30.オニオン・イェーガー
武雄はオニオン・イェーガーの店の中に入って、はたと凍り付く。
店の中は、物資に乏しい中世らしからぬことに、物で溢れかえっていた。
店の壁には棚が据え付けられ、生活雑貨がぎっしりと並ぶ。
更に奥には、樽が並び、ジャガイモ、ニンジンなど食材が溢れかえるほど詰め込まれている。
天井から一抱えもありそうな大きさの肉や魚がぶら下がっている。
その向こうには、馬鹿でかい黄色い物体が平積みにされていた。チーズに違いない。
「すごいな……まるでコンビニだ」
武雄は感心して呟いた。
産業革命前のショップと言うより、アメリカナイズされた大量消費文化を連想させる店だった。
「コン……ビニ? それは何でございましょう」
ひょろひょろした店員がカウンターの向こうからやってきた。
武雄は目を巡らし、この男を観察する。
ひょろっとした体型に、細長い手足。薄っぺらい笑顔の若い男だ。
中世ファンタジー世界よりも、曳舟の裏路地あたりで遊んでそうな洒落者を思わす態度であった。
こいつが、同業者全てを廃業に追いやった、ショップの敏腕店長なのだろうか?
いや、違う。武雄は判断した。
こいつにその風格はない。
この男は、さしずめバイトだろう。
店員は武雄を見つめ、大仰に驚きを身体で表した。
「これはこれは、先ほどの騒ぎで活躍めされた勇者サマではございませんか。このような店へようこそ。オレはオニオン・イェーガーのシュミットと申します」
店員は名乗る。
もっとも、武雄にショップのバイト店員の名を覚えるつもりはない。
「店主はいるのかな?」
「へい、店主のフィンクストンは奥におります」
シュミットはカウンターの奥の部屋を指した。
その部屋の暗がりに、大兵肥満した男がいた。それは、見覚えのあるデブであることに武雄は気づいた。
先ほど、村の通りでウォナガン村長と、武雄の知らない言語でヒソヒソ話していた男ではないか。
男は、オニオン・イェーガーの主であったのだ。
道理で、あの不貞不貞しい態度にも合点がいく。
店主のフィンクストンは奥のテーブルでふんぞり返り、ステーキを食べていた。
彼は武雄の方をチラリとみただけで、すぐに肉に興味を戻した。
接客しろよ……。一応、村を救った勇者の来店だぞ……。
武雄は苦々しく思う。
が、あのフィンクストンというデブがつきまとってきても、それはそれで不愉快な目に遭わされそうだ。
武雄は捨て置いて、店を見回した。
「オニオン・イェーガーね……」
昔からタマネギが嫌いだった。えもいえぬ嫌悪感を感じるのはそのせいか。
「タマネギなんて嫌いだ。苦いし」
武雄はぼそりと言った。
「タマ……ネギ? それは何でございましょう」
シュミットが言いながら、近寄ってくる。暇に任せてのことか、営業トークのようなものまで始める。
店員につきまとわれ、お客様にはこの商品がお似合いですよ、なんておだてられるのに慣れていない武雄は、ぞんざいな反応を示すだけだった。
シュミットは構わず、薄っぺらい笑顔で愛想を振りまいていた。
「勇者サマ、新たな武器はいかがでしょう?」
「剣なら持っている」
武雄は冷たく応じる。
シュミットはちらりと武雄の腰の聖剣グランフォゾムを見下ろし、
「そこそこ、いい剣を持っていておいでのようっすが、一本で足りますでしょうか?」
シュミットはニヤリと笑い、
「冒険者足るもの、お命を大切にしなくてはなりません。なにせ、昨今のナイドラメアでは、無頼漢に魔物に逃亡奴隷と、不逞の輩がうろついております。そんな連中との戦いの最中に剣を取り落とすようでは、命が幾つあっても足りませんよ」
武雄の目が細まる。
こいつ……先ほどの武雄とガガバルの戦いを見ていたな。山賊に怯えて、納屋に隠れるくらいしか能がなさそうな気弱な見た目に反して、意外と目端が利くらしい。
「サイド・ウエポンなど装備なされれば、そのような緊急事態でも安心っす。優秀なオニオン武具をご覧ください」
シュミットが店の奥を指す。
その一画では、各種のダガー、斧、メイス、スタッフが売りに出されていた。
壁に掛けられているのは長柄の槍やジャベリン。
頭上では、円形の木製シールドや矢筒が所狭しと梁からぶら下がっている。
武雄の口から思わずため息が漏れる。
武器・防具が並ぶのは壮観だった。平和な日本では、ちょっと目にすることがなかった光景だ。
実に実戦的な凶器が、戦士の手に握られるのを待っている。
それが、ショップで日常的に売買されているのだ。
武雄は物騒な棘が鍔についたショートソードを手に取る。
「その武器でございますか? 流石は勇者サマ、お目が高いっす」
シュミットが早速、能書きをたれ始めた。武雄は聞き流しながら、ショートソードを見つめる。
日本はもちろん、大半の先進国では凶器を持ち歩くことすら違法だった。
では、ナイドラメアのアイテム屋で、平然と武器を売っていることをどう解釈するべきだろうか。
この世界の統治機関である神聖なんたら帝国は、よく市民が武装していることを許しているものだ。
あるいは、そうしなければならないほどに治安が悪いのか。
シュミットの言う無頼漢も魔物も脅しではないのだ。実に闘争の気配を感じさせる異世界ではないか。武雄はかすかに身震いした。
「このソードはファルカタと呼ばれるデザインでして、適したタイミングでアタックしますとボーナス・ダメージも入りますし、レア・アイテム・ドロップの確率も上がると言われております。今なら、この鞘もついてきまして、カラーも季節にぴったりでございます」
シュミットはまだ営業トークを続けている。武雄に何かを買わせたくて仕方がないらしい。
にも関わらず、武雄の反応性は依然として悪かった。シュミットは武雄ををじっと見つめ、
「勇者サマ、何をお探しでしょうか? 折角、これほどの品ぞろえのオニオン・イェーガーにいらして、何も買わないなんてことはございませんよね?」
「ああ、欲しいものはある」
武雄はついにうなずいた。シュミットが目を輝かす。
「針と糸をくれ」
武雄は言った。
「はい?」
シュミットの笑顔が凍り付く。
「針と糸だ。釣りに使う奴でいい」
「は……針……」
「針と糸だ」
「あの……当店は素晴らしいダガーなども揃っておりまして……」
「針と糸だ」
「ご一緒に、ヘルムやシールドなどーー」
「針と糸だ。この店にはないのか?」
「あります……」
「では、早くしろ」
シュミットはすごすごとカウンターに戻ると、針と糸を取り出した。武雄はそれを手に取り、自分が求めているアイテムであることを知った。
「……3ナリでございます」
シュミットは言う。
ナリ?
武雄の顔が険しくなる。
「この世界の通貨はナールのはずだぞ。からかっているつもりか?」
武雄は声にドスを聞かせながら、抜き身のグランフォゾムを握る手に力を込める。
この世界ナイドラメアに転生して長くはないが、下らないイカサマで銭を巻き上げられるつもりはなかった。
対して、シュミットはうんざりした顔を浮かべた。
「ナールの複数形がナリでございます。そちらこそ、からかわないでください」
「……日本人の価値観からすると、複数形で名称が変わるというニュアンスがよく分からん」
武雄はぶつぶつ言った。
「ニホン……ジン? それは何でございましょう」
「黙ってろ、バカが」
武雄はシュミットに言いながら、小銭を靴から掴みだした。
小さな銅貨が1ナール貨らしい。
粗雑な鋳造で作られた硬貨であった。
人の横顔が描かれている。冴えない顔つきの男だった。どこかの偉い王様か皇帝だろう。
それを三枚、シュミットにやって、武雄はアイテムを手に入れた。
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針 1ケ
糸 1ヶ
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奥の野菜売場から、野菜を一杯抱えたティーゲルがやってきた。
それを見て、シュミットが薄っぺらい笑顔を浮かべる。
「ああ、ティーゲル嬢、今日も麗しい」
「早く会計を済ましとくれ、シュミット」
ティーゲルは、野菜をカウンターにどさりと置いて、にべなく言った。
「……400ナリでございます」
1ナリが日本の1円くらいなのだろうか。武雄は思う。
まあ、中世ファンタジー世界の貨幣価値を日本円に換算する意味があるのかどうかは、はなはだ疑問であるが。
ティーゲルは金を払い、紙袋に入れられた野菜を受け取った。
「去ぬよ」
「ま、またのお越しをお待ちしております」
シュミットは頭を下げた。
ティーゲルも武雄も振り返ることなしに、オニオン・イェーガーを後にした。




