F-13偵察機、日本へ 二
十一月一日夜半からは三浦半島上空夜間哨戒令が下り、第二飛行隊の月光隊二機と櫻井の零夜戦一機が哨戒に回り、その日は徹夜で哨戒に回る。
この時、三〇二空では問題が二つ浮上していた。まず一つはF-13偵察機の高度だった。
櫻井が目測した通り、F-13は高度一万メートル以上を飛行していた。だが首都防空を行う三〇二空では対機動部隊夜襲を想定しており、高度一万メートルでの戦闘は想定されていなかった。
特に月光隊や彗星夜戦隊、銀河隊には無縁だった。
何故ならB-29のような爆撃機というのは、爆弾を当てにくい高高度で飛来するはずがないからだ。
しかし、それを覆す出来事がF-13の飛来によってもたらされたのである。
二つ目の問題はレーダーだ。
警戒用レーダーが設置されていたはずなのに、どれも想定外の高高度で飛んできた為か、全く探知されなかったという点だ。
一万メートルでくるなら、こちらも一万メートルで挑まなければならない。零戦は一万メートルまで約四十分強、雷電は二十五分、月光は約五十分もかかる。
レーダーがあてにならない以上、あらかじめ戦闘機を哨戒させておかなければ間に合わないのだ。
殆どの搭乗員は訓練でも大抵七千メートルくらいまでしか飛んだ事はないのだから、搭乗割に名前を書かれた者は未知の一万メートルに挑むことになるのだった。
***
十一月二日朝七時には高高度(一万メートル)昼間哨戒令が下り、零夜戦隊、雷電隊、零戦隊、月光隊が哨戒に回ることとなり、高高度哨戒はその後連日連夜続き零夜戦はフル稼働していた。
みつきも寝不足を感じながらも、零夜戦の整備に没頭していた。彗星夜戦隊も本格的に邀撃戦準備に取り掛かり、そちらも整備に余念がなかった。
幸いにも田万川が彗星を整備していてくれていた為、零夜戦と彗星を行き来しているみつきは多いに助けられた。
ただ、問題は部品自体が一万メートルに耐え得る程精密ではないため、こちらもまた作り直さねばならず工廠に発注することになる。
翌十一月五日、陸軍第二十二戦隊・第二監視艇隊・丙直哨戒隊が、北上するF-13偵察機を発見し、それに伴い横須賀鎮守府は警戒警報を発令。零夜戦隊と雷電隊が発動する事になった。
櫻井は、やはり搭乗割に名前が書かれており、連日の出撃に疲労を感じてか、眠い目を擦りながら二枚のマフラーを何重にも巻いて寒さ対策をしていた。
一枚は薄ピンクのマフラーで、遠目でそれを見ていたみつきには、それが婚約者から貰ったものなのだろうと察しがついていた。
(私は、櫻井さんの任務遂行をお手伝いするのみ)
ぐっと痛くなる胸を堪えて飛行前点検を行いながら、みつきは操縦席に顔を出した。
「櫻井さん、零夜戦は準備万端です。一万メートルでも耐えられるように日々整備していますから安心して下さい」
と言うと、櫻井は
「ああ、ありがとう」
と言った。
そして櫻井はみつきの手を引き寄せ、
「無理はするなよ」
と、胸が締め付けられるような笑顔をして飴玉をみつきの手のひらに乗せたのだった。
「今日の加給食の中にあったやつで悪いけど。整備員こそ糖を摂れよ? 大事なエネルギー源だからな」
あまりの突然の事でみつきがキョトンとしていると、櫻井が
「見つかるとうるさいから今食べろ!」
と、手袋を脱いでみつきの手のひらに乗せた飴玉を取って、みつきの口の中に強引に入れた。
砂糖をそのまま固めたような味が口の中に広がった。
「あ、ありがとうございます……」
みつきはまだ状況についていけずにいたが、飴玉を頬に含ませながら言った。
(飴玉、もらっちゃった……)
女の人がいるくせに、こうして気遣ってお菓子をくれたり、優しそうな笑顔で見てくる櫻井を、なんだかずるいと思った。
(きっと誰にでも優しいんだろうなぁ)
それでもこの人なら、全てが許される。