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休み無し!月月火水木金金

 哨戒令は連日連夜続いている。休みは殆ど無くなり、何かの歌にあるように「月月火水木金金」状態である。


 今日も全機警戒配備を取りF-13偵察機邀撃令が下った。同時に空襲警報も発令し、三〇二空は緊迫した空気に包まれている。


 秋だというのに汗を流して彗星を整備しているみつきに

「無理するなよ」

 そう気遣ったのは、当麻だった。この人はいつでも優しい。当麻の垂れ気味の少し暗い茶の瞳が揺れ、少しどきりとした。

「ありがとう」

 みつきがそう言って微笑むと、当麻は安心した様子で微笑み返した。


 今日から本格的に彗星も高高度哨戒に参戦する。

 当麻は久々の搭乗に逸る気持ちを抑えながらマフラーを巻いた。


 彗星は哨戒に出たものの、夕方になると各警報は解除された。F-13は高度一万二千メートルを飛び、我が日本海軍では高高度性能不良で邀撃は不可能だったという背景がある。



***



 警報が解除されてから、当麻が格納庫の屋根に一人登って照準器を覗いている。何をやっているんだろう、そう思ってみつきが格納庫下に近づくと

「ドォーーン! 命中!」

 当麻が、見上げるみつきを楽しそうに指差した。


「なにやってるんですかあ!?」

 みつきが地上から声をかけた。

「爆弾投下時期把握の練習だよ」 



 零夜戦を除く第二飛行隊の主兵装は、機銃ではなく空対空の「三号爆弾」と呼ばれるものだった。

 当麻の搭乗機には、夜間戦闘・対爆撃機用の斜銃がついているが弾数も少ない上に重く、扱いづらい物だった。

 また、斜銃は全機に搭載されていたわけではないため、未搭載の彗星や銀河の艦爆機隊員は三号爆弾投下の錬成に力を入れる事となる。


 この三号爆弾は、千メートル前後の高度差で敵の未来位置上で投下し、敵編隊の上で時限信管が作動し炸裂、弾子の縄を被せるというもの。

 これにはとにかく問題があった。命中率が低い──この一言に尽きた。

 兎にも角にも敵編隊との距離と高度差を、瞬時に正確に目視で掴まなければならないのである。


 当麻は格納庫の屋根から梯子で途中まで降りると、そこから勢い良く飛び降りた。


「俺、投弾は得意だから」


 言葉通り、当麻はその後行われた江ノ島海岸の空中投弾訓練で抜群の才能を発揮し三号爆弾の投下を目測のみで成功させてしまうのだが、当麻は

「三号爆弾は当たれば威力は凄いけど、あれは現実的じゃないね」

 と、訓練ながら苦戦した様子だった。



***



 十一月中旬の頃、みつきは相変わらず下宿先に帰る暇もなく官舎に寝泊まりしており、今夜も帰らず夜まで作業をしていた。

 ひと段落ついて、みつきが格納庫の端で座って休憩していると、目の前にいきなりパイナップル缶が現れた。

 驚いて見上げると、当麻が

「パイナップル、食べる?」

と、上からこちらを覗き込んでいた。


「いいの?」

「その為に持ってきたんだよ」

 そう言って、当麻はみつきの隣に座った。

 ガリガリと缶切りでパイナップル缶を開けながら

「俺のペアの水杜知ってるだろ? 結婚するんだよ」と、切り出した。

「へえ! おめでたいですね」

 みつきは素直に喜んだのだが、当麻は不満げな顔をしていた。

「先に越されちゃったよ、くそ」

と、当麻は缶切りに力を込める。


「どんな嫁さんだか知らないけど、あーあ。俺も嫁さん欲しいよ」

 当麻は手を止め楊枝をポケットから取り出し、それをパイナップルに刺してみつきに手渡した。


「当麻さんは婚約者はいないんですか?」

「いたら今頃毎日面会があっただろうね」

 当麻は自虐的に笑いながら

「おかしいなぁ、海軍士官って凄いモテるって聞いたんだけどなぁ」

 なんて言いながら、頭を傾げてパイナップルを頬張った。


「みつきはいないの?」

「えっ?」

「婚約者」

 そんな事を言われて

「別にいませんよ」

と、不機嫌に言ってみせた。


「櫻井さんはいる……みたいですけど」


「まあ──あいつはモテるからねぇ」

 櫻井の婚約者の事を知ってか知らずか、当麻は動じる様子もなく溜息をつきながら言った。いて当然、とでも言う風に。いや、それとも然程興味が無いのだろうか──どちらとも取れるような反応だった。


「予備学生の頃、櫻井はよく道端なんかで手紙を渡されていたりして、いいなぁなんて思ったよ。俺は一回しか無かったんだけど」

 みつきは櫻井と横浜に行ったあの日、白の軍服を着た櫻井にたくさんの視線が注がれていたのを思い出して、彼ならそうなるだろうなあ、と思った。


「でも、一回でもあれば十分モテてると思うけどな」

「その子と続けば、ね」

 当麻は諦めたような様子で言った。

「当時茨城の航空基地にいたんだけど、俺は厚木に配属になって遠距離になっちゃったし──その間に彼女は別に結婚が決まっちゃって、残念ながら続かなかったよ」


「まあ、もういいんだけどね」と続けて言った後、再びパイナップルを頬張った。


「でも当麻さんならすぐ出来ますって、彼女」

 当麻の白の軍服姿を見た事はまだないが、この可愛らしい顔も別人のように凛々しく映る気がする。


「ふん、無責任に言ってくれるねぇ」


 当麻は困ったように笑って

「俺は──」

と言いかけたが、続きは言わなかった。

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