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はぐれた仲間を誘導して

 十月に入り、三〇二空を含んだ横須賀鎮守府エリアでの、大規模防空戦闘総合訓練が行われた。三〇二空の編成は以下の通りとなっている。


 編成

  第一飛行隊:雷電隊

        零戦隊


  第二飛行隊:月光隊

        零夜戦隊(櫻井分隊士として所属)

        彗星夜戦隊(当麻分隊士として所属)

        銀河隊


 現在みつきが整備した第二飛行隊、零夜戦及び彗星夜戦の可動率は三〇二空史上最大の可動率になっているが、第一飛行隊である雷電隊の可動率は四十五機中たった十四機しか可動しておらず、訓練は第二飛行隊がメインを張って行われた。


 櫻井は零夜戦の訓練で相変わらず涼しい顔をして曳航機の吹き流しの的を撃ち落とすなどをしており、『変人』ぶりを発揮していた。


 吹き流しの的を回収する下士官にはたまったもんじゃない。

「櫻井分隊士勘弁してくださいよぉ」なんて、磐城上飛曹の嘆く声が聞こえてきそうだった。


 一方、彗星夜戦隊の当麻ペアは東京湾で急降下爆撃演習、斜銃の射撃訓練を難なくこなし、無事に訓練を終了し帰還した。


 そんな中、訓練からなかなか帰還しない零夜戦がいた。先程帰還した櫻井以下三名で組んでいたが、編隊飛行中悪天候に巻き込まれた際に逸れたまま行方不明になっている。

 訓練開始時から考えると、燃料はギリギリといったところだ。

 零夜戦隊では緊迫した空気が流れていた。分隊長の荒木と分隊士の櫻井が、地図を広げ電信機の前で不明の零戦から連絡が入るのを待っている。

 零夜戦隊の連中や彗星の連中が櫻井を囲んでじっとそれを見ていて、みつきもそれに加わった。


 するとしばらくして僅かに雑音混じりの電信が入った。

 トツーという、所謂モールス信号というやつで、みつきにはさっぱりわからないものであったが、櫻井が言うには機位を失っているという電信だそうで、それに櫻井は電信で応じた。


「クルシー(無線帰投装置)は?」

「故障していて動きません」


 その場に集まっていた搭乗員の眉が一瞬潜められた。クルシー無線帰投装置とは、機位を失った際に母艦(又は陸上基地)から発される電波を、零戦に取り付けられたループアンテナを回転させ発信源の方位を特定するものだ。

 洋上飛行をする艦上戦闘機の基本艤装で、母艦に帰る際に良く使われていたのであるが──こうして故障してしまっていると、いよいよ機位を特定する事が難しくなる。


 しかし櫻井は少し考えた後、地図を見ながら電鍵を打った。


「今何度で飛んでいる?」

「三十五度です」

「速度、高度は?」

「速度二〇〇、高度三〇〇〇です」

「誘導する、三十五度を維持して指示を待て」


 そう電信を打った後、櫻井は航法計算盤で計算し始めた。


「櫻井、こんな情報で誘導できるのか? せめて目印(ランドマーク)がないと無理だぞ」


 荒木が心配そうに言う。


「問題ありません。私の使っていた航路図さえあれば、計算で誘導できますから」


 荒木は眉を上げ

「相変わらずなやつだなぁ」

と、呟いた。


 何の目印もない上に少ない情報で他人の位置を割り出し、誘導する事は非常に困難を極める。

 しかし、櫻井にとってはそれだけで十分な情報量だった。


 みつきは心配そうにそれを見ていたが

「櫻井ならできるよ」

と、隣で見ていた当麻がみつきを励ますように言った。

 そして向かい側で見ていた磐城もそれに頷いた。


 櫻井は自分の使っていた航路図を参考にしながら予想される風速を書き込み、サラサラと地図に航路を書いていく。


 そして一息ついて

「なるほど。だいぶ風に流されてるな」

と、ため息をついた。


「櫻井の計算からすれば、恐らく今この辺りだろうね」

 さすが偵察員、一緒にみていた当麻が御蔵島から南へ離れた洋上を指差した。逆算して、はぐれたのは千葉の勝浦沖──といったところだ。


 櫻井は淡々と海図を指でなぞりながら

「あの時、急な天候不良で雲量が増し、視界不良となった。お互いの機位を見失う程ではなかったが、ここで夜戦隊の要である計器飛行が出来ないと確実にはぐれる。その上風向きが南南東、風速が十五メートル前後まで上がったと俺は予測、変針して航路図に書き込んでいるから、このあたりで逸れたとするなら──ここを見誤ると、とんでもない方向に行くからどうやっても合流できない」

と言う。


 みつきには何を言っているのかさっぱりわからなかったが、当麻は

「確かに、櫻井の言う通りだとしたら確実にはぐれる。春日井が夜間飛行に慣れていないなら尚更迷子になっちゃうかもね」

と言った。


「はぐれてしまったらどうするんですか? 最悪、帰って来れないって事ですか?」

と、みつきが訊くと

「まあ、そうなるね……。クルシーが故障していなければこちらで長波を発信して、ある程度機位を特定できるようにしてあげられるんだけど。でも故障している上に遥か離れた洋上……となると、自力で帰るしかないね」

と、当麻が困った表情をして言った。


 櫻井は黙って

「左旋回で七十五度、高度五〇〇〇まで上昇せよ」

と、電信を打つ。


「今、櫻井は旋回して高度を五〇〇〇メートルまで上げろって指示をした」

と、当麻がみつきに親切に教える。


「高度を上げてどうするんです?」

「燃料を出来るだけ節約する為だよ。空気抵抗が減って、燃費が良くなるだろ? 櫻井の計算が正しければ、燃料は恐らくギリギリだろうからね」

 櫻井の代わりに当麻が答えた。あまりにも未知の世界過ぎて、みつきは思わず

「ああ、その為の高度なんですね。はあ、色々と櫻井さんて凄い」

とため息混じりで呟くと、

「そうか? 計算すればわかるだろ」

 お得意の涼しい顔で、櫻井は答えた。


「いやいやいや、櫻井だけだ」

 腕を組んで柱に寄りかかっていた水地が、呆れたように言った。



***



 そして約四十分が過ぎた頃、飛行場上空に一機の零戦が戻ってきた。


「燃料もめっちゃギリギリで、帰れないかと思いました」

 泣き出しそうな顔で言うのは、先程迷子になった春日井碧かすがいみどり一飛曹だ。


「よく帰ってきた!」

 帰還した春日井に、零夜戦隊のメンバーが次々と抱きついていく。櫻井も春日井の帰還を喜んだ。


「櫻井分隊士、ありがとうございます。誘導してもらえなかったら不時着して今頃(フカ)に食われてました」


 櫻井は春日井を

「本当に世話が焼けるやつだ」

と小突いた。


 春日井の帰還を以って、防空戦闘総合訓練は終了したのだった。

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