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みつきのB-29邀撃戦空撮任務 一

 翌日、みつき、櫻井、当麻、他搭乗員及び整備員は厚木基地に帰るべく支度を整えていた。


「体調、本当に大丈夫?」

「はい! もう大丈夫です!」


 みつきは輸送機に乗り込みながら張り切って当麻に答える。それを見た櫻井が

「病み上がりなんだから無理するなよ」

と、釘を刺した。


 今朝、みつきは櫻井の買ってきた果物の缶詰をペロリと平らげ、おまけによく喋った。容体によってはもう一泊する事も出来たのだが、みつきはそれを拒んだのだった。


 陸軍の飛行機乗りの視線を一斉に浴びて居心地の悪さを覚えた彗星夜戦隊の操縦員は

「早く厚木に帰りましょう」

 そう言って速やかに東の空へ飛び立った。



***



 みつきの体調も戻り、森岡大尉の零夜戦の修理も完了した一月二十七日の正午過ぎ、陸軍レーダーが関東方向へ向かうB-29梯団を探知した。午後一時過ぎに警戒警報を発令したが、それはすぐに空襲警報に切り替えられた。


 三〇二空では正午には邀撃準備に入り、厚木基地は地上員や搭乗員が慌ただしく走り回っている。


 そんな日に、彗星夜戦隊に変わった任務が舞い込んで来ていた。


「邀撃戦の空撮をしたい」


 日本映画社(以下日映)のカメラマンが大きな映画用カメラを持ち、厚木の小園安名司令の元に訪れたのは今から三時間程前の午前十時前後だった。


「急降下しますけど、大丈夫ですか?」

 そう言って、彗星夜戦隊の操縦員がカメラマンを背後に乗せて彗星で試飛行に出たのだが──


「……ダメだ、気分が悪い」


 カメラマンの飛行機酔いが激しく、撮影どころでは無かった。

 小園は、折角来たのにどうしたものかと仕方なく代理で撮影出来る者を探していたのだが、カメラの扱いに慣れている者がおらず、困り果てた。


 三〇二空では、兵器整備員がカメラの扱いに慣れており、しばしば空撮要員として搭乗していたのだが、それらはガンカメラでの話であり映画用カメラは範囲外だそうで完全に詰んでいた。


──が、諦めていたところに思わぬ候補者が現れた。


 

「わあ、懐かしい! アイモですよねこれ! 昔私の祖父がアンティークカメラ好きで持ってました」


 最新の十六ミリビデオカメラの『アイモ』を懐かしいだのアンティークだのと言い、更に祖父が持っていたなどと時代錯誤的な発言をしたのはみつきだった。

 

「扱えるのか、これ」

 小園が問うと、みつきは

「ええ、少しなら」

と、頷いた。


「こうなったら白河さんに乗ってもらったらどうですか」

 側で見ていた彗星夜戦隊の搭乗員が言うと、小園は顔を横に振った。


「ダメだダメだダメだ! 女なんか乗せられるか!」

「でも他にできる人間がいないんじゃ、仕方ないですよ」


 小園は丸い顔を皺くちゃにしながら考え込んでいる。何がここで行われているのかを瞬時に悟ったみつきは

「私、やります」

と、自ら名乗り出た。


「ああ!? 本気か!? 死ぬかもしれないんだぞ」


 小園は眉間に皺を寄せながらみつきを見ると、何も恐れない──そんな目をして


「本気ですよ」


と、一言だけ言った。



***



 祖父が持っていた発言をした事がきっかけで空撮の代理を請け負ってしまったみつきは、特別に操縦者を指名出来るという事で──


(やっぱり櫻井さんの後ろに乗れたらいいなあ)


「操縦者は櫻井さんがいいです」

と、みつきが希望を言うと

「櫻井は零戦だから彗星夜戦隊から選んでくれ」

とあっさりと小園に言われてしまい、当麻・水杜ペアを指名した。


 彗星夜戦隊には、最近三人乗りの艦上偵察機『彩雲』が戦力に加わっていた。偵察席を潰して斜銃を載せた『彩雲夜戦』、未改造の『彩雲』の二機があるのだが、空撮にあたり未改造の『彩雲』に搭乗する事になった。


 実はこの彩雲、機体が脆く誰も乗りたがる人がおらず、当麻・水杜ペアも実は初搭乗である。


 出撃前のブリーフィングで

「水杜、彩雲(あれ)は重力が三・五Gしかかけられない。いつもの調子でやると空中分解するぞ。気をつけろ」

「わ、わかってます」

と、当麻と水杜の間でそんな恐ろしい会話がなされていたのは、みつきには内緒だ。


 みつきには電熱航空服が特別に賃与された。これは電熱線が通っており、機内の電源に繋ぐと温かくなるのである。零下四十度程になる上空への対策の為だ。

 白金カイロというベンジンを使用した高温カイロも同時に渡されたのだが、気圧が低いと漏れ出してしまうかもしれないとの事で、やっぱりこれは地上に置いていく事になった。


 搭乗員達と同じ航空服、飛行帽、飛行眼鏡を装着していたみつきは

「本当に乗るのか?」

と、櫻井に声をかけられ振り向いた。


「こういう危険な事はその辺の男に任せるもんだよ」

 心配した様子で言う櫻井に、みつきは自信を持って言った。


「あら、戦場カメラマンだなんて誇らしいじゃない。死んだら、その時はその時よ」


 みつきのそんな潔い態度に櫻井は目を丸くした。

「ほお、随分と男らしいもんだな」

「ダメですか?」


「はは。嫌いじゃないよ、そういうの」


 櫻井は関心したように笑った。嫌いじゃない──そんな言い方をするのは肯定的な証拠。


「くれぐれも無理はするな。無理だと思ったらすぐに当麻か水杜に言えよ」

「はい!」

 みつきが元気よく返事をすると、櫻井は安心したように頷いた。



***



 出撃準備に取り掛かった厚木基地では、ブリーフィングを終えた搭乗員達が次々と戦闘機に乗り込んでいく。

 みつきは彩雲の真ん中の偵察席に乗り込んだ。


「白河さん、よろしくお願いします。空ではしっかりとお守りしますから、ご安心ください」

 水杜が丁寧な口調でそう言って操縦席に乗り込んだ。


 偵察席でカメラを抱えながら緊張していると

「怖い?」

と、当麻が外から翼に足をかけて偵察席を覗き込んだ。


「大丈夫、初めてだから……緊張しているだけ」

と、みつきは顔を横に振った。


「みつきは強いね」


「皆が命を懸けてるんだもの、怖がってなんかいられないよ」

と、言うと

「みつきのそういう所、好きだよ」

と、当麻が微笑むものだからみつきは思わず固まった。


 固まるみつきをよそに、なに食わぬ顔をして一番後ろの電信・銃座席に乗り込んだ当麻は、彩雲に搭載されている旋回式機銃も同時に操作する。基本的に今回彩雲では攻撃は行わないが、当麻は弾倉の確認をして確認よろしいの合図をした。


 一方、櫻井は零夜戦隊の搭乗割に入っており、落下傘を持って翼に足をかけながら左手を回す仕草をして、イナーシャ回せの合図をする。計器の確認をしながら飛行眼鏡をかけた。


 一月二十七日 編成

 第一飛行隊

    雷電隊:第一中隊

       :第二中隊

 第二飛行隊

    月光隊:第一小隊 

   零夜戦隊:第一小隊 

          一番機 荒木俊士大尉

          二番機 

          三番機 

          四番機 

       :第二小隊 

          一番機 櫻井紀少尉

          二番機 

          三番機 

          四番機 

 第三飛行隊(新設)

  彗星夜戦隊:第一小隊

    彩雲隊:第一小隊

          一番機┌操縦 水杜寛貴上飛曹

             └偵察 当麻要人少尉

                 白河みつき

          二番機

    銀河隊:第一小隊

 


 雷電隊は厚木上空、彗星夜戦隊は八王子上空、月光隊、彩雲隊は静岡〜豊橋間空域、零夜戦隊、銀河隊は豊橋東上空へ向けて発進した。


 ギリギリ酸素マスクをつけるかつけないかの際どい高度八千メートル上空で、みつきを乗せた彩雲は待機していた。東の空には月光隊が、西の空には零夜戦隊が待機している。


 みつきは後ろを振り返った。すると、当麻が航空図板を机代わりにして、何やら大きな円形の分度器のようなものをいじくっているのが見えた。


「何してるんですか?」

と、伝声管を通して当麻に訊くと

「風速や待機位置、時間を書き込んで、残燃料や適正速度とか……色々計算しているんだよ」

と言うので、乗り出すように当麻の仕事を覗き込むと、揺れる機体の中で航法計算盤の目盛りを動かしながら、海図に器用に線を引いたり、文字を書き込んでいる。


 それを見ていると色んな意味で頭が痛くなってきた。


(私にはできない……)

 そう思ってみつきが頭を引っ込めて前を向いた瞬間、水杜が叫んだ。


「敵機発見! あの雲の切れ目、九〇度の方向!」


 九〇度がどこなのかわからずキョロキョロしていると、当麻が後ろから

「右、三時の方向」

と、伝声管を通して言った。右を向くと、転々とした機影が僅かに見えた。

 当麻は、厚木基地、東の空で待機していた月光隊へ向けて「敵飛行機見ゆ、彩雲第一小隊一番機」と素早く打電する。


(遂に──きた)


 緊張で手が震えている。みつきはカメラを抱きかかえるように持ち、絶対にフィルムに収めてみせる──と、手に力を込めた。

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