優しい小石
翌朝、マリレナがスゥを迎えに来た。
「おはよ、スゥ! もう準備出来てるんでしょ? じゃあ、行こっ」
マリレナは、朝からハイテンションでスゥの寝ぼけた頭を覚ましてくれる。だが、今日は覚めれば覚めるほど恐怖が大きくなるのだから笑えない。学校に行きたくないな、休みたいな、でも、初日から休めないな、と頭を悩ませていた。
「……うん、ありがとう」
結局スゥは、マリレナの手をとってしまう。
マリレナは、スゥの様子に少し不思議そうに首をかしげたが、スゥが慌てて微笑んで見せたからか、何事もなかったかのように箒を持つ手に力を加えた。
箒に乗ると、箒は昨日よりも滑らかに空を飛んで行く。それは慣れなのか、それとも努力をした結果なのか、飛べないスゥには分からなかったが、昨日より乗り心地が良く、感じる風が気持ち良かった。
「マリレナ、練習したの……?」
「う~ん、まぁね。どう? 乗り心地良いでしょ? お母さんに手伝ってもらって二人乗りの練習したんだ!」
マリレナは嬉しそうに、努力したんだということをスゥに伝える。それは、決して辛そうではなく、むしろ楽しそうだった。スゥはそんなマリレナを羨ましく思う。スゥにとって、いつだって努力は辛いものであったし、楽しいだなんて思ったことは一度もない。恐らく、その努力が叶ったことが無いからであろう。
「そっか、とっても気持ちいいよ。私の為にありがとう」
「スゥの為ならこんなのお安いご用だよ! スゥにはいっつも助けてもらってるしね。たまには私を頼って?」
「……うん」
助けてもらってるのはこっちなのに、そんな言葉が喉から出てきそうになり、スゥは堪えた。きっと言っても理解してもらえないだろうし、否定されるだけだ。
そうこうしているうちに、二人は学校へ着く。
校門の前で箒から降りると、校門にはあの子達がいた。
「あら、ズゥさん。昨日は約束すっぽかして、なぁにしてたの~? 折角私たちがあんたのお手伝いしてあげようかと思ってたのに」
まさか校門で待ち伏せしているとは思っても見なかったので、スゥは氷のようにその場で固まる。マリレナは、少し顔色を変えてスゥの袖を軽く引っ張った。マリレナの方を見ると、マリレナは目で、知り合い? と聞いてきた。スゥはおもむろに小さく頷く。
すると、マリレナは止める間もなく、アタナの前へと進み出ていってしまった。
「あたしの友達に何か用ですか?」
「……クフ、なぁにその子。なんて薄い髪なの! あ、でも、ズゥさんにはもったいない友達かしら。ズゥさんは、魔法使えないんだもんね?」
マリレナとスゥを嘲笑うアタナとその仲間。
スゥは、マリレナまで侮辱したことが許せなくて、アタナをキッと睨んだ。しかし、肝心の足は出ない。出て欲しいのに出ない足に、スゥは苛立ちを覚えた。
「フ、私たちに勝てるとお思い? じゃあ、やってみましょうか。あんた達が勝てたら、もうこういうこと言わないって約束するわ。ルールは、攻撃を先に相手に当てた方が勝ちね」
ま、勝てるわけないでしょうけど、とアタナは続ける。
そして、アタナは攻撃魔法を繰り出したのだ。その魔法は、マリレナの肩に触れそうなくらい近くを通り抜け、地面を焦がした。あまりのスピードと威力に、マリレナとスゥは目を見張る。
恐らくさっきのアタナの魔法の属性は、炎であろう。大魔法と言うほどでもないが、それに近い難易度の魔法だ。流石最上位クラスにいるだけのことはある。だが、一方マリレナは、標準魔法しか使えない。
「な、なにするんですか!」
マリレナは驚いて声をあげる。
誰が様子を見て、先生を呼びにいくのが見えた。他の人はスゥたちの様子を見て、通りすぎて行く。関わるのが嫌なのかもしれない。
その時だった。
カツン。
アタナの肩に小石が当たった。
「……誰? 痛かったんだけど」
アタナが辺りを見渡すと、一人の少年が名乗り出た。
「俺だよ。こいつらと友達なんだけど、今のは攻撃って認められないかな?」
「み、認められるはず……」
ない、といいかけてアタナは口ごもる。その少年が、鋭くアタナを睨んだのだ。
「じゃあ、こっちの勝ちだね。もうこういうことしないでくれない?」
少年がにこりと微笑むと、アタナとその仲間たちは、校舎へと走っていってしまった。恐らく教室へ向かったのだろう。
「……あの」
「ん?」
「あ、ありがとうございました!!」
「そんな、感謝されるほどのことしてないよ」
そう微笑んだ少年に、スゥは目を釘付けにされたのだった。