4.チートな聖剣グランフォゾム
武雄はしばらくの間、微動だにせずに箱と、箱の割れ目から出てきたモノを見下ろしていた。やがて、おもむろに腰を折って、剣を拾う。
柄がやけに手に馴染む。
長さは一メートル前後といったところで、携行できないほど大きくなく、取り回しも苦ではなく、それでいながら白兵戦で間合いを取るのに適した長さだった。
鍔は赤いオーブと、それを取り巻く樹の根を模した意匠だ。豪奢な装飾だが、左右に広がる鍔は剣の持ち手を守るための機能もある。鞘もまた、蔦と葉を模した精緻な彫り込みがされていた。
武雄は鞘を払った。
真剣に触るのは初めてだった。白銀の輝きが迸る。
息をのむような鋭い輝きだ。見ているだけで体が震えるような気品があった。日本刀のように刀身には刃紋が浮いている。
刀身の真ん中に血抜きの溝があった。敵を刺した時に、剣が吸いついて離れなくなることを防ぐために、ここから血を抜いて圧を下げるのだ。
「聖剣グランフォゾムね……」
武雄は溜息をつくような囁き声で言った。
聖剣という称号はともかくとして、業物であることは間違いないようだ。
芸術的な工芸品にして、武器。両手でも片手でも使える、両刃の剣。それも、恐ろしく実戦的に作られている。
振るってみる。甲高い風切り音が鳴った。一瞬遅れて、間合いの中に生えていた金色の草が切断されて、風に舞った。
重さも、振り回すのに最適なものであった。
見つめているうちに、またステータスが頭に浮かんできた。
□ □
『聖剣グランフォゾム』
片手剣
攻撃 350(スラッシュ・ダメージ)
特性 武器破壊
防具破壊
退魔(対アンデッド ダメージ50%↑)
聖別(対闇攻撃 ダメージ50%↑)
□ □
「なるほど」
いまだに、箱から剣が出てきたことが、信じがたい。そもそも、剣の鍔の厚みは、箱の割れ目よりも厚いし、剣の長さも箱そのものより僅かに長いのだ。いったい、どうなっているのだろう。
もしや……魔法の仕業だろうか。
不思議ではない。月が二つあって、島が浮いている世界なのだ。
この世界は魔法の存在する、道理の通じない世界と考えるべきだろう。
武雄は大きく息を吐くと、作法通り、丁寧な手つきで剣を鞘に戻し、箱を向いた。
「おまえは一体何だ? ただの箱ではないようだな?」
『はい。ただの箱ではありません。転生者を支援して、転生後のライフを最適化するクロのアーティファクト、クラフト・キューブ。それが私です。宜しくお願いいたします』
「へえ……サポートしてくれるのかい。親切な箱だな」
『あと、箱じゃなくて、ちゃんとレディとして扱ってよね』
クラフト・キューブが注文をつけた。
レディ……だと……? 武雄は困惑した。
クラフト・キューブは声こそ十代の女の子だが、レディっぽいのはそこまでだった。
外見は四角い立方体の上、黒くて硬い。女らしさの欠片もない。
流石に、童貞の武雄と言えども、欲情できる相手ではなかった。
箱は箱でも、まだ段ボール箱の方が、まだちょっとは女らしさもあるというものである。
「さらっと無理難題言うな」
武雄は、ぼそりと言う。
『今、何か?』
「いや……」
とにかく、箱がサポートしてくれるのは心強かった。
いきなり異世界に転生させられて、一人で放っぽり出されても、どうすればいいのか分からず、途方に暮れてしまうところだ。ここが、どんな世界なのか皆目見当もつかないのだ。安全かどうかすら分からないのだ。
安全か……。
武雄は手に持つ聖剣を見て、小さく笑う。
まず、最初に剣を渡される程度には安全な世界らしい。
「いきなり御大層な聖剣なんて貰って、光栄なんだが……これは、転生したお祝いの記念品というわけでもないよな?」
『その通りです。あなたは、この世界を跋扈する様々な悪から、自分の命を守らなければなりません』
「自分の命を守る……か」
日本は平和な国だった。武雄は撃たれたことも斬られたこともなかった。誰か他人によって、命を危機に晒されたことも、本格的に殺意を向けられたこともなかった。
にも関わらず、武雄はトラックに挽かれて、あっさり命を落とした。
「剣があってもうまくやっていける自信がない」
武雄は白状した。
『ご安心ください。この聖剣グランフォゾムにはチートな攻撃力と、付加能力があります。どんな強敵だってストレスなしに料理できること間違いなしです!』
「そんなもんかね」
『はい。でも、いかな聖剣といえども、使いこなさなければ、竹ホウキも同じです。剣の使い方を習得しましょう。チュートリアル・モードを始めます』
武雄はうなずいた。鞘をはらうと、それを草の上に放った。
聖剣の刀身を空に向けて、真っ直ぐに立てる。いわゆる、八相の構えだ。
『まずは、基本的な持ち方と、単純な突きをマスターしましょう』
「分かった」
『ステップ1。はたきを持つが如く軽く握って、羽子を投げ込むように突きましょう』
「羽子って何だ?」
武雄は尋ねたが、チュートリアルは構わず進んだ。
『ステップ2。ステップ1を忘れるな。以上です。チュートリアルを終わります』
「は?」
武雄が、まだ何も理解していないのに、チュートリアルは終わってしまった。
武雄はしばし唖然とした後、顔をしかめた。
「そうやって言葉で言われても、いまいち頭の中にイメージが浮かんでこないのだがな」
箱は溜息をついた。
『世話が焼けますね。じゃあ、直接イメージを送ります』