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航空隊に空襲!叩きつけられる機銃掃射 二

 櫻井が、従兵の運転する車に乗せられ、病舎から指揮所へ戻ると、既に灘木の死と櫻井の負傷はどうやら知れ渡っており、知らない者はいなかった。水地は手を少し低音火傷を負っただけで、負傷はなく無事のようだと話が回ってきた。


 そしてやはりというべきか──


「さーくーらーいー!」

 そう言って櫻井を見つけるなり怒鳴り込んできた森岡に、櫻井はこっぴどく叱られた。


 櫻井は第一波の空襲の消火活動を行った後、寝るといって、厚木基地の西端にある士官居住区に帰ろうと自転車を走らせていたら、第二波の空襲警報が鳴り出した。退避した先が、何やらせっせと土嚢を積み上げて()()を作っていた例の掩体壕だったわけなのだが、そんな事情など誰も知る由もない。

 

「あー! 水地も入江も灘木も、どうして零夜戦うちの分隊はどいつもこいつもアホなんだ! 冷静さに欠けて嫌になる!」

 

 森岡も軍医の松永と同じような事を言っている。

 櫻井は、

(俺は、あの場にたまたま居合わせただけなんだけど……)

と再び思ったが、言い訳はしなかった。


 どうやらあの場に協力した搭乗員は全員森岡に叱られていたようだった。言いだしっぺの水地は特にきつく叱られたようである。


F6F(グラマン)のガラスを割るのは、さすが櫻井だとは思ったが」

と、森岡は控えめに付け足した。森岡は、櫻井がF6Fのコクピットのガラスを割った事まで知っているようだ。


「櫻井、そんな腕でこれからどうするつもりだ。敵は休ませてくれないんだぞ」

 森岡が怒り口調で言うと櫻井は、

「乗りますよ。休暇もいらないし、明日からと言わず今からでも出動できる。別に問題ありません」

と言って櫻井は平気な顔をしたが、実は麻酔が切れ始めて、腕はそこそこ痛かった。





 森岡の長い説教からようやく解放された櫻井は、指揮所に据え付けられた高角双眼鏡で着陸する零戦の尾翼の機体番号を読み上げ、

163(ヒトロクサン)機、帰還しまーす」

と大声を張り上げて搭乗割の名前にチョークで斜線を入れている零夜戦隊の春日井一飛曹を見つけた。


 待機していたその他の下士官達は、春日井の声を合図に、飛行機に駆け寄って、戻ってきた飛行機を押したり廻したりして地上整備員と共にエプロンへ戻す手伝いをする。


 櫻井は諦めにも似た感情を覚えながら手持ちの双眼鏡で帰還する飛行機を見ていた。着陸してくるその零戦や雷電は、遠目からでもわかるほど傷だらけである。


 現時点で陸海軍機は甚大な被害を受け、航空兵力を多く失ったという情報が上がってきていると、先程駆け足で出ていった下士官達が噂をしていたが、それは本当なのだなと傷だらけの機体をみて櫻井は思った。


 この二日間で圧倒的な数の艦上戦闘機が日本本土に来襲している。櫻井は、「ああ、もう終わりは近いな」と思った。


 あまりこういう事を思いたくはなかったが、長距離飛行を避ける傾向にある米軍の艦上戦闘機が来襲し始めたという事は、日本近海にかなりの数の空母群が展開し始めているのだろう。


 戦闘機を潰すには、空母を潰すしかないわけなのだが、既に多数展開しているであろう空母を潰す余裕も兵力もないのは想像に難くなかった。


 潰せないのなら、放たれた戦闘機を虱潰しに撃ち落とすしかない。一人でも国民への被害が減るのなら、例え無駄だと笑われても、抵抗し続ける事に意義がある。


 次こそは邀撃に出れるだろうか──そう思った時、肩から二の腕にかけて負った傷が本格的にズキズキと痛みだして、思わず顔を歪めた。


150(ヒトゴマル)機、帰還しまーす」

 空を見張る春日井が、櫻井がよく乗っている零戦の機体番号を読み上げ、搭乗割の名前に斜線を引くのを見て、櫻井は着陸した『ED-150』に興味本位で近づくと、雷電隊の村上一飛曹が降りてきた。


 機体には大きな削られたような弾痕をいくつもつけていて、空気抵抗が少なそうだ──なんて、櫻井はくだらないことを思った。


 村上は機体から降りてくるなり

「俺、何度も死にかけたんですよ! 手がまだ震えてます」

 と、聞いてくださいと言わんばかりに興奮気味で話してきた。その村上の姿を見て、邀撃が初めてだったのだな、と櫻井は思った。


 村上は、飛行手袋を外して手を忙しなく動かしながら「やっぱり敵に直面すると思考って停止するものですね。逃げるのに精一杯で……何も出来ず弾痕だけつけてただ、帰ってきた自分が情けないです」と、悔しそうに言う。

 初めてだと言うのに無事に戻ってこれた村上を、櫻井は素直に凄いと思った。


「後悔するよりまず、戻って来れた自分を褒めろ。今日の邀撃戦は今までの対爆撃機戦と違うんだから何も出来なくて当たり前だ」

と言うと、村上は

「でも、燃料無駄に食って、無駄に零戦傷つけただけでしたよ」

と、突然泣きだしそうな顔をした。


「分母は多い方が相手への威嚇になる。そこにいるだけで、少なからず警戒対象になっているのだから、敵の気を散らす──という大切な仕事をしたと俺は思うが?」

と櫻井が言うと、村上は自信無さげな表情をして黙った。


「貴様が帰って来れたのがまず不思議だよ、早く報告してこい、一生分の運を使ったって」

と櫻井が少し意地悪に言うと、ようやく村上に笑顔が戻ってきた。


「酷い! 一生分ってどういうことですか!」

「俺も、もしかしたら一生分使ったかな」

と、櫻井が苦笑いすると、村上はえっ、という顔をした。


「今日俺は機銃掃射を受けて撃たれたんだけど、幸い腕を負傷しただけで済んだ。後ろにいた同期は死んだ。本当は俺が死んでもおかしくない状況だったのに──本当、人生ってわからないもんだな」


 櫻井がそう言った時、

「いて!」

 思いきり何かで後ろから頭を叩かれた。


「櫻井さん、聞きましたよ!」


 振り向くと、みつきが新聞紙を丸めたものを持っていて、こちらを睨んで

F6F(グラマン)から逃げずに、わざわざ輸送機から機銃剥ぎ取って応戦して、大きな怪我を負ったらしいじゃないですかっ」

「だからそれは、俺が言い出したんじゃなくてたまたま居合わせただけだって!」

 櫻井はみつきに思わず反論すると、痛かった腕に更に激痛が走って

「いっつ……」

と、年寄りのように腰を曲げて腕を庇った。


「だ、大丈夫ですか!」

 みつきが突然泣きそうな顔をして

「でも、櫻井さんが生きててくれて本当に良かった……」

と、包帯で分厚くなった肩を飛行服の上から撫でた。


「ねえ、どうして零夜戦隊のみんなは……こうも無鉄砲なんでしょうか。もう、こんな無茶な事はしないで欲しいです」


 そう言ったみつきの声は、涙ぐんでいた。





 その後、櫻井は灯火管制で暗い士官食堂で夕食をとっている時にふと、思った。


 みつきの言葉を思い出して、無鉄砲か──確かにそうかもしれない、と思った。


 無鉄砲だからきっと操縦にクセがあり、慎重さを求められる雷電隊ではなく、零戦隊──ましてや夜間戦闘機に改造された零戦で、斜銃と共に暴れ回り、どの分隊よりも多く邀撃に駆り出され戦果を挙げている。

 無鉄砲でなければ零夜戦隊は務まらないのかもしれい──そう思った。

 

 何で零夜戦ウチの分隊はどいつもこいつもアホなんだ──森岡のそう言った声が脳内で聞こえたような気がして思わず、たまたま目に入った斜め前で夕食をとっている零夜戦隊の糸井に

「なあ、俺達はアホで結構だよな」

と糸井になんとなく同意を求めたが、突然話しかけられた糸井は

「はあ?」

と、変な声を出した。


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