私のかわいいお人形(前編)
朝起きて、ぼんやりした頭で周囲を見まわす。
寒いからかまだ明るくなっていないお外の見える窓。でもなんでお外が見えるんだろう。カーテンが半分空いてるからか。昨日、閉めるの忘れてたっけ。
そろそろ起きる時間だというのはわかっている。
でも起きたくない。だってお仕事だもん。
そんなこと言っても「しょうがないわねぇ」と言ってくれるお母さんもいなければ、「しょうがないやつだな」って言ってくれる彼氏もいない。さみしい25歳の朝。
わかってる。わかってるんだけど。でも今日ちょっと早起きできたからさ。あと10分くらいはお布団に甘えてもいいんじゃないかな。お布団くらいしか甘えられる相手もいないんだし。あ、だめだせつなくなってきた。
そんなこと考えながら、起こしていた上体を再びベッドに沈めた。
ばふん!と音を立てたベッド。横になった私。そんな私の横に、なにかあったかいものが触れる。
一拍遅れて頭が反応する。
え…ちょっとなに?私そんなあったかいものなんか…!
完全にパニックになり、慌てることもできず全身から血の気がざっと音を立てて引いていくのがわかった。待って待って。寝起き女子に冷静になれとか無理だから。
勇気を出して手を動かしてみるが、緊張からか心臓がどっくんどっくん高鳴っている。静まれ、私の鼓動!なんか違うけど。
もふっ。
なにかが手に触れた。
あれ?お布団?でも私、毛布は掛布団の上に掛ける派なんだけど。
もふっ。もふもふっ。
そうっと顔を横に傾ける。薄目を開けてちらっとお隣を確認。
「おはようございます!」
「ひぃっ!!」
え?誰?何?
こわいこわいこわい…!
布団を跳ね除けてベッドの足元まで逃げる。でもベッドからは出られない。寒すぎて。なんで私真冬に半裸で寝てるんだろう。慌てて布団を手繰り寄せる。
でも枕元に動く物はない。
「あれ…あれ?さっきの声…」
戸惑いつつも動かず枕元を凝視する私。
「あのー…お姉さん。ごめんなさい。びっくりさせてしまって」
「ひっ…!誰…」
さっきと同じ声、小さい声が聞こえてくる。なんにも動いてないのに!
「えっと…あの…説明しづらいので、ちょっと枕の方まで来ていただけますか?危害は加えませんので」
そんなことをおっしゃる小さい声。いやいや、はいそうですかって行けないからね。こわくって。現に今も目、開けれてませんから。そう思ったはずなのに、なぜか引き寄せられるように枕元へ向かう私。
ちょっと待って自分の身体!なんで私の言う事聞いてくれないの!私のこと嫌い!?
なぜかじりじりと枕元に近づいてしまう私。せめてお布団だけでもとぎゅっと抱きしめる。
嫌でも近づいてしまうとわかり、こうなったらもうどうにでもなれと勢いよく目を開ける。
目を開けたそこには。
「おはようございます。朝からすみません」
私がやっと抱えられるくらいの、男の子。
いや、男の子の、お人形さん。
「…あ?」
なに?これがなに?声出してたのって誰?
「すみません。ぼくなんです。お姉さんお呼びしたの。驚かせてしまってごめんなさい…」
どうやらお人形さんがおしゃべりしているらしい。
でもお人形さん。
「口…動いてないけど…どうやって発声してるの?」
お顔はプラスチックかなぁ。それにしてはしっとりしてる。シリコン?
つやつや、さらさら。髪の毛は栗色でくせっ毛のふわふわ。手触りのいい毛糸みたい。
「目は蒼いんだねぇ。とってもきれい。まつ毛も長くていいなぁ」
ついでに言うと手足も長い。お人形のくせに生意気な…!
洋服は雪国っぽいふわっふわでもっふもふなボア付コート。
さっき手に触れたもふもふはこれかなぁ。
「あの…ちょっと…!」
「なぁに?」
「ちょっと触りすぎで…えっと、くすぐったくって…」
「感覚あるの!?」
あまりの驚きに声が大きくなっちゃった。朝早いのに。
あれ。
ちょっと待って。今、何時?
時計を見た私は、今度こそ血の気が完全に引いた。
「…朝ごはん抜きか…!」
ものすごい勢いでベッドから降りる。
急いで着替えないと。大丈夫、元々半裸だったんだから。
手早く着替え、洗面台に駆け込む。
「あのぉ、お姉さーん」
呑気な声がベッドから聞こえてくる。でもごめんね。そんなこと、構ってる場合じゃないんだ。
「すまん!後にしてくれ!」
我ながら男らしい返事だ。でも本当にそれどころじゃないんだ。ごめんよお人形さん。
ざっくり髪をまとめ、薄くだけどきっちりお化粧。うん。今日もいい女。
「出るけど鍵かけてっていい!?」
「え、あ、はい」
遠くで聞こえた声を確認し、鍵を掛けて車までダッシュ。
途中のコンビニで朝ごはん調達して行っても間に合うかしら。
そんなバタバタな冬の朝、私はお人形さんと出会った。
「ね。そんな日もあったのにね」
もふもふ。もふもふ。
お人形さんの頭をなでながらお人形さんとおしゃべりinこたつ。
なんて幸せな時間なんでしょう。
「あの時のお姉さん、最初は完全に不審者扱いだったのに、急にべたべた触りだしてびっくりしたよ」
「だってかわいかったんだもん。しょうがない」
かわいいっていうか、きれいっていうか。
あんなにおびえていたのが嘘みたいに、私はお人形さんと普通にしゃべっていたんだよね。
あの日、会社から帰っても、お人形さんはベッドにいた。
お布団も暖房もついてないひんやりした部屋に取り残されていたお人形さん。
ちょっと!!なんで暖房つけてないの!って、今考えるとだいぶ無茶言ってたなぁと思う。
「だって動けなくて。というかそんなに寒くないので平気ですよ」
しれっと答えたお人形さん。
でもどうにも寒そうに見えた私は、急いで暖房をつけ、お人形さんを抱っこしてこたつに入り電源を入れた。
「えっと…あの…」
「なぁに?」
抱っこされたお人形さんから声がする。そういえば発声方法聞いてなかったなぁ。まぁいっか。
「え…あの、ぼくが怖くないんですか?人形なのにしゃべってて」
「えー。だってかわいいし、お人形さんでしょ?不審者じゃあるまいし」
もふもふ。もふもふ。
コートのもふもふがくすぐったい。部屋があったまったら、このコート脱がせてあげないとね。
「人形しゃべってたら絶対怪しいと思うんだけど…」
ぎゅってしてる腕の中から何かぶつぶつ言ってるのが聞こえる。
気にしない気にしない。
「あったかくなってきたねぇお人形さん。じゃあそろそろコート脱いでみようか」
「…その言い方やらしいですよ、お姉さん…」
でも否定はしないのね。かわいいなぁ。
その日から、お母さんも彼氏もいない私の部屋に、お人形さんが住み着いた。