みつきのB-29邀撃戦空撮任務 三
少し弱気になって、みつきは黙り込んで外を見ていると、
「大丈夫だよ」
と、いつもの温厚な当麻の声が伝声管を通して聞こえてきた。
「俺たちがついてるから」
一方、前方機銃でB-29尾部銃座を破壊した水杜は、二十八号ロケット弾の発射準備に入った。
二十八号ロケット弾は、三秒から五秒までの時限信管なので、射距離を合わせなくてはならず少々厄介なものだった。
だが、急機動は必要無いからみつきのような『お客様』がいても、扱いやすい。
翼下にあるのは両側一発ずつの二発。それを頃合いを見計らって斉射する。水杜はB-29への主翼付け根にロケット弾が炸裂するように、機体の位置を滑らせながら調整した。
当麻は厚木基地に『われ攻撃す』と、素早く打電していると、後方に気配を感じた。振り向くと右後方からB-29三機編隊がこちらに迫ってきている。
「おい水杜! B-29編隊が五時の方向にいるぞ! 手早に済ませろ!」
水杜は振り向いて位置を確認した。
「了解! 手早く済ませます!」
みつきも振り向くと、B-29の機影がこちらに向かって次第に大きくなっているのがわかった。当麻は厚木基地に
『第一小隊一番機、敵は遠州灘沖より接近。浜松へ向かふ』
と、打電した。
「噴進弾発射用意!」
「ヨーソロ」
当麻は手早く返答をした。
みつきはフィルムを交換し、再びカメラを構えて水杜の背後から操縦席前方を映す。
「よーい、撃て!」
水杜の言葉と同時に、機体と体が後ろに押されるような反動が走る。主翼から勢い良く白い煙が噴き出して、それは煙を糸のように引きながらB-29の胴体へ向かって真っ直ぐに突き進んだ。
──命中率は悪くない。
彩雲の左翼下から出たロケット弾がB-29の第二エンジンを直撃、エンジンを爆発させ黒い煙が立ち上がる。撃墜には至らなかったが、あれはいずれ墜ちるだろう。
右翼下から出たロケット弾は、敵機胴体を掠めて空中で爆発した。
みつきはここで最後のフィルムに交換する。
当麻は休む間も無く、彩雲に搭載された旋回機銃に手をかけながら背後から迫るB-29編隊を注意深く監視した。
「右!」
当麻が叫ぶと水杜が咄嗟に機体を右へ滑らせた。曳跟弾が左を擦め、それを見ていたみつきは思わず悲鳴を上げた。
「びっくりしたあ……」
恐る恐る顔を上げ後ろを振り向くと、旋回機銃を手にしている当麻の後ろ姿があった。
機銃を手にかけながらも、当麻の右手は電鍵を叩いている。
『攻撃中、第一小隊一番機』
当麻は迫り来るB-29の銃撃に対抗するように、地震のような音を立てながら旋回機銃でひたすらに撃ち放った。
前方にはB-29編隊がいる。そして後ろにも編隊が迫って来ている。まさに八方塞がりだ。
当麻の放つ機銃は、B-29に簡単に跳ね返されるのを当麻は見ていた。それでも当麻は右、左と器用に動かしながら機銃を休む事なく撃ち続ける。
例え豆鉄砲だとしても、威嚇として撃ち続けることに意味があった。
しかし次の瞬間、B-29の曳跟弾が左右に彩雲の主翼に穴を開け、燃料が勢い良く噴き出したのをみつきは確認した。
「当麻さん! 燃料が!」
「ああ、わかってる」
当麻は振り向かなかった。
「分隊士、ブレークします!」
ブレークとは、後ろにピタリと追かれた時に急激な反転を行い後機を振り払う戦術である。しかし、これは対戦闘機用であるので複数の銃座が付いている爆撃機の前で行うのはあまり好ましくない。
「いや、急降下だ。ギリギリまで速度出せ!」
「ええ! 壊れちゃいますよ!」
「いいから!」
水杜はスロットルレバーを目一杯押し込んでエンジンを全開にして機体を反転、真っ逆さまに落ちた。当麻は急降下に入っても尚機銃を休まず撃ち続ける。
体が座席に押し付けられ、内臓が潰されるような感覚にみつきは気を失いそうになった。
おまけに機体がメリメリと音を立て主翼に皺が寄り、今にも機体が折れそうである。
普通機体はプラスGには大体強いものだが、プラスGでの急降下(これでも手加減している)程度でここまで音がするのだから、マイナスGがかかったら即空中分解するだろう。3.5Gしかかけられないという噂は本当のようだ。
水杜は彩雲の限界を感じ、
「分隊士! もう無理です、分解します!」
と、当麻に叫んだ。
「踏ん張れ!」
「そんな無茶な!」
重力で肺が潰されるような感覚になり、あまりの辛さに涙が出る。みつきは声にならない声で
「いやあああ!」
と、悲鳴を上げ必死に苦痛に耐えた。
「みつき、頑張れ!」
当麻がそう言った瞬間、みつきの持っていたカメラが手を離れ、当麻の頭に直撃した。
「うわああ! 痛えええ!」
もはや彩雲の機内は阿鼻叫喚の騒ぎである。
その時──上空で僅かに爆発音が響いたのと同時に、零戦が彩雲の横を追い抜いて急降下して通り過ぎて行った。
水杜は速度を落とし機体を平行にさせ、上を見る。当麻は飛行帽をずらして、痛む額を確認するようにさすりながら上空を見上げた。
すると、そこには火を噴いてバラバラに分解して墜ちていくB-29の姿があった。
みつきも朦朧としていた意識がようやく戻り、辺りを見渡すと小さくなった零戦が空域を離脱していった。
「今のは……零夜戦隊の零戦か」
力の抜けた声で当麻が言った。当麻は疲れ果てた顔をして、深呼吸する。
「空中分解するかと思いました」
疲れ切った掠れた声で水杜が言った。
「俺、零戦が神様に見えたよ」
そんな会話をしていた当麻に、みつきは青い顔をしながら
「もう、何が大丈夫よ。うそつき」
と、思い切り舌を出して見せた。
「危険な目に遭わせてごめん」
当麻は申し訳なさそうな顔をした。
「でも──」
みつきは先程カメラが直撃したであろう、当麻の赤く腫れた額を手を伸ばしてそっとそこに触れると、少し汗をかいていた。
「こんな風にいつも危険な目に遭いながら、私達皆の為に戦ってくれてるんだよね」
冷たくなった手で、少し瘤になった当麻の額をみつきは冷やしてあげるように撫でた。
「──ありがとう。感謝してる」
みつきがにっこり微笑むと、当麻の瞬きの回数が極端に増えた。先程までの真剣な当麻の表情は、いつものふわりとした優しい当麻に戻っている。
「あの……その……」
当麻は瞳を右往左往に落ち着きなく動かしている。
すると、それを察知した水杜が
「当麻分隊士、いいですねえ。ははあ、今もしや赤くなってんじゃないですかァ?」
と、伝声管を通してニヤついた声で言った。
ありがとう──なんて言われて、当麻が照れて顔を赤くしているという事をバラされて
「うるせーな、俺より若いクセに嫁さんいるからってらって、男気取ってんじゃねーぞ!」
と、ここで逆切れを発動した。
「ヨメのいる貴様には独身の気持ちはわからんだろうよ!」
打電の際、『第一小隊一番機』っていうのは『一マ一』と略して打電しています。マは恐らく赤本に書いてある極秘の省略記号です。




