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桜花特別攻撃、発令 二 支配する"予感"

 戦闘三〇六、三〇七飛行隊の零戦隊は飛行場南側からタキシングして、編隊飛行で離陸する。第一小隊を見送り、待機所の手旗信号の離陸よしの合図で櫻井率いる第二小隊が離陸する。


 櫻井は飛行眼鏡をかけた。ブレーキを外し、左手のスロットルを全開にして操縦桿を目いっぱい押すと、機体が前へとスピードを出していく。


 速度が九〇ノットになったところで操縦桿を引くと、ガタガタと振動していた機体が静かになって、押し付けられるような重力を感じたと同時にやがて地上が小さくなっていった。


 僚機も無事に編隊離陸出来ていることを目視、そして大きく上空を旋回して予定コースに入るところで、後続の相馬区隊が無事に離陸した様子も確認して少しホッとした。


 今日の編成は、練度の低い人間で組まれている。

 一、二飛曹ばかりで、飛行経験の少ないまま上飛曹になってしまった者もいる。


 この命運を左右するはずの桜花特別攻撃の直掩でさえも、飛行時間が二〇〇時間満たない者ばかりだ──そんな事を考えながら風防を閉めようとした時、ふと地上を確認すると焔が上がっているのが見えた。


 第四小隊の機体二機が衝突、炎上している。


「マジかよ……」


 思わず櫻井は呟いた。


 いや、気を取られている場合ではない。

 後は残留隊員に任せるしかないのだから。


 前を向け──


 櫻井は風防を閉めた。

 燃料を翼内から増槽燃料に切り替える。

 懸念していた吸い込み不良はとりあえず起きず、無事に燃料は吸い込まれほっとした。


 今朝軍医に頼んで注射で摂取したメチルプロパミン(覚醒剤)が今更効いてきて脳内が冴える感覚がきた。久々の感覚に気分が落ち着くが、嫌な予感は拭えない。


 目標は、都井岬より南へ一二〇度、約一〇〇〇〇キロほど行った先が予定空戦区域だ。

 とはいえ、敵はどこにいるかわからない。


 鈍足な陸攻隊に合わせ、A・C(燃料混合比)を調節して、速度を上げずに後方を続航する。


 櫻井が地図に航路記録を書き込んでいると、突然ノイズ混じりの隊内無線電話が入った。


『こちら第一小隊第一区隊長神崎大尉。第一区隊全機増槽燃料に切り替えられず、引き返す。第一小隊第一区隊』

 それを引き金に、次々と小隊、区隊から隊内無線電話が入った。


『第三小隊第二区隊三番機綿引一飛曹、増槽から燃料漏れを確認、引き返す。第三小隊第二区隊三番機』

『第三小隊第一区隊四番機岩崎二飛曹、同じく増槽に切り替えられず引き返す。第一小隊第二区隊四番機』


 結局、第一中隊で残ったのはたったの五機。

 第一小隊は屋代含め二人、櫻井率いる第三小隊では相馬含め三人だ。


(第三小隊の一区隊は俺一人か……)


 櫻井の区隊は櫻井以外全員が引き返してしまった。増槽燃料の工作のすり合わせが間に合わなかった影響はとても大きかったのだ。


 第二中隊は伊澤含め十二機が残ったが、直掩機は合わせてたったの十七機──二〇三空の間接援護は二十五機と聞いているが、どれだけ引き返しているのかまではわからない。


 偵察隊によると、敵機動部隊周囲に戦闘機が無かったという。だからこそ、この桜花特別攻撃が発令されたわけなのだ。

 

 本来ならばこちらが優勢なはずなのに──


「逆に奇襲されたら終わりだ」


 米軍も馬鹿じゃない。いや、寧ろ一枚上手を行っている。

 南九州邀撃戦のあの日、敵機の弾幕が未だに櫻井の脳裏を掠める。あの日、数で畳み掛けてきた敵機。


 彼らはとにかく数で来る。


 一方我々は壁になれる程の数も無ければ、敵戦闘機を返り討ちに出来るほどの腕を持ち合わせていないのだ。


『第三小隊長櫻井中尉、敵機の奇襲に注意せよ。後方の注意を怠るな。よく見張りをしろ!』


 櫻井は隊内無線電話で呼びかけると、溜息をついた。


「クソ過ぎる。何度計算しても、何度あらゆる可能性を加味してみても…… 一人二十機以上撃墜したとしても……一式陸攻を守りきる事が出来ない」


 櫻井は拳を握り、なんとも言えない怒りを風防にぶつけた。ぶつけたところでどうにかなるわけではないのだが。


 正義だとか國の為だとか、そんなものどうでもいい。ただ、今この瞬間を生きる國民を守りたいと思っていた。

 國民を守ることが、みつきを守ることに繋がると信じていた。


それなのに──


「俺には……これを成功させる未来が見えない……」


 

 もうすぐ時は十四時──作戦の時は迫っている。


 嫌な予感は的中するものだ──

 



 ***



 一方、相馬率いる第二区隊。 こちらは、相馬と中村二飛曹のみが編成として残っている。


 相馬は

「エンジン若干黒煙吹いとんのやが……」

と、嫌な気持ちになりながら航行を続ける。


 シリンダーの温度が高い。二〇〇度を超えている。恐らく異常燃焼ノッキングだろう。ここは引き返すべきなのだろうが、直掩機がここまで減ってしまった以上、引き返したくない。


 カウルフラップを全開にして騙し騙し飛ばしているわけだが、空戦になった時は──……いや、考えるのはやめた。


 この、たったの十七機でジグザグに飛行する、言わばバリカン運動をする。二機ずつに別れて、一式陸攻の上方下方をジグザグと飛行するわけだが、櫻井から『後方に注意せよ』と、無線電話が入って緊張が走る。隊内無線電話の調子も悪く、途切れ途切れで、先が思いやられた。


 すると僚機の中村が近くに寄ってきて、手信号で

『黒煙上がってますよ』

とわざわざ忠告した。


『わかっとうよ』

 相馬は手信号で返した。


『引き返すべきです』

 中村は言った。


 相馬はその一言で一瞬悩んだが

『引き返さん。このままやる』

と、手信号で返した。


「俺も、ここで直掩機として少し花形を決めんとやな」


 花形を決めるつもりだなんて、本気でそう思ったわけではない。ただ、このまま引き返して思い残す事があっては嫌だから。


 すると突然、耳元でヒュン!と何かが通り過ぎる音がした。そして、ガツンガツンと弾を掠める音がしたかと同時に、尾翼に衝撃が走った。


 後ろを注視すれば、敵戦闘機の編隊がこちらに向かって立派なアイスキャンデーの棒を──否、曳跟弾を放っている。


『第二区隊長相馬! 敵戦闘機接近! 後ろだ! 奇襲をかけられとる! 敵は──わからん、多分F6F(グラマン)! とにかく数十機、いやもっとおる!』


 そう言って、曳跟弾を躱すつもりだった──が、方向舵が利かない。何度もラダーペダルを踏み込んでも、カスンカスンと情けない音をするだけ。


 後ろを振り向いて尾翼を確認すれば、あるはずの尾翼がすっかり無くなっている。


「尾翼が無くなっとる!? 全く舵が利かん!」


 油圧も利かず、ろくに操舵が出来なくなっていた。敵機から蜂の巣のように弾を浴びていて、翼からは燃料が溢れ出している。


 苦し紛れにエンジンをふかすが、温度は既に二五〇度を越していて今にも燃え出しそうな勢いである。黒煙が吹き、目の前を真っ黒な視界が邪魔をした。

 機体がガツンガツンと音を立てている。敵機からの襲撃は止まず、機体にマイナスGがかかって、機体は墜落するのだと思った。


「くそ! 俺も終わりか──いいや、終わらん!」


 相馬は飛行眼鏡をかける。

 僅かに見える一式陸攻が、飛んで火に入る夏の虫のように見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 離陸前から不穏な兆しが(><) そして櫛の歯が欠けるように脱落してゆく列機・・・・ 物量で押す米国に対して寡兵が更に寡兵に(TT) 無理を推して直掩を続ける相馬の尾翼…
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