航空隊に空襲!叩きつけられる機銃掃射 一
米軍による空襲は尚も続く。厚木基地は、敵艦載機の主要攻撃目標の一つであったからだ。
この頃、陸軍の飛行隊244戦隊が首都防空の要であったが、海軍の中で唯一首都防空を担う三〇二空は、関東侵入経路の海上付近で常に待機しているため、関東に点在する軍需工場を爆撃する米軍にとって、あまり海上で体力を使いたくないので非常に鬱陶しい存在だったのである。
午後二時頃になると、滑走路の北端、大和駅近くの道路に立つ老松をかすめる程の低空飛行で、再びF6F編隊は厚木基地を襲ってきた。
飛行場の端に置いてあった九六式陸上輸送機が銃撃され、忽ち黒煙が立ち上った。続いて厚木基地の地上燃料タンク、格納庫──と一頻りに銃撃した後、藤沢方面に去っていった。
それを見ていた零夜戦隊の搭乗員達は、
「畜生、俺達何もできないのかよ!」
と悔しさを顕にしながら、機関科の人間が出す消防ポンプ車に次々と飛び乗り、消火作業にすぐさま回った。
「だから俺達に行かせろって言ったんだ、あんなF6F俺が一人残らずぶっ殺してやる!」
炎上している九六式輸送機の前でポンプ車から排出される泡沫消火装置のホースを支えながら、水地が叫んだ。
同じく消火作業に当たっていた零夜戦隊の入江一飛曹も、
「ああ、本当糞ですよ! 零戦に積んだ斜銃なんか重いだけで大して役に立たないんだから、あんなものとっぱらってここでF6Fに向かって撃っていた方がまだ役に立つ!」
と、ここぞとばかりに言いたい放題だったが、水地はそれを聞いてとある事を思いついた。
「おい、機銃なら九六式に旋回機銃が確かあったろ、さっさと消して、アレ取っちゃおう」
*
消火作業を終えてすぐ、零夜戦隊の搭乗員数名と兵器整備員とで、泡まみれの九六式陸上輸送機に積んであった二挺の七・七ミリの旋回機銃を急いで取り外した。
九六式陸上攻撃機を改造して輸送機にしたものであるが、三〇二空の所持する九六式輸送機には旋回機銃も取り付けてあった。
水地は、零夜戦隊の搭乗員数名とで、弾薬係に弾を持ってこれるだけ持ってこさせ、西の掩体壕の前にせっせと土嚢を腰よりも低いくらいの高さまで積み上げて、機銃を設置した。
幸い機銃は大きな損傷もなく、兵器整備員が空へ向けて試射をした限りでは問題はなさそうである。
二挺しかない機銃では大した事は出来ないかもしれないが、無いよりはマシだった。
機銃を撃つのは水地と同期の灘木少尉だが、機銃を撃つのは飛行学生の頃に行った射撃訓練ぶりであるので、灘木の機銃を持つ手は震えていた。
午後三時、厚木基地に再び北方上空から侵入したF6F編隊は、西の覆土式格納庫を掃射した後、大きく左旋回して予想外の超低空飛行をしながら真っ直ぐこちらに向かってきた。
機銃を握っていた灘木は、まるでぶつかって来るのではないかという程の超低空飛行で向かってくる敵機に、思わず怯んで動けなくなってしまった。
灘木の隣では水地が空を目掛けて機銃を撃っているが、それに呼応するようにF6F編隊も、こちらに向けて勢いよく機銃の雨を降らせて、通り過ぎたと思ったらまた旋回してこちらに向かってきた。
灘木が敵機を見たまま呆然としていると
「下手くそ! 貸せ!」
そんな怒鳴り声と同時に、突然三種の軍服姿の櫻井が現れ、灘木の持つ機銃を乱暴に奪った。櫻井は掩体壕に退避していたところだった。
機銃を奪った櫻井は、F6Fの未来位置へ機銃を思い切り撃ち放つと、銀色の機体にほんの僅かではあるが、火花が散った。その時灘木は、さすが空戦で培っているだけの事はあると思った。
一方櫻井の隣では水地がもう一つのF6Fを狙って、機銃を旋回しながら撃ち続けている。
「手袋してないから手がクソ熱い!」と、悲鳴を上げながらも手は離さない。
薬莢が、まるで節分で投げる豆のように辺りに散らばっていく。
冬の乾いた地面に敵の弾が叩きつけられ、砂埃が高く舞って視界が悪い。
音は聞こえるが、敵の放つ機銃は曳跟弾ではないために弾道がわからず、目の前の地面が叩きつけられるように一斉に弾けてようやくわかった。
そして、F6Fのパイロットの顔が見える程低空に敵の顔を見たと同時に櫻井は、自分目掛けて降り注ぐ弾がやっとはっきりと見えた。
撃たれるのが先か、撃つのが先か──櫻井は手を離さずに無我夢中で撃ち続けた。
その瞬間、積み上げていた全ての土嚢が弾けて土が雪崩のように崩れた。
それと同時に燃えるように熱く、骨を削られたような激しい痛みが左肩から左腕に突き抜けて、その衝撃で機銃と共に体が後ろに突き飛ばされた。
F6F編隊はそのまま掩体壕の上空を掠めるように飛んで、藤沢方面へと抜けていくのを敵機のエンジン音で感じた。
生暖かく濡れる肩を押さえながら起き上がると、隣では土の下敷きになった水地が仰向けになっていて、頭を動かしている。更に斜め後ろでは灘木が頭から血を流して倒れていた。
(俺は……生きてる)
櫻井は、そんな事を思いながらよろよろと立ち上がって表に出ると、透明なガラス片のようなものがバラバラと土の上に落ちていて、それは敵の落し物である事がわかった。
櫻井は、激しく鼓動と共に痛む肩に目をやると、櫻井の肩から溢れるように血が吹き出していて、櫻井の第三種の軍服の草緑色と混ざって、黒くなっていた。
***
午後三時半を過ぎた頃に空襲は終了し、午後四時には九時間半近くにも渡った空襲警報も解除されたが、雷電隊が午後五時過ぎまで警戒飛行を続けている。
「馬鹿野郎!」
医務室で、軍医の松永大尉の怒号が響いた。
櫻井は、トラックで基地の外れにある病舎まで運ばれて今、肩の手当てを受けている。
「映画で言えば貴様は女優のようなもんだ! 空襲なんぞで負傷してる暇はないんだぞ!」
そんな風に言いながら、松永は櫻井の左肩から軍服を容赦なく大きなハサミでジョキジョキと切って、上半身を裸にさせた。
(男じゃなくて例えが女かよ)
と、少し苛ついたが、櫻井はとりあえず黙って聞いていた。
櫻井の左肩から腕にかけて、二つの裂傷が見られたが弾は直撃しておらず、手術の必要は無いにしても麻酔をかけて何針も肩と二の腕を縫う羽目になった。
「一歩間違えば貴様も灘木のようになっていた。運が良かったな」
灘木は、頭を撃ち抜かれ、トラックに乗せられる前に死亡が確認されて別室に運ばれている。その場にいた人間から即死だと判断されるほどに損傷が激しく、布で頭を巻かれて安置されたのだった。
「飛行機乗りは全く血の気が多くて嫌だよ。逃げる時は逃げる、戦う時は戦う、それでいいじゃないか」
呆れたように言う松永に櫻井は、俺はたまたま居合わせただけなんだけど──と思ったが、機銃を奪って熱心に撃っていたのは事実なので、敢えて反論はしなかった。
ただ、あっけらかんと
「やっぱり撃たれると結構痛いもんですね」
とだけ言うと、
「当たり前だ馬鹿野郎!」
と松永に更に怒られた。
怒られているところに櫻井の従兵が、上襦袢と夏用の三種上衣と、指揮所で脱いで置きっぱなしにしていた飛行服の上衣を持ってきた。
櫻井は従兵に着替えを補助してもらいながら上襦袢、そして上衣を着たところで飛行服に目をやり、ふと疑問に思った。
「飛行服はなんで持ってきたんだ?」
「上衣は夏服なので、多分それだけだと寒いと思いまして」
櫻井はああ、と思って憂鬱になった。
(そうか、また上衣を作らなきゃなあ)
櫻井は、ハサミで綺麗に真っ二つに切られた真っ黒な三種の上衣に目をやって、そんな事を考えた。
下士官は上衣を支給されるから良いが、士官は自前である。いつか水交社で適当に買おう、と思いながら病舎を出た。




