櫻井と東京へ、明かされる櫻井の過去 二 (R6年新規
店から出ると
「来て欲しい所がある」
と言って、櫻井はみつきを青山まで連れ出した。
厳密には青山霊園なのであるが──綺麗に区画整理され、植物も手入れのされた青山霊園。
櫻井と共に、整理された区画の奥の方へ足を入れると、立派な墓石の立ち並ぶエリアが見えてきた。そして、どこまで来ただろうか、辺りは枯葉が揺れる音だけの、しんとした空気を漂わせている。
(どこまで行くんだろう)
そんな事を思いながらみつきは紺色の一種軍衣とマントを着た櫻井の背中を、みつきは黙ってついていく。勿論、刀帯も下げていているから、歩く度にシャラシャラと金属音が時折聞こえる。
櫻井は立ち止まると、左端の一つの区間を黒い皮の手袋を外して指をさした。
「見えた」
そう言って櫻井が指をさす方向へみつきが目線をやると、そこには控えめな墓石があって
『櫻井和己・千代』
──辛うじてそう読めた。
『櫻井家之墓』ではなく故人の名前が刻まれているということは、先祖代々の墓ではなく、特別に作られた墓石なのだろう。
櫻井は墓の前でトランクを開き、予め用意していた新鮮な花と水を取り出して、手際よく花瓶に供えていく。
(花、いつの間に……)
それは真っ白な菊とオレンジ色の鮮やかなキンセンカ。
みつきがじっと櫻井の手元をみていると、櫻井が少し顔を上げて
「ここは俺の陸軍大佐だった父と母の墓だ。もうすぐ彼岸だろ」
と言った。
「俺が第三種軍衣ではなくわざわざ第一種軍衣を着てきた理由は、海軍軍人として一番相応しいであろう姿でここに来たかったからだ」
そして、櫻井は少し手を止めて小さく呟いた。
「ずっと、陸軍大佐の父は俺の憧れだった」
それは見たこともないような表情だった。まるで、過去を懐かしむような。
櫻井は線香を立て、片膝をついて手を合わせた。
「陸軍士官ではなく海軍士官になった俺をどう思うかわからないけど……俺はね、父さんの名や、思いを継いでいきたいと思って軍人になったんだ」
少し強い風が吹いて木々がざわめく。
「俺はどんな事があっても日本國を守ると誓う。だから──どうか、見届けて下さい」
櫻井は深々と頭を下げながら発したまっすぐな声は、静かな霊園内に響いた。
みつきはただ、黙って櫻井のその後ろを見守るしかなかった──いや、言葉を発する事など出来なかった。
「俺は、軍人としての使命を果たします」
櫻井の父への強い思いが、何も語らずとも感じられるから。
やがて顔を上げて振り向いた櫻井は、
「付き合わせて……済まなかったな」
と、言ったのだった。
櫻井のその切なそうに見る目に、胸がぎゅっとなる。
「ううん、全然。お父さんに届いてるといいね」
みつきがそう言うと、櫻井は切なそうな顔をした。
そんな風に胸をずきんと痛ませるようにこちらを見る切ない表情は──初めて見た彼の表情だと思う。
「俺はね、本当は父などここにいないとわかっている。神もいなければ仏もいない。死すれば、誰もが無になる──幼い頃からそう思っていた」
供えていた花を花瓶から引き上げ、トランクの中から取り出した手拭いで茎の水滴を拭いながら、櫻井は言った。
「それなのに……不思議だな。突然父と話がしたくなった」
木々を揺らす風の音がざわめいている。
「お父さんが呼んだんですよ、きっと」
みつきが言うと、櫻井は
「それは……ないな」
と言って笑った。
櫻井は水を捨て、供物をトランクの中に入れた。そしてトランクを閉めると、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、森岡大尉のところへ行くぞ。今夜は寒くなるから早くしないとな」
ざわめいていた木々の音はいつの間にか止んでいた。




