28.村の乙女 ティーゲル
武雄は話に上った、助けた女性へ、ソロソロと顔を向ける。
村人たちと話す前は、疲労のあまり、まともにものが見えなかった。
今は、気恥ずかしくて、この女性を見るのが躊躇われる。
だが、いつまでも、そうしているわけにもいかない。武雄は心を決め、ティーゲルという娘の方を向いた。
村の乙女、ティーゲル。
まず、感じた第一印象は強そうだというものであった。
物理的な戦闘力ではない強さ。芯の強さだ。この女性には、武雄にはない軸が、体の中を通っていそうだ。
顔は鋭角の逆三角形であった。皮膚が頭蓋骨に直接貼り付いたかのような、陰影鋭い面つき。まばゆい金髪を頭頂で結っていて、それが顔の鋭さを増している。
目尻にはカラスの足跡のような皺が刻まれている。
何よりも眼光の鋭さが凄い。肉食獣じみた眼光という奴で、匕首を突きつけられたも同然、彼女と相対するだけで、冷や汗が滲んでくるようだ。
鼻は細い鷲鼻で、鼻唇溝が深かった。その下、唇が一文字に引き結ばれている。
着ているのは、地味な色の衣で、つぎが当てられているのも見えた。
もっとも、衣類が貧しいことに関しては、一部の者を除き、村の大半の衆に同じことが言えた。
ティーゲルの年齢は四十歳から六十歳のどこかと見当がついた。
顔の造作から判断して、通りを行けば十人の男のうち十人が振り返る少女だったことだろう……昔は!
今となって感じる雰囲気は可憐さではなく、偏屈さか、強情さかのどちらでしかなかった。
ウォナガン村長は武雄の好みを取り違えているのだ。恋愛経験もなく、女性に懇ろな中になっていただく経験にも疎い武雄の守備範囲は狭かった。
記念すべき、異性との交流、第一回目のハードルは低めに設定していただきたいのである。
もう少し若くてピチピチしたギャルがタイプであることを伝えようと口を開いた。
その機先を制して、村長が女に申しつける。
「これ、ティーゲル、くれぐれもタケオ様に粗相のないよう、お仕えするのだぞ!」
「無理な相談だね」
村長の命に、女性が反論した。カミソリのような鋭く冷たい声だった。武雄はぎょっとする。
「あたしには操を立てた相手だっているんだ。どこの馬の骨とも分からない流れ者を相手するなんてお断りだよ」
女は腕を組んで言った。
「黙れえっ!」
ウォナガン村長はものすごい剣幕で怒鳴った。あまりに唐突な激怒。
武雄は思わず飛び上がった。
「おまえの強情さにはうんざりだ! ろくでもない死に方をしたおまえの旦那同様、儂の邪魔ばかりしおって! 村の害悪め! 毒虫め! 少しは村の役に立ったらどうなんだ!」
ウォナガン村長は赤いまなこを吊り上げ、顔面が歪むほど激怒していた。
女性は、ちらりと武雄の顔を見やる。
「卑しい顔つきだ」
女性は武雄を断罪する口調で言った。
唐突に敵意のやり玉に上げられ、武雄はまたしても驚愕した。
「脇道に逸れた俗物だね。ゴミ人間だよ。こういう手合いにはウンザリだ」
「村を救っていただいたタケオ様になんてことをっ! 許せん!」
ウォナガン村長が更に癇癪を爆発させる。全身をワナワナと震わせている。衆人の目がなければ、今この瞬間にもティーゲルに襲いかかっていることだろう。
ティーゲルはそんな村長を意に介さず、腕組みしたまま平然としていた。
武雄の方が、怒鳴られている女性よりも、よほど狼狽していた。
この場を脱したくて仕方がない。だが、当事者である武雄に逃げ場などあろうはずもない。
「村八分にしてやろうか、ああん!?」
村長が興奮のあまり泡を口の端から吹きながら、ティーゲルを脅迫する。
「村長であるこのウォナガンが一声命じれば、おまえは死ぬより酷い目に遭わせてやることは造作もないのだぞ! 適当な罪をでっちあげれば、おまえを都城クアラランタイヤンの裏路地で物乞いにすることも、アメステリアの畜生どもに混じって奴隷をすることにもできるのだぞ」
村長の声が低くなり、その目が爛々と狂気を帯びる。
それに気づいて、ティーゲルの顔からも余裕が去った。
「いいか、ティーゲル。ネズミの巣にも劣るおまえの住処は焼き払い、おまえの畑には塩を撒いてやろう。万が一、おまえの旦那の遺体を見つけたら、肥溜めに投げ捨ててやる。おまえの旦那の名を口にすることすら、村の規定で禁じてやる」
それを聞いて、ティーゲルの顔が強ばる。
「それは困ります。どうかお許しを。タケオ様は、私が精一杯もてなさせていただきます」
彼女は、明確に努力して敬語を発した。乾いて散らばった石片を踏むがごときの声だった。
「……もう遅い。おまえはタケオ様を愚弄し、儂を怒らせた」
村長は歯を食いしばったまま、告げた。
武雄は呆然としながら、村人たちのイカれたやりとりを聞いていた。
が、自分のせいで、見ず知らずの人間の人生が壊れようとしているのに気づいて、ぎょっとする。もはや、傍観はしていられなかった。
武雄は、慌てて口を挟んだ。
「俺は怒っていないし、告発する気もない。他人にバカにされることも気にしない。だから村長、ティーゲルさんを罰するようなことはやめてくれ」
「さすがは、タケオ様。素晴らしい謙虚さをお持ちでらっしゃいます」
村長は瞬時に応じて、武雄に向くと、目尻を下げて卑屈な笑みを浮かべた。
まるで仮面でも外したかのように、ウォナガン村長から怒りは嘘のように消えていた。余韻すらも残らない。
「この女が、村にいる間、タケオ様のご奉仕を仕りますので、いかようにでもお使いください。では、フロンティカ村の滞在をお楽しみくださいますよう、村人一同祈っております」
村長は深々と頭を下げて告げると、振り返りもせずに去っていった。
周りの村人たちもそれに倣って、ぞろぞろと帰って行く。
わずかな後に、ティーゲルと武雄だけが大通りに残された。
武雄は疲れていた。
バトルとは別種の疲れが、武雄の身と魂を責めさいなんでいた。
「……村長の提案が、気色の悪いモラルハザードに感じたのは、俺が未熟だからか?」
武雄は空を見上げて呟いた。
「うちに来るのか? それとも、ここで十の扉をやろうってのかい?」
傍らのティーゲルが荒々しく厳しい声で言った。
十の扉とは何なのだろう。
武雄は思った。




