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いつでも死ねる勇気を

 燃料を漏らしつつも無事厚木基地に帰還した彩雲は、すぐに修補科へ回された。

 みつきは無事にフィルムを日映カメラマンに渡し、今回の任務を完了する事ができたのだが、みつきの運転手を務めた水杜と当麻は小園司令に指揮所で叱られていた。


 空撮のみのはずが何故か攻撃に自ら参加し、地上員であるみつきを危険に晒してしまったからである。


 危うく二人は一週間の謹慎を受けるところだったが

「当麻さんと水杜さんが先陣を切らなければ死んでたんです!」

と、みつきが必死に弁護して小園司令の怒りを止めた為、事なきを得た。


 当麻の頭に直撃したカメラは幸い故障はしておらず一安心。ただ、当麻の額には立派なタンコブが出来ており、みつきは

「凄く痛かったですよね、しっかりカメラを握っていなくてごめんなさい」

と、当麻の少し血の滲んだ額の傷口を医務室で消毒していた。


「みつきのせいじゃないんだから気にしないで」


 当麻は怪我をしながらも、なんだか嬉しそうな様子。そんな姿を他の搭乗員達が見逃すはずはなかった。


 医務室から出て指揮所に戻った当麻は、にやにやしていた彗星夜戦隊の搭乗員達に無言でど突かれた。

 更に、櫻井が帰投すると櫻井のもとへ行ってしまうみつきの後ろ姿を目で追っていると、今度は同期の連中に後ろから次々と頭をはたかれた。

 振り向くと、小馬鹿にしたように同期の連中達が笑いを堪えている。


「当麻ぁ! 貴様は本当にわかりやすいな!」





 この日の空襲は、関東地方に一千四百名を越す死傷者が出た。東京上空は煙霧で覆われていた為、B-29は市街地をレーダー照準で爆撃。下町を中心に東京は焼け野原となった。


 その報告を聞いたみつきは

(私は今、海軍に置いてもらっているから助かってるんだ)

と、自分自身の在り方について少し考えさせられた。

 食にはとりあえず困っていないし、いざとなれば航空隊の皆がいる。

 そんな自分を、みつきはとても恵まれていると思った。


 だからこそ、日本の為に今出来る事──それは搭乗員を縁の下からただ、ひたすら支え続けて行く。それだけ。


──そう、どんな結果が待っていようとも。



 三〇二空では撃墜六機、撃破八機が記録され、月光隊と零夜戦隊から戦死者が出た。その内の一人は、みつきがカメラに収めたあの──須崎少尉であった。


 須崎少尉は浜松市と磐田市の境の天竜川に墜ち、体は目撃していた市民によって運び出され、間も無く死亡が確認された。落下傘の開傘は認められたが、紐が千切れていたため、恐らく開傘時に翼か何かで切断されたのだろう。

 遺体は陸軍によって焼却、搭乗機はそのまま廃棄してもらう事となる。遺骨は後日零夜戦隊の搭乗員が引き取りに行く予定だ。


 みつきは、ストーブの前で暖を取っていた櫻井の元へ歩いて行った。須崎少尉の最後を──報告する為に。


「私、実は須崎少尉が墜ちていく姿を……映してました。斜銃で、B-29の腹部を撃っていて──」


 報告しながらみつきは、不謹慎なものを撮ったと思った。けれども、それを静かに聞いていた櫻井は

「須崎の勇姿を映してくれてありがとう」

と穏やかに言ったので、みつきは思わず

「えっ」

と、声が出た。


 櫻井は、共に戦った仲間の死を絶対に悲観的な言い方をしない人だった。討ち死にする事に、浪漫があるわけでも魅力を感じているわけでもない。


 ただ、軍人にとって死という過酷な代償を報うものは悲しむ事ではない事を、良くわかっているから。


 例え志半ばでも、未熟だったり無謀だったとしても──その戦い振りを評価される事に意義があった。軍人には相応しい生き方があるのと同じく、相応しい死に方がある。


 それは命を粗末にするという事ではない。


 いつでも死ねる勇気を持ち、立ち向かう──それが軍人というものなのだ。


 現代ではこの価値観が戦争賛美や礼賛だと言われる事があるが、昭和二十年──日本を守ったのは紛れもなくその、彼らだ。




「しかしまあ……あの時攻撃が間に合ってよかったよ」

 やれやれといった様子で櫻井は飛行帽を脱いだ。


「あの時って?」


 キョトンとした顔でみつきが言うと、櫻井は不満気な顔をしながら、持っていた自分の飛行帽を乱暴にみつきの頭に被せた。


「あんな脆い機体で、しかもあの速度で急降下とはね」


 その言葉で、みつきはピンときた。B-29の攻撃を逃れる為に急降下していたあの時だ。

 零戦が彩雲の横を急降下して通り過ぎて行ったのと同時に、B-29が上空で空中分解したのを覚えている。


「あの零戦、櫻井さんだったんですか──って、うわっ!」

 被された飛行帽の両端を、頭が帽子を破いてしまうのではないかと思う程の力でグッと下に引っ張られ、前が見えなくなった。


「だから! あれほど無茶すんなと言ったろ!」

「それは当麻さんと水杜さんに言ってくださいよお!」



***



 一月二十七日の空襲の後、二十七日深夜から二十八日の午前にかけて東京から千葉県へ、B-29或いは偵察機のF-13Aが単機で東京南西部、阪神地区に進入した。

 二十八日夜から二十九日未明には八丈島に進入、一部の機は投弾して去った。


 爆撃結果の確認と、今後の空爆地の偵察の為に──。



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