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訓練中の事故を目の当たりにして 二

 遠退いたり戻ったりを繰り返す意識の中に櫻井はいた。

 意識がふわふわと宙に浮いて、自分が何をしているのかさえわからない。

 何となく、柔らかくて温かいものが身体を包んでいる。それを、なんだか気持ちいいと思った。

 それが何だか確認しようと手を伸ばそうとするも、手が動かない。

(白河さん……?)

 薄らいだ視界に彼女の気配を感じて声を出そうとしたが、声も出るはずもなくそのまま再び白い霧の奥に落ちるように意識が消えていった。

 でもそれは何故か不快ではなかった。



***



 櫻井が目覚めた時には、既に医務室のベッドの上だった。

 手と頭に包帯が巻かれていて、時折ズキンとした痛みを感じる。気づけば病人用の入院着を着せられていた。


(どうしてここに?)

 以前の記憶が思い出せず、何が起こっていたのかよくわからない。

 起き上がって辺りを見回していると、机に向かっていた軍医の松永大尉がこちらに気づいて振り向いた。

「目覚めたのか」

 松永は立ち上がり、櫻井のベッドの横の椅子に腰掛けた。

「零戦で相模湾に墜落したんだ、覚えてるか」

 そう言われて、やっと事態を呑み込んだ。

 以前の記憶が波に押し寄せるように蘇ってくる。

「零戦の墜落の原因は電気系統のショートが原因だそうだ。それにしても、あんなに豪快に墜落して、外傷は打撲だけで済んだのは大したもんだよなァ」

 松永は声を上げて笑っている。流石だと言わんばかりに。この笑いは、無事だったからこその笑いだ。


「あの。もう、戻れますか」

 今すぐ出ようと身支度を始める櫻井の態度に、松永は目を丸くした。

「ああ? 本気かお前。今日は寝とけ。低体温で死の淵を彷徨ったの忘れたのか」

 櫻井は

「……わかりました」

と、口をへの字に曲げ身支度の手を止めた。


「櫻井さん!」

 廊下から女性の声が聞こえて振り向くと、みつきが医務室に飛び込んできた。

「今さっき、衛生兵の方から櫻井さんが目覚めたってきいて急いで飛んできたんです!」

 息を切らしているみつきを、櫻井は大袈裟だと思った。

「よかったぁ……目覚めて」

 今にも泣き出しそうな顔で言うみつきに戸惑いながら、櫻井は「全然平気」と軽く笑った。


「笑いごとじゃないですよ!」


  シンとした室内に、ぴしゃりとみつきの声が響いた。

「私、本当に……本当に死んでしまうかと思ったんですよ……」

 櫻井はぎくりとした。みつきは瞳に涙を溜めていて、それは瞬きのたびに零れ落ちそうである。


「……ごめん」


 気の利いた言葉が出ず、櫻井はこれ以上何も言えず黙りこんでしまった。

(まさか泣かせてしまうとは……)

 どうしようもなくて、目が宙を泳いだ。死ぬとかそういう事を恐れていたら、軍人は何も出来なくなってしまうものだ。だから意外とこんな事になってもあっけらかんとしていられる──櫻井もそんなタイプの一人だった。

 

(言葉が軽率だったな)

 櫻井が眉を顰めていると、空気を感じて松永が重たい空気を打ち破った。

「まあ許してやれよ、白河。残念だが櫻井は出来るヤツだが頭は空っぽだ。女心は……わかっちゃいねぇな」

 松永は櫻井の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「うわ、そりゃあ酷ぇ」


 張り詰めた空気が一気に和んで、みつきの顔にもふっと笑顔が溢れた。


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