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皇國の英雄―それは、私が見た零戦パイロットの記憶―  作者: ケイ
昭和二十年、一番長い年が始まる
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今航空隊で流行りのこっくりさん

 一月二日、三〇二空では新年の正月飛行が行われることになった。それに向けて燃料車が次々と機体に横付けされていく。

 少し離れたところに、緑の塗装がなされた炭酸ガス消火器が、台車によって運ばれてもしもの火災の為に待機している。

 

 零夜戦隊の零戦の機体の横では、零戦の翼に乗ったみつきの「ゴーヘー!」(Go aheadの略)という掛け声と共に燃料が注がれていった。


 海軍用語も板に付き、みつきは

「スロー、スロー、ストップ!」

と、手際よく合図を出して、燃料をストップさせた。

 燃料タンクの注入口からホースを抜くと、ぶわっと燃料のにおいが鼻をつき、視界がぐらりと一瞬揺れた。


 この作業は少し苦手だった。燃料のにおいが酔いを誘発させ頭をぐらぐらとさせるからだ。


 特に訓練やこういった飛行の時は、燃料節約のため三〇二空でも「あ号燃料」というガソリンに藷焼酎を混ぜた燃料が使われた。

 藷焼酎とガソリンのにおいが混ざり合ったこのにおいは強烈。

 燃料車はそのにおいを振りまきながら基地を走りまわるものだから、みつきは度々気分が悪くなった。


 運がいいのか悪いのか、こんな時にあ号燃料に使う藷焼酎を拵えた時の酒かすや藷かすを使って作られた蒸しパンを、正月飛行を終えた当麻が大量に持ってきた。


「みつき、食べる?」


 あ号燃料メーカーの酒造会社に勤めている両親を持つ搭乗員が持ってきたお土産だそうだ。

 ガソリンのにおいはないはずなのに、みつきの脳内で勝手にガソリンのにおいが足されて、あ号燃料のにおいに変換され、思わず目眩がした。


「どうしたの、気分悪いの?」

「いや。な、なんでもない……」


 みつきはそれを受け取って半分まで食べたところでギブアップした。


 みつきは、第二飛行隊で飼っている犬の「マル」にこっそりあげようと、蒸しパンを与えてみたのだが──


(た、たべてくれない……)


 仕方なく、みつきは頑張って完食したのだが、しばらく胸焼けがおさまらなかった。



***



 三が日が平穏に過ぎた頃、第一飛行隊、第二飛行隊の搭乗員達は指揮所でさかんに「こっくりさん」をして出撃日の占いをしていた。


 出撃──彼らの言う出撃とは、ただの出撃ではない。


『神風特別攻撃隊』のことだ。



 話は十二月の初めまで遡る。

 十二月初旬のある日、三〇二空飛行隊長山田少佐が士官食堂に訪れた。

 

「我が海軍が、特攻作戦をしている事は周知の通りだ。我が国の興廃が、この特攻作戦に左右されると言っても過言ではない」


 山田少佐は辺りを見回しながら、

「特攻の志願者はそれぞれの分隊長に申し出よ」


 士官食堂は、シンとしていた。

 誰もがきっと動揺した事だろう──いや、動揺する者は一人もいなかった。櫻井、当麻、水地──誰もが皆、表情を変えずに聞いている。


 特攻作戦──それは、敵艦などに体当たりして攻撃を行う特別部隊で、神風特別攻撃隊の事である。


 陸海軍による特攻攻撃は、昭和十九年十月二十一日のレイテ沖海戦での出撃(※十月二十五日説もあり)を筆頭に、積極的に実施された。


 海軍では次々と航空艦隊が新編され、外地ではさかんに神風特別攻撃隊が編成・実施され、毎日のように新聞を賑わせていた。


 山田少佐が士官食堂で要員を募ったその日の夜には、櫻井や当麻、水地を含めた第一飛行隊、第二飛行隊の予備学生出身者は、ほぼ全員志願していた。


 これら特攻隊員の決定は、後に海軍省で審議がかけられ、結果が電報で三〇二空に届く予定であるのだが、一ヶ月経っても何の音沙汰もなく、志願していた搭乗員達の多くが痺れを切らしていた。



──そんなわけで、こっくりさんで特攻出撃日を占う事が大流行しているというわけだ。



「ロクに出撃もしてないし、早く俺にも活躍の舞台が欲しい。俺の特攻出撃はいつだ!?」


 そんな風にこっくりさんに問うたのは、零夜戦隊の櫻井の同期である須崎少尉だった。彼はなかなか零戦搭乗の機会が与えられずに今日までに至っており、不満をこぼしていた。


 一銭硬貨に人差し指を乗せ、数名の搭乗員とで「こっくりさんこっくりさん……」と呪文のように唱えると、やがて硬貨が動き出した。

 

「シ・ラ・ン──知らんだと!? 誰だ! ふざけた超ど低級霊を呼び出したのは! きさまだな、櫻井!」


 指揮所でのんびり、なんとも無しにこっくりさんの様子を見ていた櫻井は、突然須崎に名指しされ思わず飛び上がった。


「は!? なんで俺だよ」

「きさまの顔が気に喰わんからだ!」

「そりゃ、とんだいいがかりだろ!」


 櫻井は指揮所から逃げ出し、須崎が「まて、櫻井!」と、叫びながらそれを追う。ただの須崎の八つ当たりなのだが、櫻井にとってはたまったもんじゃない。


 須崎と櫻井が追いかけっこのように(彼らは本気である)基地内を走りまわる姿が、地上員や搭乗員の間で目撃された。


 第一飛行隊の指揮所の屋上に据え付けられた見張り台の椅子で、ストーブの火にあたりながら煙草を吸っていた森岡大尉と雷電隊のエースパイロット赤松少尉も、それを目撃していた。


「お、櫻井と須崎で地上追躡訓練か? 新年早々訓練に余念がないな、いいことだ」


 森岡大尉は感心したように言った。


「いや、あれ多分違うと思いますがね」





 

 神風特別攻撃隊──三〇二空では、要員募集をしたものの、小園安名司令によって取り消されていたという経緯がある。

 確かに、特攻より他にこの逼迫した状況を挽回する方法が無かったのは事実だった。

 しかしそれでも小園安名司令は特攻作戦を「外道の用法」だと非難し、首を縦に振る事は無く、最後まで三〇二空では神風特別攻撃隊は出さなかった。


 しかし他の実施部隊では、これから次々と神風特別攻撃隊が誕生していくことになる。

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