F-13偵察機、日本へ 一
昭和十九年十一月一日、この日は下士官、兵及び准士官、特務士官の進級式だった。巻雲がたなびく秋晴れの澄んだ青空の中、衣替えをした紺色の軍服(第一種軍装)を身に纏った地上員、搭乗員が進級申し渡しの式が始まるのを庁舎の前で整列して待っている。
横須賀鎮守府内の庁舎から小園安名司令がやってきて、台上で訓辞を読み上げるのだ。
進級式に関係の無いみつきも庁舎の前で整列して訓辞を聞いていたが、ふと何気なく空を見ると糸のような飛行機雲が澄んだ青空に一筋流れていた。
(高いな、あの飛行機は何だろう。旅客機……エアバス? ボーイング? あれ、旅客機なんて今の時代あったかな──)
そんな事を思っていると、「ウォーン」と不吉なサイレンが基地内に鳴り響いた。
皆が一斉に空を見上げると、「おい、あそこだ!」と誰かが叫んだ。
「B-29だ!」
旅客機ではないが、ボーイングなのは当たりだ。
*
訓辞を読み上げていた小園は、訓辞を取り下げすぐに出撃命令を下した。搭乗員達は三百メートル先の官舎へ全速力で走り、軍服から飛行服へ着替え、再び全力疾走である。
とにかく誰のものでよいから手近の機に飛び乗り、エンジンを発動させた。
飛行服へ着替えた櫻井が
「早くクランク棒を! イナーシャまわせ!」
と、大声を上げている。
軍服姿のままの整備員が、急いでクランク棒を差し込み、イナーシャを回した。
櫻井が手近の機に飛び乗ると、隣の機に乗り込んでいた荒木が
「櫻井、二番機になれ」
と声を上げた。
これは二人で編隊を組むという事だ。
「了解!」
櫻井は荒木に聞こえるように返事をした後、両手を大きく広げてチョーク外せの合図をした。照準器のスイッチを入れ、スロットルレバーと操縦桿を握り、分隊長の荒木が滑走路に向かった事を確認すると、自身も滑走路へ向かい舞い上がった。
少し遅れて当麻・水杜ペアの彗星も飛び上がって行った。
次々と空気を震えさせ飛び上がっていく機影を見ながら、みつきは初めて戦争をしているんだと実感した。
***
「こりゃ駄目だ」
米粒のように小さくなった敵機を見て、荒木は二番機の櫻井に手話で「帰還する」の合図を送った。
高度八千メートルまで上昇したが、敵機はそれより遥かに上を飛んでおり、更にスピードも上回っていた。
櫻井は銀色にキラリと光る機影を目を細めながら
(高度一万メートル以上を飛んでいるな)
と思った。
厳密にはB-29ではなくF-13偵察機(B-29改造機)であることも瞬時に察した。
(あれなら、きっともっと飛べる──零戦よりも)
一万メートルを飛ぶのが精一杯な零戦に対して、敵機はそれよりも上を悠に飛べるだろうと察した。
櫻井は「帰還了解」の合図を送り、荒木に合わせて高度を下げた。
当麻・水杜ペアも当然追いつけるはずもなく、基地に帰還する事になる。
櫻井、荒木の二人は、帰還した後再び哨戒に発進する事となるが、警報が解除された午後四時過ぎに帰還した。
この頃から毎日のように警戒警報が発令し、三〇二空は哨戒に出る事になる。