9.うおおおおっ! 奴隷ハーレムのビジョン!
武雄は奴隷ハーレムなるものに関して、深く黙考してみた。
奴隷ハーレム。
奴隷の……ハーレム。
奴隷ハーレム。
それは、なんと、背徳的な響きなのだろう!
武雄が元いた世界では、1862年にエイブラハム・リンカーン大統領によって奴隷解放宣言がなされ、奴隷制というシステムは消滅した。現代人にとって、奴隷制というのは、人を人と認めぬ、忌まわしい歴史の汚点であった。
だが、このモンスターうろつく異世界では事情が異なるようだ。
なんと野蛮なのだろう!
武雄は、吐き気を催した。
奴隷ハーレムなどというものがある世で、どれほど多くの人々が苦しんでいることだろう!
正義を愛する、武雄の善の部分が義憤に燃えていた。
武雄の善でない部分、言うなれば悪の部分は違った。
悪の部分は、その奴隷ハーレムが自分にどう作用するのか、計算していた。
武雄は自分の姿を見てみる。
武雄は男子である。
しかしながら、武雄はイケメンではない。
よって、武雄は女の子にモテたことがなかった。
武雄は転生したものの、外見に関しては、何ら進歩していなかった。
粗末な服をまとい、血と返り血に汚れ、ダメージを受けている。冴えない見た目だ。
どう頑張っても、モテそうな要因はない。
武雄は、愛だの恋だのいうイベントとは縁のない人間であった。
女の子にモテたり、イチャついていただいたり……そういう、おいしいところを持って行くのは、イケメン限定と相場が決まっている。
負け組である武雄は、一生、モテることなどありえないのである。
寂しさに咽び泣きながら一人寝をするしかないのだ。朝には、憂鬱な目覚めが待っている。
そうして、ただ無駄に歳月を重ね、やがては後悔にまみれながら死ぬのだ。
そう、運命は定まっている
それは、胸が苦しくなってくるような未来像であった。
武雄は考える。
奴隷ハーレムとやらは、この苦境を脱することのできる、唯一の希望なのだろうか。
この、どこまでも続く暗黒のトンネルのような人生の、たった一つの光点になってくれるのだろうか?
ハーレムがあるわけで、そこの女の子は、奴隷なわけだ。
つまり、ご主人様の所有物なんだ。ご主人様の望むことなら何でも……どんなことでも……。
いやいや。
そんなバカな……。
そんな旨い話があるというのだろうか。
だが、奴隷ハーレムという単語からは、そうとしか想像できない。
いや……ダメだろ。道徳的にも。
奴隷を買ってハーレムを作る? 自分が?
そこまで落ちぶれることはありえるのか?
日本なら、まがいもない犯罪じゃないか。
たぶん、営利目的等略取及び誘拐罪(刑法225条)に該当するんだろう。
1年以上10年以下の懲役。重罪だ。
くそ、日本のことなど忘れろ! ここは異世界だ! 自分は転生したんだ! 何でもありなんだ!
奴隷ハーレムがどれほどのものを与えてくれるのか、想像をしてみろ!
武雄は想像してみた。
途端に、ピンク色のビジョンが炸裂する。
そのビジョンのあまりの鮮烈さ!
その、柔らかで、肉感的で、極度に印象的なイメージ!
それは、分割して、複雑な曼荼羅を描く!
それは、無限に増殖していく!
恐ろしく刺激的だ。
「はあ……はあ……」
武雄の息が荒くなる。肌は紅潮して、汗が吹き出る。神経伝達物質が強烈に分泌されている。
落ち着け! 早まるな!
武雄の善の部分が諫める。
進め! 止まるな!
武雄の悪の部分がせき立てる。
手に入れるのだ!
この世界では、手に入る!
前の世界では、触れることすら許されなかった女の子に、○○○や○○○○、あるいは○○○○○○○をしてもらえて……。
いや、もっと大胆なことだって可能だ!
○○○を○○○○で○○○○○○○○してもらった後、○○○○○○○を○○○○○○○○○○○○○○するんだ! 男の夢だ!
イメージは強烈すぎる!
「はあ! はあ! はあ! はあ!」
息が荒い! 心臓が破裂しそうだ!
それでも、エクスタシーの谷間めがけて、ブレーキ壊れた車よろしく、突っ走っていくしかない!
誰も止めてくれるな!
俺はダイブするぞ!
おおおおおおおおっ!
「はあ! はあ! はあ! はあ!」
『……大丈夫ですか? ゴブリンにやられた傷が痛むのですか?』
クラフト・キューブが心配して尋ねる。
武雄は我に返った。
イメージは去り、現実が帰ってくる。
盛り上がっていた気分が、しおしおと萎えていった。
「……大丈夫だ」
武雄は言った。
武雄は大きく深呼吸した。
結論を急ぐわけには行かない。これは、実にデリケートな問題であった。
まず第一に、奴隷ハーレムの実体が分からない以上、過度の期待は禁物である。
武雄は、強い意志でもって、自分を律した。用心深くも、甘美な夢想に耽ることを自分に許さなかった。
落胆ばかりの人生を歩んできた武雄だ。
期待が裏切られたときの精神ダメージも考慮しての用心であった。