私のかわいいお人形(後編)
朝起きて、ぼんやりした頭で周囲を見まわす。
寒いからかまだ明るくなっていないお外の見える窓。でもなんでお外が見えるんだろう。カーテンが半分空いてるからか。昨日、閉めるの忘れてたっけ。
そろそろ起きる時間だというのはわかっている。
でも起きたくない。だってお仕事だもん。
そんなこと言っても「しょうがないわねぇ」と言ってくれるお母さんもいなければ、「しょうがないやつだな」って言ってくれる彼氏もいない。さみしい25歳の朝。
わかってる。わかってるんだけど。でも今日ちょっと早起きできたからさ。あと10分くらいはお布団に甘えてもいいんじゃないかな。お布団くらいしか甘えられる相手もいないんだし。あ、だめだせつなくなってきた。
そう考えた瞬間、そんなこと許しませんよ!とばかりに携帯電話が着信を告げた。
…出たくないな。
ちょっとくらい、わがまま言ってもいいんじゃないかな。
そう思っても手が勝手に動いて、通話ボタンを押してしまう。もう、なんでいつも私の身体って勝手に動くんだろう。
「もしもし、お姉ちゃん?あのね…やっぱり弟…意識が戻らないまま…今朝…」
『お姉さん』
意識が戻らないまま、だって。
『お姉さん』
意識が戻らなかったんじゃなくて。
『お姉さん』
私のところに来ていたからだよって。
『お姉さん』
ねぇねぇ、お人形さん。
私と一緒にいてくれて、ありがとう。
12月最初の日曜日。私と弟は一緒にお出かけした。
「サンタさんは子供がいっぱいいて大変なんだから!」と言い訳して、「そうかね」って言ってた弟を連れて。
年の離れた私と弟。子供とまでは言わないけれど、甥っ子くらいには見えていたかもしれないな。
何がほしいか、なんでもいいよ、お母さんからお金預かってきてるから!ってさすがにそこまでは言わなかったけど。
「あのねお姉さん」
「なんだい弟さんや」
「あのね、ぼくね」
そう言って、行こうとしてたんだよね。手芸屋さん。
寒がりの弟らしいリクエスト。
お母さんと一緒に作っていたのはいつくらいまでだったかなぁ。その姿を見ていた弟は幼稚園くらいだった気がするけど。よく覚えたもんだ。
「去年はお母さんが作ってくれたんだ。だけど、お姉さんからプレゼントもらってるお母さんがちょっとうらやましくて…」
そうかそうか。かわいいこと言う弟もいたもんだ。
「色は何色にしようか」
「そうだなぁ…ぼく」
私の記憶はそこまで。
気付いたら、自分の家にいた。
数日病院にいたはずなのに、その記憶は全くと言っていいほど、私の中に残っていなかった。
意識不明の重体1名、軽傷者1名。
そんな報道がされただけで終わった事故。
助手席が一番被害が大きいって、本当だったんだな。
そんなことを考える頭はあるのに。
弟のところまで行く足はついてるのに。弟に触る手もついてるのに。
なんで弟のところに行こうとしないんだろう、私。
いつもなら勝手に動くじゃない、私の身体。
こういうときばっかり。
今日は休んじゃったけど、明日は仕事に行かないといけないよね。急に休んじゃって迷惑かけちゃったし。
お母さんからの着信がすごいなぁ。実家に来いって言われてたけど、黙って自分のアパートに来ちゃって、やっぱり怒ってるよね。
そう考えながら眠りについた翌日。
私のとなりには、お人形さんがいた。
「ねぇねぇお人形さん」
「なんだいお姉さん」
私ね、嬉しかったんだよ。
お母さんたちには悪いかもしれないけど、お人形さんが私のところだけに来てくれて。
お姉さんに特別だよ、って言われたみたいで。
本当はあの日、仕事に行く気なんてなかった。
家を出てそのまま、どこかへ行ってしまいたかったんだ。
今日はクリスマス。
去年の12月、私の弟はサンタクロースになったんだ。
栗色の髪、蒼い瞳の、かわいいかわいい私のサンタさん。
でもサンタさん。
あわてんぼうすぎるよ。2週間も前倒しでプレゼントくれちゃうなんて。
私なんかのために無理してくれちゃって。
ごめんねごめんね。
いくら言っても足りないくらい。
今でもふとした瞬間思いだし、泣きすぎた目はびっくりするくらい腫れてしまうし、叫び続けた声は枯れてしまうんだけれど。
それでも、私は忘れない。
「もういいよ」って言いに来てくれたこと、ずっとずっと忘れないからね。
ごめんねと、それ以上のたくさんのありがとうを、私のかわいいサンタさんに。