彗星偵察員、当麻要人
ある夜、整備員に引き継ぎをして業務を終えぶらぶらしていたみつきを、同じく業務を終えた当麻が「蛍を見に行こう」と、誘った。
二人で基地端を流れている小さな水路を、薄い月明かりを頼りに歩いた。涼しい風がさらりと吹き付け、蟋蟀の心地よい鳴き声が響き渡る以外に聞こえてくるものは自分たちの足音と風が揺らす葉の擦れる音だけ。
「わあ、綺麗!」
みつきは目を輝かせながら言った。
ひらり、ひらりと宙を舞う蛍の光を見るのは、果たして何年ぶりだろうか。
現代日本では天然の蛍はとても貴重だ。高度経済成長期の環境汚染で、殆どが失われてしまっている。
地方に行けばまだまだ見る事は出来るが、それでも数少なくなってきている。
「ヘイケボタルだね」
腕を組みながら当麻が言った。もう夏だというのにまだちらほらと見えるのは、今年の夏が少し遅かったからだろう。
みつきは捕まえようと手を伸ばしてみるも、蛍はひらりと手から逃げ空振りしてしまう。
「捕まえらんない」
みつきは不機嫌に口を膨らませた。
「なんか、白河さんてかわいいね」
「へっ?」
そんな事を言われてみつきの動きがぴたりと止まった。
子供のようにはしゃぐみつきを「別になんでもない」と、くすくすと笑っている。
「よっと」
当麻は片手で宙をふわりと凪いで
「ほら。片手でも捕れた」
と、みつきに見せた。
その指の隙間からは蛍の淡く黄色い光がうっすらと漏れている。当麻はその手をみつきの顔の近くでゆっくりと開くと、蛍の光がみつきの顔を照らした。
「すごくきれい」
みつきがそう言ったのと同時に蛍がふわりと手から飛び立って、再びゆらゆらと宙を舞い始めた。
「こんな間近で見たのは初めて」
「そんな珍しいものじゃないだろ?」
「珍しいよ! だって私、蛍なんて小さい頃に一度か二度しか見たこと無いんですから」
「どこに住んでたの?」
「もちろん東──」
東京、と言いかけてみつきはハッとした。高度経済成長期前の日本なら、東京でもたくさん見れていたからだ。
「が、外国にいた……かな」
慌てて突拍子も無い嘘をついたが、外国──はあながち間違いではない。現代と昭和初期では、あまりにも違いすぎる。
「そっか、そんな感じするよ。白河さんて、普通の女性達とはどこか違うなって思ってたから」
そんな話をしていると、ゆらゆらとしていた蛍の光がふと、みつきの目の前から消えた。
当麻は何故かくすくすと笑っている。
わけがわからず、みつきがキョトンとしていると
「綺麗な髪飾りだね」
と、当麻が言った。
そこでみつきは初めて自分の髪に蛍がとまっている事に気がついた。
「やだ、頭にいるの?」
「かわいいじゃん」
すると、その蛍はふわりと頭から飛び立って、再び宙をゆらゆらと舞い始めた。
「本当に綺麗。蛍、私凄く好き」
「ああ、俺も好きだ」
当麻は宙を舞う蛍に目をやりながら言った。
飛行服を上半身だけ脱いで半袖の開襟の防暑衣だけになった当麻の姿を、時々近くに来た蛍が当麻の横顔をふんわりと照らして、それはいつもとは違う表情をみつきに見せている。
小柄だと思っていた身体は意外にも筋肉質で、少し深めに開けた胸元からは鍛えられた胸板が見えた。
みつきがなんだか恥ずかしくなって思わず目を逸らした時
「ねえ」
と、当麻がこちらを向いた。
「白河さんの事、名前で呼んでいい?」