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皇國の英雄―それは、私が見た零戦パイロットの記憶―  作者: ケイ
昭和二十年、一番長い年が始まる
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みつきの年越しあずき

 みつきが下宿先に帰って間もなくの頃、櫻井、当麻の二人が紺色の軍服(第一種軍装)を身に纏って下宿先に帰ってきた。

 櫻井と当麻は翌三十一日の休暇が重なって、明日は休みなのだと言う。偶然にもみつきも明日は休暇で、下宿先に帰ってきていたところだ。


 二人共紺色の軍服がよく似合っている。

 櫻井は、白の軍服(第二種軍装)の時とまた違った雰囲気を出していた。儚げな顔立ちと少し長い黒髪が際立ち、高い身長がより高く見えた。

 紺という色が櫻井の目鼻立ちを際立たせ、少しとっつき難い印象さえ感じさせる。


 紺の軍服の当麻は、童顔に感じられた顔付きを年相応の男性へと変貌させていた。暗い焦げ茶色の瞳が一層引き立って、垂れた瞳に反してきりっとした印象をもたらしている。おっとりした印象の飛行服とは対照的である。



「今日は搭乗員の皆さんも結構飲みに出かけているみたいですけど、お二人は飲みに行かないんですか?」

 みつきは二人を居間に通しながら言った。


「櫻井はお察し。俺は、せっかく花がここにあるのにわざわざ飲みになんか行かないよ」

 なんて、当麻がクサいセリフを言う。


 昼間の水地といい当麻といい、今日はクサいセリフを言わなければいけない日なんだろうかとみつきは思わず疑ってしまった。

 なんだか違和感を覚えるが、みつきにとってこんな経験は片手で数えるほども無いので、まあ──気分は悪く無い。


「明日の年越しは、汁粉でも食べようかと思って」

 翌一日は普通に出勤なので早く寝なくてはならないというのに、年越しの計画に張り切っている。


 当麻は軍から買った小豆缶と餅を鞄から取り出した。餅はただの餅ではなく、餅の粉末だ。お湯をかけると餅になるというもので、日本の保存技術の凄さに驚く。


「実は俺も汁粉食べようと持ってきたところなんだけど」

 櫻井も小豆缶と餅を鞄から取り出し、思わず当麻と顔を見合わせた。流石お互い(櫻井は隠している)甘党だ。


「なあ、俺はみつきの作った汁粉が食べたい」

 当麻が子供のようにねだった。

「いいですよ。甘い年越しになりそうですね」

 

 会話を聞いていた櫻井が、怪訝に眉を顰めて

「おい。いつから名前で呼ぶ仲になったんだよ」

「知らなかったの? 随分前から。だよね、みつき」

 当麻はみつきをちらりと見て、自慢気ににやにやしている。

「不公平だな。みつき」

 櫻井が初めてみつきを名前で呼んで、みつきはどきりとした。


「おい、櫻井には名前で呼ぶ女がいっぱいいるだろ。サチエちゃんには返事書いたのかよ? 三通目だろ?」


 櫻井は本当によくラブレターを貰っている。昼間もベンチでラブレターを読んでいたが、婚約者騒動といいラブレターといい、この人ほど女の影がちらつく人はなかなかいないだろう。

 櫻井の紺の軍服姿を見ていれば、それも無理もないとみつきは思った。こうして頬杖をついて怠そうに当麻に返事をしている姿ですら、奪われた目が離れないというのに。


 そういえば、水地が読み上げたラブレターにも書いてあったような気がした。


──櫻井様の凛としたお顔つきとお姿が忘れられません


 世の女性達も、同じ気持ちになるのだと思った。


 婚約者については結婚間近と騒がれていたが、あれからどうなったのか、みつきの耳には入ってきていない。籍は入れてあるのかもしれないし、入れてないのかもしれない。


──どちらにせよ、婚約者は幸せ者だ。


(きっと、あんな時やこんな時の櫻井さんを見ているんだわ……!)

 ふと、いやらしい櫻井の姿を想像して、ぐるぐると嫉妬心が芽生えてきておかしくなりそうだった。考えただけでも気が狂いそうだ。



「みつき、どうした?」

 ハッと我にかえると、当麻が心配そうに覗き込んでいた。ちらりと櫻井を見れば、頬杖をついてじとっとした目つきでみつきを見ている。


──まるで、考えている事が筒抜けだったかのように。


 筒抜けということは無いのだが、

「今、俺の変な事考えていなかったか?」

じとっとした目付きで言う櫻井に、みつきはぎょっとした。


──ある程度はバレていたようだった。



 

***



 翌三十一日、下宿先では主人が御節料理作りに励んでいる。世は配給制、限られた食材であるが兵隊さんのため──と、主人は朝から張り切っていた。

 櫻井と当麻は、御節料理用に赤飯の缶詰やら鯨の缶詰やらを持ってきており、主人に大変喜ばれていた。


 午前八時過ぎ、当麻は紺の軍服に着替えていた。八王子の実家に顔を見せにいくのだと言う。


「みつきも来る? ……なんてね、誤解されちゃうか」

 誤解、とは恐らく結婚でもするのかと誤解されるかもしれないと言うことだろう。当麻はそんな冗談を言って笑った。

 櫻井はどこへ出かけるでもなく今日は家にいるらしい。


「櫻井も帰れよ」

 当麻が言うと、

「俺は実家に帰らない」

 興味がなさそうな様子で櫻井が答えた。


「だったらせめて手紙の返事でも出したらどう?」

「嫌だね、話はついてる」


 櫻井には実家に帰りたくない何か事情があるのか、頑なに拒んでいた。仕送りもしていたようなのだが、ここ二ヶ月ほどそれもしていないそうだ。


「俺には俺の考え、やり方があるんだよ」

 

 櫻井は不貞腐れたようにただそれだけ言った。



***




 深夜、日付も変わるという頃、みつきは台所で小豆を湯せんしてそれぞれの器に盛った。当麻が作ってとねだったわけだが、これは正直ただ盛り付けただけだった。

 盛り付けるだけだったとはいえ、二人共喜んでいるのでこれはこれでよしとした。



 餅を食べながら、三人で時計を見ていた。今日はラジオ放送も年越し放送をしており、小難しい戦争についての講演ではなく、年越しカウントダウンをしている。


 柔らかくなった餅を啜っていると

『新しい大日本の幕開けです』とラジオから流れて、時計を見ると日付けが超えていた。



「明けましておめでとう、今年も三〇二空戦闘機、爆撃機隊に栄光あれ! だな」

 櫻井と当麻が笑い合って、右手の拳をぶつけ合った。みつきはそれを黙って見ていた。



──昭和二十年、彼らのまだ知らない一番長い年が始まるのだった。

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