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彗星の事故は誰のせい

 葬儀が終わって間も無い午後二時四十五分、横須賀鎮守府は東管区に警戒警報を発令した。

 三〇二空では、第一種第二警戒配備、第二航空戦配備をとり、午後三時から月光隊、零夜戦隊、彗星夜戦隊、銀河隊が厚木基地を飛び立ったものの会敵できず、薄暮の頃には厚木基地に帰還した。


 そんな中、出撃した八機の彗星のうち一機が機首から煙を噴いて戻ってきた。


「おい! 彗星の様子がおかしいぞ!」


 誰かの叫び声が聞こえて、当麻と格納庫裏の休憩所にいたみつきが慌てて声のした方へ駆けつけると、指揮所の前で月光隊の偵察員が飛行場の北寄りを指さしていた。

 その指の方向を見ると、着陸した彗星からは真っ黒な煙が噴き上がり、その煙はエンジンから噴き上がっていた。


「おい! トラック出せ!」

「救急隊ー!」

 搭乗員達が叫びながら次々とトラックの荷台に乗っていく。


「行こう」

 当麻もそれに続きトラックの荷台に飛び乗った。

 みつきもそれに飛び乗り、急いで事故機に近づくと突然連続した爆発音が基地内に鳴り響いた。

 機首の機銃が燃えて、四方八方に暴発を始めたのだ。

 機銃が暴発する中、燃え盛る炎から這いずるようにして偵察員が出てきた。が、操縦員が出れずにまだ中でもがいている。

 四方八方に弾が爆発して近寄れず、搭乗員達は何もできずにトラックに身を隠すようにして様子を伺っていた。

 救急隊員が駆けつけたものの、彼らもまた何もできずに担架を担いだまま立ちつくしていた。


「助けなきゃ……!」

 みつきが事故機に駆け寄ろうとしたその時、

「みつき、行っちゃダメだ!」

 当麻がみつきの腕を掴んだ。

 散弾は未だ収まらず、下手に出ればこちらが被弾しかねない状況だ。そんな中をみつきは駆け寄ろうとしたのである。


 目の前で操縦員がようやく外におどり出た時には、服が炎に包まれていた。地面に転がりながら「熱い! 熱い!」と噎せ叫び、苦しんでいる。

 炎に包まれた操縦員を見るに堪えず、みつきは思わず目を伏せた。


 ようやく散弾が収まったところで操縦員を担架に乗せた頃には、酷い火傷で手に負えない状態になっていた。


 その後彼は医務室に担ぎ込まれたのだが、夜通し唸り続けた後に息を引き取る事となる。



***


 

 あの騒動の後、みつきは格納庫内の彗星の横で座り込んでいた。時は既に日付けが変わっていて、格納庫内の空気は氷のように冷たい。


「みつき」

 側を通りがかった当麻は、みつきの背中に声をかけた。きっと、今日の事について考え込んでいるのだろう──当麻にはすぐに察しがついた。


「今日は当直じゃないだろ、風邪引いちゃうから帰ろう」

 当麻がみつきを立たせようと腕を掴んだ時、みつきは下を俯いたまま

「あの事故、私のせいだったの」

と、今にも泣き出しそうな声で言った。


「燃料噴射装置の中の、スライジングブロックが折損していた。それで燃料がずっと噴射されている状態になって、大量にシリンダー内に入ったのが火災の原因。普通は壊れるはずのないような場所だから、油断してた」


 みつきは取り乱した様子で、

「だから! だからあの人を殺してしまったのは私なんだ! 私がもっと内部まで気を使っていれば──」

「落ち着け! みつき!」


 当麻がみつきの言葉を遮って声を荒げると、みつきはビクッと体を震わせた。


「そんな事を言ったら、ここの整備員は全員人殺しだ! 今までエンジン不調で何人死んできた? それを言い出したらキリがない。零戦だって雷電だって、全てが完全に整備できるわけじゃないだろ!?」


 当麻は項垂れているみつきの肩を揺さぶるが、みつきは何も言わなかった。


「女学生が作っているような粗悪な素材が素体じゃ、どんなに整備を徹底しても、部品を変えても、安全飛行なんて百パーセント無理だ。そんなの……誰だってわかってる。だから──」


 当麻は、みつきの体を抱きしめたくなる衝動を抑えて、俯いている頭をそっと撫でた。


「頼む……頼むから自分を責めるのだけはやめてくれ」


 

***



 十二月二十九日、三十日は横須賀鎮守府の東管区、中管区に警戒警報が五回も発令した。

 その都度月光一機が哨戒に向け発進していたが、他の部隊の出撃はなく、意外にも基地内は平和であった。


 みつきは未だに彗星の事故を引きずってはいたが、いつまでもくよくよしているわけにはいかない。


「ごめんね……」


 そう言って、事故死した操縦員の骨壷に手を合わせて、二度と同じ事故は起こさせないと誓うのが、犠牲になった操縦員へのせめてもの償いだと思った。


 三十日の昼過ぎ、三〇二空ではそれぞれの整備員達が暇を見つけて作った注連縄飾りを、格納庫内に飾り付けていた。

 年末に慌てて出すのは縁起が悪いが、戦局悪化の為出している余裕が無かったので致し方ない。


 零夜戦の整備員は格納庫内にある零戦のプロペラ三本全てに注連縄をくくりつけており、零戦を中心に蜘蛛の巣のように注連縄が飾られている。

 気をつけて歩かないと足に注連縄が引っかかり転倒、飾りの蜜柑が落ちてくるという事案が発生した。


 そんなわけで、格納庫入り口に『足下注意!』の張り紙を貼っていたのだが、早速トラップに引っかかった搭乗員第一号が現れた。


「うわっ、何だよこれ!」


 櫻井紀──三〇二空の零戦エースパイロット……である。


「何で足下にまで注連縄があるんだよ!」

「プロペラ全てにどうしても注連縄を巻きたかったものですから……」


 そんな櫻井と整備員のやりとりに、側で目撃してしまった零夜戦隊の整備員達は笑いを堪えるのに必死だ。

 エースパイロットともあろう人が、注意書きがあるにも関わらず、注連縄に引っかかって転けた挙句に蜜柑落としまで喰らっている事態を、冷静に見ていられるわけがない。

 いつも涼しい顔をして何でもこなす櫻井の意外な一面を見たと、目撃してしまった零夜戦搭乗員の下士官兵達もにやにやしていた。


「櫻井さん、どうしました!?」

 騒ぎを聞きつけて、みつきがやってきた。

 

「まさか、引っかかっちゃったんですか?」

「うるさい!」



 その後、みつきが指揮所前を通りかかると、指揮所の外のベンチでストーブにあたっている櫻井を見かけた。注連縄飾りにしていた蜜柑を食べながら何かを読んでいる。


「何読んでるんですか?」

 みつきが覗き込もうとすると、どこからか水地がやってきて

「ラ・ブ・レ・タ・ー」

と、櫻井の背後でにやにやしながら言った。この人は神出鬼没である。


「なんだよ水地!」

 櫻井は困った様子で水地を見ているが、否定しないあたりどうやらそのようだ。


「櫻井様のとても凛としたお顔つきと、お姿が忘れられません……ぶふふっ!」

 水地が背後からラブレターを読み上げた。その水地の頭を、

「おい! 読むな!」

と、櫻井が引っ叩いた。叩かれてもなお、水地は「いやー傑作傑作!」と、物凄く楽しんでいる。


「ふーん、婚約者がいるのにもてもてですね」

 みつきが嫌味ったらしく言ってみせるが、櫻井はラブレターを封筒にしまい込み、ポケットに入れるだけで何も言わなかった。


 水地がベンチに腰掛けながら、

「モテ男はいいねえ、次から次へと嫁候補が現れて──そうだ、みつきちゃん。俺と結婚しない?」

「寝言は寝てから言えよ。遊び人の水地なんてお断りだろ」

 みつきが何かを言う前に、代わりに櫻井が言った。


「あら、私まだ何も言ってませんけど? 別に私は水地さんのこといいと思うけど」

 櫻井は驚いた様子でみつきを見て

「へえ、泣かされてもいいんだ?」

と、訝しげに言う。


「ふん、櫻井さんの方がよっぽど女泣かせだと思いますけどねー?」

「俺が女泣かせ? 冗談じゃない、俺は泣かせないよ。浮気しないし」


 櫻井はなぜそんな事を言われているのか自覚がないようだ。自ら遊ぶより、自覚の無いモテ男の方がよっぽど女からしてみたら嫌なものだということを、モテる人は知らないのだろう。


「櫻井、残念だったなぁ。みつきちゃんは櫻井よりも俺がいいってよ」

 水地が嬉しそうにみつきの肩を抱き寄せると、櫻井は

「俺は認めない」

と、 不機嫌に眉を顰めているが、みつきは思いっきり舌を出した。

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