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皇國の英雄―それは、私が見た零戦パイロットの記憶―  作者: ケイ
昭和二十年、一番長い年が始まる
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目の当たりにしたもの

 一月九日午後十二時半頃、中部軍司令部より東部軍司令部に「潮岬一五五度二九〇キロ四目標北進」と連絡が入り、一時間後に横須賀鎮守府が警戒警報を発令した。


 雷電二十四機、零夜戦七機、月光九機、彗星夜戦九機、銀河二機が発進準備に入る。


 搭乗割に名前のあった櫻井は、兵二人がかりで落下傘ベルトをつけてもらいながら、左腕を回す動作をして整備員にエナーシャ回せの合図をした。





 B-29編隊は、それぞれ複数の編隊を連ねた大きなかたまりになってやってきた。その大きなかたまりを、第一梯団(ていだん)、第二梯団──と順に呼ぶ。


 彼らの目的は言うまでもなく、中島飛行機・武蔵野製作所への空爆と東京市街地への投爆だ。早朝サイパン島を発したB-29梯団は全七十二機。彼らにとっては五度目の挑戦だった。


 櫻井は森岡大尉を一番機として、水地・入江・春日井、他二名と編隊を組み、高度一万メートルを飛行していた。


 先に発進していた雷電隊から、「敵機発見・攻撃開始」の電信が送られてくる。


 厚木北方上空に、B-29第二梯団を確認した森岡は

「方位一二〇度敵機発見、全機突撃せよ」

と、電信を発した。


 森岡からの電信を受け取った櫻井は、増槽燃料を棄てエンジンを全開にして敵機編隊の直上に向かった。

 敵機編隊の周りでは、既に雷電隊、陸軍戦闘機・第十航空師団が細い雲筋を作りながら降り注ぐ曳痕弾の中を廻っている。

 雷電隊が敵機二機に命中弾を浴びせ、火を噴いたB-29が海へと落下していくのが見えた。噴きあがった黒煙が霧のように辺りを白く霞ませ、視界が悪くなっている。


 櫻井は、森岡の後に続き敵編隊へと真っ逆さまに突っ込んで行った。


 森岡が直上方からB-29に有効弾を浴びせた。櫻井もそれに続き、直上方から二十ミリ機銃を右翼目掛けて撃ち放った。

 振り返ると右翼から火を噴き出しており、ポツポツと落下傘が開いていくのを確認、櫻井は撃墜を確信した。


「よし!」


 櫻井は「ツイイチ(一機撃墜)」と、素早く電鍵を叩き電信を送る。そしてそのまま前下方から先ほど墜としたB-29の後ろを飛行していた敵機に一連射して、キャノピーが壊れるのではないかと思うほどの激しい風圧の音を立てながら、敵機スレスレをすれ違った。


(ちっ、墜ちないか……)


 B-29の四つあるエンジンのうち、右翼内側の第三エンジンを狙ったのだが、僅かに煙を上げているだけで撃破には至らなかった。


 櫻井は思い切りスロットルレバーを押し込んだ。

 エンジンを全開に高度を上げ、背面飛行で円を描きながら直上方の姿勢に入った。そして急降下しながら照準器の円の中に墜とし損ねた敵機を収めたその時──


「うそだろ!?」


 一瞬で敵機が爆発した──いや、ただ爆発したのではない。

 何か(・・)と衝突したのだ。


 煽られるような爆風と、火花と共に粉々に飛び散ったその破片を、操縦桿をめいっぱいに引きながら身を翻すようにして避け、櫻井はそのまま空域を離脱した。



 陸軍機がB-29に衝突──体当たりしたのだ。



「狂っていやがる!」


 櫻井は振り返った。振り返ると、陸軍機が二機、三機──とB-29編隊へ体当たり攻撃を始めている。


 辺りは一瞬にして黒煙で包まれ見えなくなったが、偏西風がその黒煙を太平洋の沖へと運んでいき、やがて視界が晴れた時には、海上にたくさんの無残な機体の残骸がキラキラと反射しながらチリのように浮かんでいて、櫻井は思わず息を呑んだ。

 


──昭和二十年一月九日。この日を幕開けに、関東では壮絶な戦いが繰り広げられることとなる。



***



 櫻井が厚木基地へ帰投したのは夕方だった。

 零夜戦隊では、森岡大尉が一機撃墜、櫻井が一機撃墜と、入江機が被弾したのを除けば戦果はまずまずだった。


 中島飛行機・武蔵野製作所への空爆は僅か十二発。日本にとっては成功を収めた邀撃戦だったわけなのだが──果たしてそうだったのだろうか。


 各種報告を済ませた後、櫻井は指揮所のストーブの前にいた。いやなものを見た──陸軍機がB-29に激突した瞬間の映像が鮮明に瞼から離れられず、櫻井はため息をついた。


──震天制空隊(震天隊)、それは今日同時に邀撃戦に加わった陸軍・第十航空師団によって編成された空対空(戦闘機や爆撃機に特攻)の特別攻撃隊の名称だ。

 櫻井の目の前でB-29に特攻したのは、震天隊だったのだ。


 この作戦は攻撃直前に落下傘で脱出する事も可能だというが、現実はそんなに簡単ではない。現に、今日の邀撃戦では特攻した全員が亡くなっている。


 特攻は、空対艦にしろ空対空にしろ、腕がなければ成り立たないもの。被弾せずに接敵する事は非常に技術を要するからだ。

 確実に墜とすには、優秀な搭乗員から選ばれていく。今こうして特攻で墜とせたとしても──優秀な搭乗員を失っていけば、特攻隊はただ敵に撃ち堕とされるだけのいい的になるだけである。


 艦隊相手ならまだしも、さすがに空対空の合理性には疑問を感じた。


(俺が特攻する時は──勝ち目が無いと悟った時だ)

 


「櫻井……さん?」


 突然声をかけられて、櫻井はハッとした。

 櫻井が目をやると、みつきが心配そうな顔で指揮所の入り口に立っていた。


「大丈夫ですか? なんだか、元気なさそうだから……」


「いや、なんでもない」

 何事も無かったように櫻井は言った。


「櫻井さんが主に乗ってる零戦『ヨD-150』の機体ですけど、黄桜の撃墜マークと撃破マーク描いておきました。全部櫻井さんの戦果だからある意味凄いです」


 みつきが指揮所の窓からエプロン※を指差した。

※格納庫の前の広場のこと


 櫻井以外にその機体に乗っている人間といえば、同じ十三期の蓮水少尉が乗っているわけだが、彼にはまだ撃墜・撃破記録が無かった。

 

 指揮所の窓からみつきの指差すエプロンを覗くと、垂直尾翼に書かれた櫻井の搭乗機の機体番号『ヨD-150』の零戦に、少々イビツな撃墜・撃破マークが描かれているのが見えた。


「誰が描いたんだ? 随分ヘタクソだな」

 櫻井がそう言いながら何気なくみつきを見ると、伏せ目がちにモジモジして恥ずかしそうにしている。

 櫻井は思わず吹き出しそうになった。


(みつきが描いたのか……)


 モジモジしているその姿がなんだか小動物のように見えて、先程の胸糞悪い気持ちなどどこかへ吹っ飛んだ。


 そして思わず

(相変わらず面白いやつだな)

と、櫻井はにやついた。


「あ。いま、笑いましたね?」

「基地の家畜小屋で夕飯用に飼っている兎にそっくりだったもんでね」


「ひどい!」

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