櫻井への訪問者、再び
再び三〇二空にお客さんが訪れたのは、ある日の警戒令が解けてすぐの事だった。高高度哨戒から帰還した櫻井に
「櫻井少尉、もうお着きになっています」と、従兵が小走りにやってきた。
「ああ」
櫻井は飛行帽を脱ぎ、マフラーを外しながら飛行場を後にする。その後ろ姿をみつきはじっと見ていた。
「例の婚約者だってよ」
「遂に結婚するのかなぁ」
零夜戦隊の下士官兵達が口々に噂しているのが聞こえて、胸が痛くなった。今度は家族を連れて面会に来ているようだ、とも噂で流れてきたから、今回こそは正式な面会なのだろう。
情けない事だが、零夜戦の整備に力が入らない。
何を話しているんだろう──そんな思いがぐるぐると頭を回って、集中できなかった。
櫻井が面会から戻ってきたのは、それから三十分後の事だった。戻ってきた櫻井の顔は至って普通、特に何も表情はないので一体どうなのか、心境は──等を汲み取る事は出来なかった。
「嫁さんとはどうだ? 順調かあ?」
早速、水地を始めとする零夜戦隊の同期にからかわれていたりしていたが「さあね」と、シラを切っていた。
そんな彼らを見て、みつきは一層の事全て知ってしまえたらどんなに楽かと思った。そうすれば諦めもつくのだから、と。
結局櫻井は「別に、普通」──なんて言って何も話さないものだから、隊員たちは「勿体振ってる」「黙秘を美徳としているんだ」と、不満げな様子だった。
そんな中、水地は空気も読まず
「残念だなぁ、もう曙町に一緒に女買いにいけなくて」
と、大袈裟に悲しんでいた。
「……貴様と買いに行った覚えはないのだが」
曙町……横浜曙町の慰安所のこと
***
連日出ていた警報が無い日があった。そんな日は、指揮所でゴロゴロしているか、勉強しているか──まあ、だいたいはぶらぶらしているのだが、今日は地面にラインを引いて、何やらゲームをしようと意気込んでいる。
急遽、第二飛行隊ドッジボール大会なんてものが始まった。
もちろんみつきは見ているだけだったのだが「日頃の鬱憤晴らし」ということで、外野で内野を当てまくるという役に回った。
というわけで、みつきは張り切ってボールを当てまくる事となり、その集中砲火の標的になったのは言うまでもなく──
「何で俺ばっか狙うんだよ!」
櫻井だった。
みつきの運動神経では絶対当てられないのは自分でもわかっているが、例の婚約者の事でむしゃくしゃしていて
「日頃の鬱憤晴らし!」
と、これでもかと言うほど櫻井に思いっきり投げつけた。
「櫻井、嫌われちゃったなぁ?」
敵陣にいた当麻がにやにやして言うと、ボールを受け止めた櫻井が
「余計なお世話だ!」
とボールを勢い良く投げると、ビュン!と空気を凪ぐ鈍い音を立て、当麻の横っ腹に命中した。
「油断したな」
してやったり、と言わんばかりの笑顔である。
「やったな。覚悟しろよ、櫻井」
そう言って外野に回った当麻がみつきと組み、櫻井へ集中砲火を浴びせて櫻井をアウトに追いやったのは、その後間も無くの事だった。