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ゆうれいといっしょ  作者: 海牛トロロ(烏川さいか)
第二章 ゆうれいといっしょ 2
14/14

第八話 「ゆうれいのいない日」 ③

 ◇5



 カコリ、カコリ、という快い木の音。下駄がコンクリートを踏む音だ。

 それは、浴衣を着ている沖野の足音である。白地に桃色の花や、その香りをイメージしたような模様が染められた浴衣は、彼女の美しさや可愛らしさ、また清楚さといったものを数十倍にまで引き上げていた。

 服に合わせてか、ブラウンの髪は右側に一つにまとめて流している。そのちょっとした変化が新鮮味を与え、まるで初対面の美人と歩いているような落ち着きのなさを覚えた。

 今は、夜が近い夕方といった時間である。したがって、辺りにはちらほらと火の玉が浮かんでいるのが見える。ヒマリがいなくなってからというもの、否が応でも火の玉には慣れなくてはいけなかった。そのため前ほどは怖がることもなくなったが、怖いものは怖い。ふわっと寄って来られたら鳥肌が立つ。それでも、そんな火の玉が気にならなくなってしまうほど、沖野の姿は輝かしかった。

 ちなみに俺も今は、浴衣を着ている。浴衣なんか用意してなかった俺のために、清隆がボストンバッグに入れて持ってきていたのだ。彼のバッグが今日は一段と膨れているから何だと思ったが、それは俺たち三人分の着替えを入れてきたからだったらしい。次々と服が出てくる彼のバッグは、まるで四次元ポケットのようだった。

「ごめんね、川島くん。今日はいっぱい振り回しちゃって」

 唐突に開かれた沖野の唇にびっくりしつつ、頭の中で今言われたことを反芻して、何と言ったらよいかを考える。

 恐らく沖野は、今日約束もせずに俺の家へ押しかけてきたことや、こうして夏祭りへ連れ出したことを謝っているのだろう。

「あ……っと。いや、沖野が謝ることじゃないよ」

 主犯は清隆に違いない。脈絡のない行動に関しては、あいつが思いつきそうなことである。

 俺は、少し先を近所の小学生たちとわいわいやりながら歩く清隆の背中に目を向けた。意外にもあいつも浴衣をちゃんと着こなしていた。むしろ短い髪のせいで、昔の人のようにも見えるくらいある。彼の子どもっぽさとか無邪気さに、自然と疲れた笑みが出てきた。

 だが、沖野は一つ間違っていることがあった。彼女や清隆は、謝る必要なんてまったくないのである。

「むしろ、今日のことは感謝しているんだ」

 二人が今日俺にしてくれたことは、近頃の俺を心配してのことだろう。俺を楽しませようとしてくれていたに違いない。でなければ、こうも俺は楽しいとは思わなかったはずだ。

「差し詰め、俺のこと元気づけようとしてくれたんだろ?」

「それは、その……うん」

 沖野は明かしてしまおうかどうか迷いつつも首肯していた。

 俺はそんな彼女に素直な気持ちを伝える。

「ありがとう、すごく元気が出た」

「ほんとに? 迷惑じゃなった?」

「ああ。本当だ」

「それならよかったぁ」

 沖野は安心したように胸を撫で下ろしていた。そのちょっとした仕草にも、胸がドキッとしてしまう。彼女から漂ってくる甘い香りは、俺の心を掻き乱しにかかってきた。

 こんないい子といっしょに歩けているという幸せに、俺は夢心地になった。

「おーい、二人とも~!」

 しかし、夢はいつか覚めるもの。心地のいい時間は終わりだ。

 俺たちは清隆に呼ばれて気が付いた。

 祭りの会場となる神社まで到着していたのである。

 小学生たちにまとわりつかれた清隆が、目の前に立って二カッと歯を出して笑った。

「さあ、祭りを楽しもうぜ!」


 それからは、次から次へと映像が流れた。

 金魚掬いに射的、焼きそば屋や綿あめ。さまざまな夜店がメリーゴーランドのように俺の目の中を回転していた。

 小学生や清隆は元気だった。たくさんある夜店を端から回っては、すべてにおいて何かしらアクションを起こしていた。俺くらいの歳になると、一つ一つに触れている余裕なんてない。取捨選択が必要である。

 その活力には敵わず、いつの間にか俺は清隆たちからはぐれてしまっていた。隣にいるとばかり思っていた沖野の姿も、そこにはない。

 人ごみの海に浮かぶ孤島のように、俺は独りになってしまったのである。

「やってしまった……」

 これは、俺だけ迷子になってしまったという状況だろう。まさか、大学生にもなって迷子になるとは思ってもみなかった。

「とりあえず、広場を目指すか……」

 独りごちて、中央で盆踊りをする広場の方へと足を進めた――

「ん?」

――その先には、見知った顔があった。

 屋台の光を受けて、真珠のように輝く肌。暗闇の空よりも黒い髪。雪解け水のように澄んだ瞳。神様が美しいものを集めてきて作られたような少女だ。

「あら?」

 向こうもこっちに気付いたようで、俺の方へと歩いてきた。

 いつも白いワンピース姿のイメージがあったが、今は紺色を基調にして花火のような模様が描かれた着物を着ている。髪も後ろに一つにまとめて団子にしていた。それが彼女の秘めている大人っぽい雰囲気を一層高め、より魅力的に見せていた。

「偶然だな、優麗」

 そう、その少女とは、常盤優麗。三週間だけ俺の家で、家族として過ごした少女である。

 彼女とは今日、ここで会うなどと言う約束はしていない。そもそも、俺は清隆たちに連れられて来たのだから、約束なんて取りようもなかった。だからこれは、どう考えても偶然の再開だったのだ。

「光輝じゃない。偶然ね」

 優麗は俺の両脇や背後を覗き込んでから怪訝そうな目を向けて訊いてきた。

「独りで来たの?」

「いや、清隆と沖野もいっしょだった……んだが、どうやらあいつらは迷子になったようだ」

「どう考えても迷子はそっちでしょ……」

 呆れ顔でそう言う優麗に、俺も同じ質問を投げかけた。

「お前こそ、独りで来たのか?」

「歩がいっしょよ。もっとも、今はあの人も迷子だけど」

 さしづめ米倉さんのことだから、明かりに寄せられる蛾のごとく、夜店の食べ物へと釣られて行ったのだろう。この場合、迷子がどちらになるか分からないが、一般的に考えて子どもの方が迷子と称されると思う。

 俺は優麗に仕返しをするように呆れ顔で言う。

「迷子はお前の方だろ」

「え?」

 辺りの喧騒が耳栓の役割をしたのか、優麗は俺の言葉が聞こえなかったように聞き返してきた。

今度は若干怒鳴るような勢いで言う。

「迷子はお前の方だろっ」

 優麗はそれを聞いて、ムスッとした。しかし、反論の言葉が思いつかなかったのか、一つため息を吐いて苦笑いを浮かべた。

「ここじゃ話しづらいわね。少し場所を変えましょ」

俺たち迷子の二人組は、落ち着いて話ができる静かな場所を求めてまた迷うことにした。


 俺が人ごみの中に開拓した道を、優麗が後ろからかき分けて行く。

 夜店が並ぶ狭い通りは、人の濁流だった。呼吸をするのも難しい。飲み込まれてしまえば、どこへ流れ着くか分からない。半身を取って足を踏ん張り、バランスを保たなければ沈んでしまう。

 こんなところを女の子一人で歩くのは不可能だろう。

まったく、米倉さんめ。ちゃんと優麗を見ていなくては駄目じゃないか。

 心の中で糾弾していると、耳の後ろから喧騒に消え入りそうな高い声が聞こえた。

「み、光輝!」

 振り返ると、優麗が人の波に流されそうになっているところだった。苦しそうな顔をして必死に抵抗を試みる優麗だが、小柄な少女の力ではどうしようもないようだ。

「優麗!」

 俺は、紺色の浴衣の袖から覗く白くて細い手を掴み、一気に引き寄せた。勢い余って優麗は俺の胸へと入ってしまった。その距離が嫌だったのか優麗は急いで一歩下がる。

 しかし、優麗の左手は俺の右手の中にある。この手が繋がっている限り、この濁流の中でもはぐれることはない。危うく米倉さんと同じ轍を踏むところだったが、これで大丈夫だ。

 どういうわけか優麗はジト目を向けてきた。

「……さりげなくセクハラ? やっぱり光輝はロリコンだったのね」

「手、離したほうがいいか?」

「このままで、いいけど……」

 優麗は頬を赤く染めてぼそっと呟いた。

 本当に、こいつは素直じゃないな。はぐれるのが怖いのならそう言えばいいのに。

「そうか、じゃあ、手を離すなよ。はぐれたら大変だ」

 そう言って俺は、再度人の流れをかき分けて行った。優麗の手をしっかりと握って。

 五十メートル移動したくらいのところに、神社の境内へと上る石造りの階段があった。境内の方へは屋台も何もないらしく、暗くて静かな場所へと繋がっているようだ。ちょうどいいと思い、俺はその階段へと舵を取った。

 階段の両脇は鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々に囲まれ、空もその葉や枝で覆われている。数段置きに灯篭が設置されているが、その光は闇を振り払うには心もとないものだ。逃げ道なんて存在しない。上と下を結ぶだけの、暗闇のトンネルである。まるで、幽霊でも出そうな雰囲気だ。

 だが、幽霊はいない。火の玉すらない。どうしてだろうと考え、すぐに答えに行き着いた。そういえば、家や建物には魔除けや風水の関係で普通の幽霊は入れないという話だった。神社も、同じ原理で幽霊がいないのだろう。

「ちょっと光輝……どこに連れて行こうとしてるの……?」

 暗くて見えづらいが、優麗が不安そうな面持ちで訊ねてきているようだった。心なしか、彼女の足取りは重い。独りで夜に墓に行くようなやつが一体何を怖がっているのだろう。

「何を心配してるんだ? 俺が付いてるから大丈夫だぞ?」

「……それだからでしょ、バカ……」

「え?」

「何でもないっ!」

 優麗はイラついたようにずんずん先へ行ってしまった。逆に俺が引っ張られる構図になる。

 わけが分からない。何が言いたかったのだろう。

 ……いや、考えても仕方ない。この年頃の女の子は複雑だからな。きっとデリカシーがどうのの話になるのだろう。俺はそういう話が苦手だ。

 俺は分かりづらい女の子の心の内を読み取ろうと、彼女の後姿を盗み見た。

 浴衣では階段が昇りにくいのか、一段一段跳ねるように登っている。そのたびに後ろに結った髪がぴょんぴょんと踊っていて、なんとも可愛らしかった。

可愛らしかったのだが、俺はその踊る髪から誰かを思い出し、心の中に冷たい風が吹いたような気分になった。

 本当に、冷たい風だった。

 最上段に上がると、そこには神社の境内が広がっていた。一般的な規模の社堂がそびえ立ち、その賽銭箱のところには電球が取り付けられていて明るかった。それ以外にはこれといって光源はない。祭りの明かりも届かないらしく、とにかく薄暗かった。

 それだけに、案の定と言うべきか、静かで暗い境内は、何組かのカップルたちで賑わっていた。おかげで、ここに辿り着くまでの怪しげな雰囲気はどこへやら、桃色の空気が漂っていた。

「……うぅ」

 優麗が耳まで真っ赤になって一歩退いた姿勢になった。今にも逃げ出してしまいそうだ。

「どうする。場所変えるか?」

 訊ねると、優麗は平静を装って答える。

「そ、そうねっ。もう少し奥まで行ってみましょう」

 この場の甘い空気に動揺していることは見え見えだったが、それを指摘すると騒がしくなりそうだったので、気付かないふりをして訊いた。

「奥でいいのか?」

「え、ええ、奥に行きましょう」

 優麗の希望ならば仕方ない。彼女の言う通り奥へと進むとしよう。

 俺たちは神社の左側に回り込むようにして境内を進んだ。すると、さっそく薮の向こうから男女の色っぽい声が聞こえ始めた。

「え、ここでするの?」

「大丈夫だよ、誰も来ないから」

「でもぉ」

「いいじゃんか」

 うん。これは教育上、誠によくないな。

 俺は即座に、顔から火が出そうなほど真っ赤になった優麗の耳を塞いで、もっと奥の方へと彼女を引きずって行った。

 木々がなく、少し開けた場所へ来ると、俺たちは安心したように息を吐いた。ここならば開放的であるため、カップルが来ることもないはずだ。

 頭から湯気が出そうなほど赤面していた優麗だったが、ここに来て落ち着いたみたいである。ついさっきまで恥じらいでいっぱいだった彼女だが、今度は憤りが混じってきたようだ。

「な、なによあれ! ここでするって何をよ! ここはホテルじゃないのよ!」

「することが何か分かってるじゃないか」

 指摘された優麗は、また顔を茹でたタコのように染めた。まったく、照れたり怒ったり忙しいやつである。

「ば、ばか!」

そのまま、袖を振って俺のことをバシバシ叩いてきた。地味に痛い。

「ああ、すまん!」

 謝ってなだめること五分少々。ようやく落ち着いてくれたところで話を促す。

「それで、お前は何を話したかったんだ?」

「え、何のこと?」

 優麗はポカンとして首を傾げた。

「話したいことがあったから場所を変えようって言ったんだろ?」

「違うわ。わたしは光輝が何か話したそうにしていたからそう言ったのよ」

 優麗にしては珍しく、相手のことを気遣っての発言だったというのだろうか。彼女が気を配ってくれたことは嬉しいが、おかげで何も話すことがないのに、こんなところまで来てしまった。

「じゃあ何もないのか?」

 念のためそう訊ねると、彼女は悩むように唸った。

「うーん……」

 話そうかどうか迷っているようだ。だが、せっかくの機会だから言ってしまおうというように決心を決めて頷き、口を開いた。

「そういえば、未来から聞いたわ。最近、ずっと元気がないんだって?」

「ああ……」

 元気がない。という自覚はあった。夏休み前はサークルに勉強にと張り切ってただけあって、余計に今の脱力した状況は目立つだろう。

 けれども俺は、訊ねられたことよりも気になったことがあった。

「お前たち、そこまで仲良くなってたんだな」

「そんなことないわっ。あの女が勝手に話しかけて来ただけよっ」

 息を荒くして嫌そうに言う優麗だったが、その目は満更でもないといったように優しい光を放っていた。

 顔を合わせれば喧嘩してばかりの二人だが、最近は個人的に連絡を取り合う仲になっていたようである。俺と関わりの深い二人が仲が良いのは、喜ばしいことだ。

 話がずれてしまった。優麗もそれを思ったのか、彼女は話の軌道修正を図る。

「それで、どうして元気ないのかしら? もしかして、わたしがいなくなって寂しかったの?」

 おどけたように訊いてきた優麗。まさかそうではないと思って訊いてきたのだろうが、正直なところ半分は正解だった。

「……それもある」

 真顔でそう答えると、優麗は一瞬驚いたような照れたような顔になって呟いた。

「そう……」

 それから、さっきまでの調子を取り戻して言う。

「でも、もうすぐでまたいっしょに暮らせるわよ」

 そう、彼女の言う通り、俺たちは夏休み明けからまたいっしょに暮らせることになったのだ。どうしても優麗を独りにしてしまうことを悩んだ米倉さんが提案、依頼してきて、優麗自身が決めたことである。したがって、彼女は二学期から日向大学附属の中学校に転校し、平日の間だけ俺のもとで、休日は米倉さんのもとで生活をすることになる。

「そのことは本当に感謝してるわ。わたしが独りぼっちにならないようにって思ってのことなんでしょ?」

 と優麗に訊ねられ、俺は認めてしまおうかと迷った。ここで認めれば、彼女はそのことを気に病んでしまうかもしれない。けれど、俺は考えた挙句、首肯した。相手の嘘を見抜く力に長けた優麗のことだから、どうせ嘘を吐いてもばれてしまうと思ったのだ。

「だが、お前のことだけを思ってのことじゃないぞ? 俺自身、独りは寂しかったからな」

 気を遣ってそう言っているわけではない。これも本当のことだ。家に帰ってきたとき、静寂だけが迎えてくれるのは、もう嫌だったのである。

 優麗は俺の心の内を見透かしたかのように微笑んだ。いや、ある種、共感を訴える笑みだったのかもしれない。それから彼女は、改めて訊いてくる。

「他には何があるの? 元気がない理由」

 もう一つは――もう一人の家族は、もうたぶん戻ってこない。ちょっと誰かが提案して、誰かが決断したところで、また俺といっしょに暮らせるようになるなんてことは、絶対ない。完全に、完璧に離れ離れになってしまったのだ。

 そのことを改めて実感すると、自然と目のあたりが火照った。心の袋が破れ、そこから溜めていたものがこぼれるように、流れ出すのを抑えることができなかった。

「光輝?」

 視界が滲む。

もう駄目だ。感情をせき止めていたダムが決壊した。袋から漏れる感情が、一筋の雫となって次々と俺の頬を張って出てくる。俺にはそれを止めることができなかった。

 その時――不意に、俺の胸のあたりが温もりに包まれた。柔らかくて、優しい温もりだ。それは、誰かを思い出す温もりでもあった。

「泣いていいのよ」

 彼女は囁くように言った。その声は俺の胸の中で籠り、身体全身に伝わるような気がした。

「こうして、見ないであげるから、泣いていいの。でないと、ちゃんとお別れできないわ」

 そうだ。俺はずっと、ヒマリがいなくなってからというもの、ずっと心の中にぽっかりと穴が空いてしまったような感じだった。大きさも深さも形も分からない穴で、それをどうやって埋めればいいのか分からず、何かに熱中しているふりをしたり、ただぼーっと過ごしたりしていた。だが、今その答えが分かった。

 この穴は、涙で埋めればいいのだ。ただひたすら泣いて、その穴が埋まるまで泣き続ければいいのだ。

 我慢をすることなんてなかった。彼女のためにしっかり泣いて心の穴を埋め、しっかり生きなければいけない。そうでなければ、俺のために頑張ってくれた彼女が報われない。

 ヒマリという幽霊は、いつまでも自分のことで悲しまれることを喜ぶようなやつではなかった。

 俺は、身体を包み込む温もりを抱きしめ返した。優麗の頭を胸に押し当てるような恰好になる。

 そして俺は、気が済むまで泣き続けた。声を上げて、嗚咽を漏らして、涙を流し続けた。それでも優麗は嫌がることもなく、ただ優しく俺の背中を摩り続けてくれたのだった。


 どれくらい泣いただろう。

 もう自分の中に一滴の涙も残っていないというほど泣いた。穴の空いてしまった土地に雨を降らせて穴を埋めようとするように、俺は泣き続けた。こんなに泣いたのは、赤ん坊の頃以来かもしれない。気が済んだ、といよりは枯れたというのに近く、俺の涙は止まった。

 まだ完全ではないかもしれないが、雨が枯れた以上、そこには晴れが来る。

 俺はここまで優しくしてくれた優麗に、自然と笑みがこぼれた。

「泣き虫光輝ちゃんはもう大丈夫かしら?」

 優麗がぐいっと顔を上に起こして微笑んだ。彼女のよく整った顔が近い。しかし、それだからといって、脈拍が加速することはほとんどなく、むしろ気持ちが落ち着いた。

「ああ。ありがとうな、優麗」

「また泣きたくなったら言って。その……胸くらいは貸してあげるから」

 照れくさそうにそう言う優麗に、少し元気になった俺はおちょくるように言う。

「貸すほどの胸もないだろ、お前」

「そんなことはっ――」

 言い返そうとする優麗の言葉を遮ったのは、思わぬ轟音だった。


 ――バァアン


 音と共に、空が昼のように明るくなった。辺りは桃色の光に照らされる。そう、花火である。

 初弾をきかっけに、次々と空には大きな光の花が咲き誇った。

「綺麗だな」

「そうね」

 花火を見上げながら何気ないやり取りをしたところで、今さら彼女との距離感に気が付いた。俺たちは今、抱き合って顔を見合わせている状態である。傍からみれば、キスをしようとしていると見るのが一般的だろう。こんなところを誰かに、とりわけ清隆や沖野に見られたら……

「あっ!」

 俺が唐突に大きな声を上げたせいで、優麗がびくんと肩を震わせてしまった。俺は軽く謝罪してから、その声のわけを言う。

「清隆と沖野のこと忘れてた!」

 俺は一応、彼らとはぐれて迷子ということになっていたのだ。それをこうして、優麗といっしょに過ごして連絡の一つも入れなかった。……持って来たスマートフォンを見るのが怖い。

 すると、優麗も青ざめた表情になって唇を動かした。

「わたしも歩のこと忘れてた……っ!」


 この後、俺たち二人がそれぞれの連れから散々説教をされたのは、言うまでもない。

 ともあれ、この一件をきっかけに、俺は泣きたいときは泣いて、迷子になったときはまず連絡を取るようになった。





 申し訳ありませんが、別の作品の改稿をしたいため、この第八話をもって「ゆうれいといっしょ」はしばらく休載させていただきます。

 続きは考えてありますので、いつかは必ず書くつもりでいますが、その前に第一章の書き直しをしたいと思っております。つきましては、MF文庫Jさまより評価シートとアドバイスをいただき次第書き直し始めようと思っておりますが、少なくとも2015年9月までは休載をさせていただきたいと思っております。


 勝手な都合で本当に申し訳ありません。

 これからも烏川彩霞をよろしくお願いします。

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