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もう、事故は起こさせない

 あの事故以来、第二飛行隊零夜戦隊では、彗星修理の傍ら、零夜戦の整備をみつきが手伝う事になった。

 元々彗星整備員は、零夜戦の整備も兼業しているのだが、みつきもここで正式に兼業する事になった。


 可動率を上げる為、彗星同様にエンジン部品を作り直したり、設計者には申し訳ないがネジやリベットに手を加えるなどを施すことになる。

 主要なネジを簡単にプラスに作り直してもらったのだが、意外にもこれがよく効いて緩みにくくなった。


 また、電気系統の短絡ショートを防ぐ為に絶縁処理を行うにあたって、布巻きであった被覆をビニルにしたかったところなのだが、この時代では残念ながらそんなものはなかった。


 せめて紫外線硬化樹脂でもあればと思ったのだが──


「紫外線で硬化する樹脂とかありませんか?」


 田万川に訊くと、「ハァ?」という顔をされた。


「何だそれは」

「UVレジンですよ。紫外線で硬化する樹脂です。絶縁処理に使われるんですよ」

「そんなものは知らん。紫外線ライトはあるが、そんなもので固まる樹脂はここには無い!」

と、簡単に一蹴されてしまった。


 勿論ビニルやレジンなんてものを自分で作れるわけもないので、電線同士の接触、端子締め付けが緩む事による電線の外れを見直して配線をし直したりする他、ケーブルの導入口をパテで塞ぐ等を施して、根本的な原因を解消する事に努めた。


 この時代の零戦は、物資や技術者の少ない中量産されているせいか、こういった細やかな部分が非常に甘く、これらを改善するだけでも十分違うはずである。


 垂直尾翼に「ヨD-150」と書かれた零夜戦にそれを施した。基本搭乗員の機体は決まっているわけではなく全員で回しているのだが、櫻井は大体この機体に乗っている。


 そして今日、みつきがここに来て初の父島西方海上に米機動部隊が行動中との情報が入った。まだ空も暗い朝方三時、「零夜戦隊」と、同じ夜間戦闘機である「月光隊」で第一警戒配備を取った。


 櫻井は警戒配備発令の為、磐城上飛曹を始めとする他三名の下士官と編隊を組み、発進準備に入る。櫻井は操縦席に乗り込み計器を確認した。


 復帰して数日、櫻井にとって久々の搭乗であり初の警戒配備である。


 みつきは操縦席まで上り、席を覗き込んで声をかけた。


「櫻井さん、電源系統は問題はありませんか。体調は?」

「ああ、問題ない」


 櫻井はゴーグルをかけた。座席灯で明るく照らされた櫻井の表情は、逸る気持ちを抑えられないといった顔をしている。


「もう、ショートはありませんから。安心して業務を遂行してください」

 その言葉に櫻井はふっと微笑んで頷いた。


「そういえば、ありがとう」

 ジャイロコンパスを調節しながら櫻井が言った。


「え?」

「白河さんが助けてくれたんでしょう?」 

 こちらの目を見ない櫻井に、みつきは嫌な予感を感じて胸が高鳴っている。


「え、まさか全部──」

「うん、知ってる」

 みつきが言い終わらないうちに、櫻井が言った。

 一瞬こちらをちらりと見、櫻井はにやりと微笑んだ。


 そして急に真顔になって

「イナーシャ回せ!」

 と、下の整備員に声を張り上げた。


 整備員が二人がかりでイナーシャを回し始め、段々と回転音が甲高くなっていく。

 慌てて下に降りようとするみつきの手を櫻井は無言で引き寄せて、口元に人差し指を当て秘密の仕草をしながら、櫻井は手のひらに何か箱のような物を乗せた。


 よくみると、それはビスケットだった。


「あっ……」

「しーっ、俺は菓子とかはあまり食べない方だから」


「櫻井少尉、コンタクト!」

 イナーシャを回し終えた整備員が赤く光る整備灯を振りながら、櫻井に向かってイナーシャとエンジンの接続を促す。


 櫻井は機上で手を大きく振って

「前離れ! コンタクト」

と声を張り上げ、イナーシャスターターレバーを引くとエンジンがバリバリと音を立て、プロペラが回り始めた。


「あ、ありがとうございます」

 みつきはビスケットをこっそりモンペのポケットにしまい、急いで機体から降りて離れた。


 櫻井の零戦に舷灯が点灯する。準備完了の合図だ。


「チョーク外せ!」


 下で待機していた整備員が、チョーク(車輪止め)を外して前を離れると、滑走路に向けて機体は前進していった。


 滑走路に向かう機体を見ていると、眩暈がしたような気がしてふらふらした。


(まさか、私が櫻井さんを温めていたことを知っている……?)


 顔は火を吹きそうなくらい熱くなって、どうしようもなくなった。どこまで知ってるんだろう、そんな事がぐるぐると回って思わず

「あー恥ずかしい!」

と叫んでしまい、田万川に

「うるさい!」

と叱られてしまった。



「手隙総員、帽触れ!」

の合図と共に、櫻井の搭乗機を整備灯を振って暗闇の空へ見送った後、戦闘指揮所内で様子を伺っていた当麻にビスケットをもらった事を話すと「あの櫻井が?」と、眠そうな目を丸くして驚いていた。


「飛行学生の時、食堂から羊羹をギンバイ(    ※)するほど菓子が好きだったのに──まるで矢でも降る発言だな」

※海軍用語で食べ物をくすねること

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