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皇國の英雄―それは、私が見た零戦パイロットの記憶―  作者: ケイ
昭和二十年、一番長い年が始まる
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名古屋地区昼間邀撃戦 一

 一月二十三日午後一時十五分、潮岬の陸軍電波警戒機乙が、二四〇キロ南方にB-29の先頭編隊を捕捉。

 直ちに名古屋方面へ向けて厚木基地の月光隊、零夜戦隊、彗星夜戦隊が発進準備に入った。


 零夜戦隊は森岡大尉を一番機として、櫻井、水地、入江、春日井が搭乗割に入っていた。

 一方、彗星夜戦隊の搭乗割に入ったのは水杜・当麻ペア。打ち合わせを済ませた当麻は地図と航法計算盤を持って偵察機に乗り込み張り切っていた。


 今日の彗星夜戦隊の出動は三機。当麻・水杜ペアは一番機として出撃する。

 みつきは操縦席に乗り込んだ水杜に

「先日の飛行で調子の悪かった電動引き込み脚は直しておきましたよ」

と、声をかけると

「ありがとうございます!」

と、元気のいい声が返ってきた。

 


 搭乗員達が慌ただしく救命胴衣カポックや落下傘ベルトを身につけ、午後二時すぎには零夜戦隊が豊橋〜御前崎間へ、彗星夜戦隊、月光隊が明治基地上空へ向かって基地を発進した。


 森岡大尉率いる零夜戦隊の列機にいた櫻井は、江ノ島上空で試射をして機銃に問題がない事を確認した後、豊橋方面へ向かいながら一万メートル手前あたりまで高度を上げ、何もない青空と地図のような沿岸線を眺めながら飛行していた。


 すると、西の空に黒い煙がポツポツと名古屋方面上空で上がっているのが視界に入った。目を細めてよく見ると、高射砲が上空で炸裂している。

 高射砲が上がっているという事は、あの上空にB-29編隊がいるという事だ。近づくにつれ、煙に巻かれた機影が転々と見えてきた。B-29の銀色の機体が太陽の光をギラギラと反射させている。


 森岡の「全機突撃せよ」の「ト」連送を受け、編隊を組み攻撃準備に入る。敵機編隊の真上まできたところで、櫻井は背面になりながら風を切るような金切音と共に約二千メートル下へ垂直に急降下した。


 主翼付け根を照準器に入れ二十ミリを容赦なく撃ち込んだ。

──が、白煙が上がるのみで今のは有効弾では無かったと瞬時に悟ると同時に、無数の曳跟弾が網目のような線を描いてこちらに飛んでくるのが見え、目の前が瞬く間に赤くなった。


「盛大な歓迎だな!」


 左右にいたB-29の腹部の銃口が正確に櫻井の動きに追従する。そして、まるでホースの水が吹き出すような勢いの曳跟弾が櫻井の零戦の未来位置に飛んでいき、櫻井の目の前で無数の赤い弾道が光った。


 櫻井は咄嗟に操縦桿を斜めに引き機首を上げ、耳元で金属を引っ掻くような音で弾が機体を左右に掠めるのを聞きながら、螺旋を描くように横転バレルロールして赤く光る空域を滑るようにすり抜けた。


「次こそは必ず墜とす」


 そう呟いて、櫻井は回転しながら上方へ一八〇度Uターンをするように反転旋回インメルマンターンして敵機の後ろにつくと、白煙を上げつつも墜ちずにしぶとく曳跟弾を撃ちかましてくる鬱陶しい尾部銃座を照準器に入れて、容赦なく銃座を破壊した。


 そのまま後方から敵機腹部に高速で潜り込み、零戦の後部斜銃で主翼の付け根を再び狙い撃つと、遂に敵機の銀色のジュラルミンが引きちぎれ、火を噴いたと同時に空中でバラバラに墜ちていった。


「おっと!」

 分解する様子に見とれていたら、分解した機体の一部がキャノピーを擦りそうになり、櫻井は慌てて斜めに急降下した。

 そして再び操縦桿を思い切り引いて機首を上げ上昇すると、少し頭痛がした。

 重力負荷の大きい急降下や急速的に上下回転ピッチングを連続で行ったせいだ。とはいえ、水平飛行に戻るとすぐにそれは止んだ。


(俺も慣れたもんだなぁ)


 主翼を見れば、まるで引っ掻き傷のような曳跟弾の痕があり、よく当たらなかったな、と櫻井は我ながら感心した。


 次の獲物は、敵機編隊最後部。櫻井は素早く「ツイイチ(一機撃墜)」の電信を入れながら、再び背面飛行で真っ逆さまに突っ込んだ。





 豊橋上空の空戦域は煙に巻かれていた。

 三〇二空の零夜戦隊の零戦が、曳跟弾の合間を縫うようにして旋回している。

 そんな中、背面飛行で敵機に真正面から突っ込んでいくのは水地だった。敵機のコクピットを照準器に収めて、二十ミリと十三ミリの機銃を豪快に撃つ。


「操縦士が死ねばやがて墜ちる!」

 水地は、弱点である主翼付け根を狙うよりも搭乗員──それも操縦士を狙った。

 撃ち放った弾はコクピットを破壊したが、敵機とすれ違いざまに燃料タンクを射貫かれ、一瞬にして機体が炎に包まれた。


「しまった、やられた!」


 炎に包まれた水地機を見た森岡は、すぐさま自機の機首を上げ、相討ち覚悟で目の前上空を通り過ぎようとする水地の墜とし損ねた敵機のエンジンカウリングに二十ミリ機銃を叩きつけた。


 撃ち込まれたエンジンから出火したのを確認したその時──左手を激しく殴られたような衝撃が走り、目の前の計器に赤い液体が飛び散った。

 スロットルレバーを握り直そうとしたが、感覚が無い。森岡が自分の手元に目線をやると、飛び散った肉片とボロ雑巾のように手首からだらりと垂れた左手袋があった。


──左手首に被弾したのだ。


 痛みは感じなかった。左手で握るスロットルレバーはもう動かせない。生暖かい鮮血が森岡の飛行服と座席をびしょびしょに濡らしていく。

 失速していく零戦を、膝で操縦桿を挟みながら操縦した。森岡はマフラーを外して左手首に口と右手を使ってマフラーをきつく巻きつけて止血を試みたが、白いマフラーは瞬く間に真っ赤に染まり、止まる気配は無かった。



***



 一方、当麻・水杜ペアの彗星夜戦隊は、浜松上空付近でB-29編隊を見つけた。

 当麻は双眼鏡で位置を確認しながら

「あいつらの方が八〇〇メートルほど下を飛んでる」

と、にやりと含んだ笑みを浮かべながら厚木基地へ「敵飛行機見ゆ、第一小隊一番機」と、モールス符号を打電した。


「水杜、三号でやるから高度を維持して突っ込め!」

「了解です! 小園司令には、斜銃を使わないで爆撃ばかりするなんて──って、怒られそうですけどね」


「小園司令は斜銃狂すぎるんだよ。最近何でもかんでも斜銃搭載しまくってるけど、彗星は爆撃機なんだから爆撃が本来の仕事だろ。戦果が出れば何でもよし」

 当麻がそう言うと、伝声管の向こうで水杜が笑った。


 当麻は厚木基地へ「われ攻撃す、一番機」と、素早く打電しながら

「突撃だ、水杜!」

と、威勢良く声を上げた。


「はい! 爆撃進路に入ります!」

 水杜はスロットルレバーを握りなおして、ぐっと押し込み加速する。


「高度八〇、進路一七〇度!」

 当麻が叫ぶと、

「一七〇度ヨーソロー」

 水杜が復唱した。

 B-29編隊をほぼ真下に見下ろし、敵機体がキラリと光って当麻はそれを綺麗だと思った。


(そんな事思ったらいけないな)

 そう思いながら爆撃照準機を覗いた。

 こちらを警戒してか、敵機は高度を下げていく。それに従ってこちらもジリジリと高度を下げた。


「ちょい左、ちょい左、ちょい右」

と、当麻は水杜に微妙な命令を出す。爆撃投下の目安である自機の主翼に中心の標的となる敵機がかぶる直前で、

「はいヨーソロー、発動用意!」

と、言うと水杜が「ヨーソロー」と、復唱した。


「よーい、撃て!」

 当麻が投下ボタンを押すと、爆弾は音を立てずに投下された。

 そして数秒したのち、空気を激しく震わす爆発音と共に爆風が彗星の機体を押した。

 当麻が見下ろすと、空中で割れた爆弾が、クラゲの足のような白煙の糸を引いた弾子がB-29編隊の頭上へ炸裂していくのが見えた。


「やっぱり俺の三号は間違いないな!」

「やりました! やりましたね!」

 水杜は、伝声管の向こうで笑みを含んだはしゃぎ声

で喜んでいた。


 このB-29十八機編隊のうち二機からは黒煙を上げている。当麻はこの二機は撃墜確実と読んだ。

 火を上げたら八割がた帰れない。不時着水が関の山だろう。

※日本海軍は操縦桿を押すと加速します

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