大人気の雷電戦闘機隊
節分も過ぎた頃、警戒警報が無かった日があった。そんな日に、第一飛行隊雷電隊のもとへお客様が現れた。
「雷電隊の映画を作ろうと思いまして」
そう言って、カメラやマイク等の機材をせっせと出して準備しているのは──神奈川県鎌倉市に映画スタジオを構える『松竹大船撮影所』のクルーだ。
彼らは時代劇の映画製作を専門としていたが、日本が戦争に突入してからは戦争を題材としたニュース映画を製作している。
「歌もあるんですよ」
映画クルー達が第一飛行隊戦闘指揮所に雷電隊の搭乗員、地上員を集めて『雷電戦闘機隊の歌』をアカペラで披露した。
呼べよ瑞雲 富士に射す
旭陽浴びて 羽ばたけば
醜夷の翼 挑むとも
皇土守らん 若桜
我ら 雷電戦闘機隊──
四番まである歌をクルー達は見事に揃った声で熱唱した。この歌は妙にテンポが良かった。散った戦友を偲ぶものが多くなってきた最近の軍歌に比べて明るく、向上心が溢れ耳に残りやすい。
現代で例えれば──そう、野球の応援歌のようだ。
第一飛行隊の指揮所から聞こえてくる歌をエプロンで聞いていたみつきは、
(昭和らしい、古いメロディだなぁ)
と、少々馬鹿にしていたが四番まで聞き終える頃にはすっかり気に入ってしまった。
やがてそれが終わると、映画撮影の為に雷電を全機整列させる事になった。
──今日の主役は雷電隊。
雷電隊は大忙しである。雷電隊以外の搭乗員、地上員総出で、雷電を格納庫から牽引した。そして、全機整列させた後は仕事も無く、第二飛行隊指揮所の屋上に張り巡らされた風除けの布の間から眺めていた。
今日は寒風も幾分かましで、指揮所に掲げられた吹流しは穏やかにはためいている。
気が付けば
「弾幕ついて突撃す 降下反転必殺の 機銃轟然火を吐けば 燃えて墜ちゆくボーイング 我ら雷電戦闘機隊」──
と、一番気に入った四番の歌詞を口ずさんでいた。
「駄目だよ、ここは彗星夜戦隊に言い換えなきゃ」
後ろから頭をチョン、と突かれた。後ろを振り向けば、飛行服姿の当麻が不満そうな顔でみつきの顔を覗き込んでいる。当麻もこの指揮所屋上から雷電隊の様子を見ていたようだ。
「は? 零夜戦闘機隊だろ」
声のする方へ目線をやると、中ほどでストーブの前で腕と足を組みながら椅子に腰掛けている飛行服姿の櫻井がいた。
因みに、櫻井が「零夜(戦)戦闘機隊」としたのは、旋律との語呂合わせの為。
当麻はみつきをストーブの前に誘いながら
「雷電隊は何かといいよなあ」
と、羨むように溜息を交えて言った。
三〇二空といえば雷電と言われる程、出撃数も知名度も高かった。しかし一方零夜戦隊や彗星夜戦隊は三〇二空特別仕様に改造された零戦や彗星──しかも屈指の夜戦攻撃隊だというのに、その知名度はイマイチだった。
特に、零夜戦隊では『変人』という、とてつもなくダサいあだ名をつけられている櫻井個人の知名度は高くとも、戦闘機隊の知名度は決して高くない。
みつきは上空を見上げた。飛行場から飛び立った三機の雷電が、独特なエンジン音を響かせ編隊飛行をしている。カメラクルーがそれを地上から撮影していた。
「なあ。俺達も歌作ろうぜ! 歌」
当麻が意気揚々と、側にいた彗星夜戦隊の同期の搭乗員に声をかけたところで
「じゃあ各々言い換えて歌えばいいだろ」
椅子に腰掛け、櫻井の横でストーブに当たっていた零夜戦隊の荒木が、薄く生えた顎髭の感触を気にするように触りながら口を挟んだ。
むすっとした表情で当麻は口を尖らせ、何か言いたげな様子。
「ああ! それ良いですね」
彗星夜戦隊の搭乗員は荒木の提案にあっさり乗るものだから、当麻は尖っていた口を子供の様に更に突き出して
「あーハイハイ。そうですね。そうしましょ」
と、ちょっと不貞腐れた。
そんな不貞腐れた当麻の唇を見ながら、みつきが
「そういえば先日、日映のニュースカメラマンさんが当麻さんの活躍を褒めていらっしゃいましたよ。銃撃に応じる当麻さんがかっこいいって、映画館で好評だったそうです」
と、言うと当麻の表情がぱっと華やいだ。
「これで、当麻さんにラブレターたくさん届くといいですね!」
みつきは、当麻を喜ばせるつもりで言った。けれども、当麻の表情は少し曇っている。
「俺は、いつか好きな人から貰えれば──それでいいんだ」
当麻の飛行帽から少し覗いた前髪が、風で少し揺れた。当麻は寂しげな眼をして言っていたが、みつきはその意味をよく分かっていなかった。
誰か好きな人でも出来たのかな──そんな程度にしか。
***
二月初旬、この頃の三〇二空の可動機数は
雷電:三十一機(十九機)
零戦・零夜戦:三十一機(五機)
月光:十四機(五機)
彗星:十二機(七機)
銀河:六機(五機)
彩雲:二機(一機)
九九艦爆他訓練・連絡用機:十五機(六機)
※()内は整備・修理中
彗星の可動率が高いのは、みつきの日々のエンジンとの奮闘のお陰だった。特に零夜戦の可動率はこれまでに無い程の可動数で、第一線用百三十八機のうち九十四機という可動数は海軍戦闘機隊で最高である。
二月九日の九時から十日午前四時にかけて、B-29は大阪、奈良〜名古屋に爆弾を落とし、横須賀鎮守府では警戒配備、警戒警報を発令。
八丈島の陸軍レーダーは十日午後一時十五分、二〇〇キロ南方に北上中の目標十個を感知し、B-29が伊豆半島の東側を飛んでいるのを確認、一時四十二分に空襲警報に切り替えた。
二月十日のアメリカの爆撃機兵団の目標は、群馬県の中島飛行機太田製作所。太田では、「大東亜決戦機」と呼ばれた陸軍機『疾風』の量産をしていた。
──遂に日本本土内陸部への爆撃が始まったのだ。




