だけ。
「じゃ」
そう少年はスゥたちに手をあげ、何事もなかったかのようにその場から直ぐにいなくなってしまった。しかし、スゥはぼうっとそのままその場に突っ立ったままである。
「……スゥ?」
しばらくして、スゥはマリレナに呼ばれ、我を取り戻した。
「あ、ご、ごめんね。校舎、入ろっか」
そう言ったものの、スゥの心は少年の白に釘付け状態だ。まるで、スゥの頭は鈍器で殴られたかのように重く、その他の事を考えることが出来ない。それほどまでに釘付け状態だった。
あんなに美しく儚い白で、何故魔法を勉強する学園に入学したのか。魔法は使えるのか。そんなことばかりが頭を支配している。
そうして、それぞれの教室へとスゥたちは入って行く。
ふと気付くと授業が始まっていた。先生が教壇に立って、新しい魔法の使い方を教えてくれている。だが、このクラスの授業は明らかに発展段階のもので、基礎の基礎すら出来ないスゥは、ため息をついた。スゥにとって、授業はいつだって意味のないものだ。聞いていても実践できないのだから。
そうしてまもなく授業は実践へと移った。
クラスメイトがそれぞれ壁に向けて魔法を放ち始める。それぞれの手から出てくる魔法の色は異なり、鮮やかだ。大体の生徒が、授業を聞いただけなのに魔法を成功させている。成功させていないのは、スゥ、一人だけだった。
スゥは再び大きなため息を吐き、自分の手を見つめる。他の皆はここから魔法が出てくるのに、何故自分の手からは出てこないのだろう。スゥは赤ん坊の頃から魔法を使えなかった、と親は言う。普通の子は、生まれた直後から下手な魔法を感情のままに使うらしいが、スゥは全く使わなかったのだ。いや、使えなかったのだろうが。
スゥにとって、魔法は憧れだ。町中に溢れる魔法に憧れを抱いている。キラキラと輝き放たれるものは、他の何よりも美しく感じる。
そうして、スゥが何度目かのため息を吐いたときだった。
━━バリンッ
そう大きな音がし、窓の外をガラスが降った。それが太陽の光を浴び、キラキラと魔法のように光っていたため、スゥは少しだけ見とれてしまう。しかし、窓ガラスが割れるなど、他のクラスで何か大変なことが起こったに違いない。理解が追い付かなかったクラスは、一瞬静寂に包まれた。だが、直ぐにスゥの声でその静寂は解かれる。
「マ、マリレナッ……!?」
降ってきたガラスを見れば、どこの教室の窓が割れたのか一瞬で分かった。その教室は、マリレナの教室だった。スゥは、先生が止める声を振り切って、階段をかけ上る。二階からは叫び声がきこえた。
「どうして……?」
「ねぇ! マリレナはどこなの!?」
マリレナの教室を開けると、そこにはマリレナが居なかった。何故かマリレナだけが。
後から追い付いた先生が、クラスの様子を見て絶句している。
「マリレナ……?」
スゥは全身の血が抜けていくような感覚を覚えた。そうして、そこで意識が途切れたのだった。
気が付くとそこは、保健室だった。保健の先生が、スゥに回復魔法を使ってくれている。
スゥが起き上がると、その先生は魔法を止めた。
「良かった、気が付いて」
「あの、ありがとうございます……。えっと、その、マリレナは……」
スゥはすぐにマリレナの事を思いだし、先生に問う。が、しかし、先生はゆっくりと首を振ってみせた。
「マリレナちゃんは……、きっとどこかに元気でいると思うわ」
「そんな……」
先生が言うには、あの時あのクラスでは召喚魔法の授業をしていたらしい。しかし、マリレナのことだ。いつも失敗するように、その時の実践練習でも失敗したようだ。だが、今回、いつもの失敗とは少し違かった。ただ失敗するだけではなく、違う魔法を使ってしまったらしい。何の魔法を使ってしまったのかは分からないが、とにかく使ってしまったみたいである。
「……転移魔法……?」
状況から見て、スゥにはそれしか考えられなかった。だが、転移魔法はスゥたちのクラスしか習わないくらいの大魔法だ。恐らく、使ったは良いが、魔力が足りないため失敗したのだろう。その証拠に、窓ガラスが盛大に割れていた。転移魔法を使った場合、移動距離は分からない。
スゥは、大事な幼なじみが何処にいるかも探すことが出来ない自分の無力さを憎み、唇を噛んだ。深く青い瞳からは、大粒のクリスタルが流れ出る。
「……ごめんなさい。私が、魔法を使えたら、きっと探し出せるのに」
スゥの髪色は、誰もが信じられずに自分の目を疑うほど濃い。ならば、魔法を使えれば、マリレナを探す魔法ぐらい簡単に使うことが出来たはずだ。
保健の先生は、そんなスゥに何も言えず、黙り込むしかなかった。