31.ティーゲルさんち
二人はフロンティカ村の裏路地を抜ける。
大通りを除き、村の道は狭く、陰気で、迷路のようであった。家々の傾斜の強い茅葺き屋根が、のしかかってくるようだ。
谷底に作られたこの村では、活用できる面積が少ないのだろう。
あるいは、賊やモンスターの襲撃に対して、この村のデザインは何らかの効果を持つのかもしれない。
そう思いながら歩く武雄の足下で、痩せた鶏や豚が道をあけた。
武雄の方向感覚がすっかり機能不全に陥った頃、二人はティーゲルの住居にたどりついた。
童話に出てきそうな見た目の小さな家だった。そして、同時に、堅牢な設計であることが一目で分かった。
重たい天然石を漆喰で塗り固めて壁としている。壁は分厚く、窓は最低限の大きさしかない。
ここの、厳しい気候に適応した作りだ。
庇の下には、薪が積まれ、白菜か何かの野菜が日干しにされていた。
ティーゲルが戸口の暗がりにたって、古典的な南京錠としばらく格闘して、それを開いた。
「おじゃまする」
武雄は頭を下げ、ティーゲルの家に入った。
「クール」
武雄は入るなり、口をすぼめて、うなり声を上げた。
「寒いか?」
「いや、そういう意味じゃない」
武雄は首を振る。
ティーゲルの家の中は、まさに、ファンタジー世界の民家そのものといった内装。
実に趣深かった。
家の中は、酷く暗かった。
保温のため、窓は大きくとれないだろうし、蝋燭も白昼から灯すことができない程度には高価なのだろう。
それでも、目が慣れるにつれ、室内の細部まで見えるようになってきた。
家は、居心地良さそうだった。
重厚なテーブルに、椅子が二脚と幅の広い長椅子が置かれている。壁の釘に外套が掛かっていた。
足下には、くるぶしほどの高さまで、藁が敷かれていた。
内装の飾り気は少ないが、奥のマントルピースには何かの絵画が飾られ、祭壇のようなものが設けられているのが見える。
暖炉もあった。
ヨーロッパで、煙突とセットの、現代式暖炉が発明されたのは中世も後期になってのことだ。それまでは、囲炉裏のような形の暖炉しかなかった。煙は、屋根にあけた穴から抜いたそうで、家の中は煙たくて仕方がなかったらしい。
幸いにして、ナイドラメアでは煙突つきの暖炉が普及しているようだ。
おかげで快適そうだ。
部屋はきちんのと片づいている。ティーゲルはその見た目に反せず、細かい所にまで厳しい性質のようだ。室内にだらしなさは欠片もない。
それでも、暮らしが厳しいのは一目で分かった。
他の人間が暮らしている気配はない。ティーゲルは一人暮らしに違いない。
武雄は窓に歩み寄る。窓ガラスはなかった。まだ発明されていないのかもしれない。
木製の雨戸の向こうで、小さな畑が見える。
ティーゲルの持ち物の畑だろう。見慣れない緑色の野菜が整然と並んで植えられていた。
こんな辺鄙な村では、ショップがあるにしても、半自給自足の生活をしていかなければならないということだろう。
その向こうには、厳しい荒野と鋭い山が待ち受けていた。窓から見えるそれは一枚絵のようで、心揺さぶる絶景であった。
この家は、村の果てにあるのだ。
この家の位置関係を把握した武雄は、ティーゲルを向いた。
「ティーゲル、傷を見なければならない。よければ、水と、清潔な布を所望したい」
「裏の納屋を見てくるから待っていろ」
ティーゲルは言って、それから、武雄が手にぶら下げたグランフォゾムを睨んだ。
「その光りモノを預かっておこうか。客人として他人の家に入るのに、剣を担いでいる必要はないはずだ」
「……こいつがないと不安になるのだがな」
武雄は躊躇った。
「それは、おまえが腰抜けの証明だ」
ティーゲルは言いながら武雄から聖剣グランフォゾムを引ったくると、壁の方へ歩いていった。
家の戸口の脇の壁に、剣架が設置してあった。
ティーゲルは丁寧な手つきで、グランフォゾムを置く。
ナイドラメアでは、村人たちは玄関に武器を保管し、有事に際しては家主が武装して家を守るのだろう。
グランフォゾムの下の剣架に古ぼけた剣が安置されていた。
「それは、あなたの剣か、ティーゲル?」
武雄は尋ねたが、ティーゲルは無言で部屋を去ってしまった。
武雄は好奇心にかられ、その剣に顔を近づける。
この剣、ティーゲルの得物ではないだろう。女の細腕が扱うには、大きすぎる。
ナイドラメアは日本に比べて、遙かに物騒な世界なので、女性といえども護身用の武装がいるのかもしれない。それでも、村の手弱女の武装はダガーどまりだろう。
すると、この剣は、旦那のものだろうか。
鞘には埃が溜まり、長いこと誰も手に取っていないのが分かった。
そういえば、ウォナガン村長が、ティーゲルの旦那が死んだとか怒鳴っていた。
その形見というわけだろうか。
村の男の武器らしく、実用一点張り、華やかさの欠片もない。壮麗な聖剣グランフォゾムと並べられるのが哀れになるほどだ。
武雄は、剣士として、その剣を手にとりたい誘惑に駆られた
だが、やめておいた。よその家の剣に、許しなく触れるのは礼儀にもとるだろう。
傷を調べよう。
武雄は衣類を脱いだ。穴だらけになり、全面を泥や垢や血で塗装され、悪臭を放っている。元の色も分からない。
新しい服が必要だろう。
さっきのオニオン・イェーガーで、衣類も扱っているのか見ておけばよかった、と武雄は思った。
靴を脱ぐために屈んだとき、壁の木板に気づいた。
剣架の下に、文字の彫られた木板が、無造作に壁に打ち付けられていた。
書かれているのはブラヒジェン語らしく、武雄の脳はそれを日本語として解釈できた。
タイトルは『レーヴェの一生』となっている。剣の持ち主の説明が記されているのだろうか。武雄は読み進めていった。
『レーヴェの一生
0歳
フロンティカ村に生を受ける。
14歳
成長したレーヴェは、村の外の世界に興味を持ち始める。だが、辺境守護の戦士団に入るのは堅苦しくてイヤだったし、他にアテもなかった。
勿怪の幸い、腕っ節は大したものだったので、村の周りにモンスターが発生すると、積極性を発揮して、村を出ては狩りをした。
その素材でもって僅かながら財産を作る。
20歳
村の乙女ティーゲルさんに一目惚れ。
しかし、奥ゆかしい性格が災いして、積極的アプローチができず!
嗚呼、もどかしい!
29歳
モンスター狩りだけじゃなく、商隊の護衛とかもして、見聞を広め、スキルを磨く。そして、何よりも大切なことを学んだ。それは、『人を守る』ということの大切さだ!
34歳
人間として深みを増したレーヴェは、ティーゲルさんにアタック!
すると、驚いたことに、ティーゲルさんも長いことレーヴェに片思いをしていたことが判明!
ついに、おつきあいが始まる!
39歳
アメステリア戦役勃発。
レーヴェは徴兵を受け、神聖皇帝ジンノ陛下の軍に一雑兵として参戦する。
出征前夜にティーゲルさんと結婚。
42歳
負傷除隊。
戦役を生き延びるものの、その経験は、レーヴェの人柄に暗い影を落とすこととなる。
49歳
ダンジョンにてモンスターに襲われる。不覚をとり、レーヴェ死す。無念なり!』
「はあ……はあ……」
武雄の息が荒くなっていた。
胸が苦しくなっていた。顔を上げることができなかった。閉じた目を開くと、レーヴェなる男の人生が、再び目に入ってくる。
思わず、壁に手を突いて体を支えた。
なんて、儚く、悲しげな一生だ!
武雄は心の中で叫んだ。
何の華もない!
なんとモノトーンで、物語性がない。
死して、誰の記憶にも残らない。そんな人生じゃないか。
わずかに、村の果てに暮らす中年女の家の壁に痕跡を留めるのみだなんて!
……これが、チートな戦闘力も持たない、名もなき村人の生涯なのだ。
この男は、冒険者だったのかもしれない。だが、レベルも低かったのだろう。
モンスターにぶち殺され、周囲に省みられることもなしに、消えていったのだ。
どうしようもなく、転生前の自分を思い出してしまう。
「去れ……前世の苦痛の記憶……。俺はもう違う。生まれ変わった。転生したんだ」
武雄は目をぎゅっと閉じ、唇の間から声を漏らして、自分に言い聞かせた。
やがて、武雄は静かに目を開くと、背筋を伸ばした。
俺は、違う。
俺は名もない村人ではない。
こうはならない。
俺がいることを世界に忘れさせはしない。チートな力でもって、剣の腕でもって運命を切り開くのだ。
俺は村を救った。余人にはできない活躍をした。
俺は転生者なのだ。
ティーゲルが扉を開けて入ってくる。
「すまんが、薬草は切らしている。だが、望みのものをもってきてやったから――」
ティーゲルは、はたと立ち止まる。言葉が途切れ、彼女の目が見開かれる。
どうしたのだろう。気の強い彼女らしくもない。武雄は意外に思った。
いったい、何に――?
武雄は、はっとして、自分の身体を見下ろす。
傷を見るために、服を全て脱ぎ捨てていた。
今の武雄は生まれたままの姿だった。全裸だった。
武雄の顔が真っ赤に染まる。
「キャアアアア!」
武雄は村中に響きわたる悲鳴を発した。薄衣を引き裂くような悲鳴であった。




