26.村長にお礼を言われる
疲労とダメージは凄まじかった。
気を抜いたら、へたり込みそうだった。武雄は、どうにか気を奮い立たして、村人たちの方を向いた。
自分の力で救った村人たちだ。礼を言われる前にぶっ倒れては、格好がつかない。
村人の群の中から、初老の男が向かってくる。
武雄は反射的に身構えそうになる。
自分を叱った。
落ち着け。無害な村人だ。戦いは終わっている。
「×××××! ×××? ×××××! ×××××××××!!!!!」
男は身振りを交えて、何かをまくし立てた。
「俺の知っている言葉を話せ」
武雄は冷たい声で言った。
「これは失礼。ブラヒジェン語の話者でございましたか。わたくし、聖都マオザイオダンでの遊学が長くてございまして、ついつい学術的なマオ語を使ってしまう癖がございまして。このような田舎では、他にマオ語に堪能な人間は幾らもいないというのに、大変失礼いたしました」
男は言う。
男の年は五十代後半辺りだろうか。男は武雄がぎょっとするほど面長であった。普通の人間より三倍ぐらい顔が長い。
彼の言う、ブラヒジェン語というのが、武雄に理解できる言語らしい。
これは、日本語と全く同じ言語なのだろうか。
あるいは、転生に際して、武雄の脳のブローカ野だかウェルニッケ野だかのニューロン配置が変化して、この世界の言語を理解できるようになったのだろうか。
何にせよ、言葉が通じるのはありがたかった。
なおも、面長の男が何かを言おうとするのを、武雄は遮って尋ねた。
「おまえは何だ?」
「わたくしは、このフロンティカ村の村長でございます。ウォナガンとお呼びください」
男は名乗った。
村長か。
確かに、男の服装は、村人たちの中で最も質がよさそうだ。
紫色の、肩口の広がったダブレットを着ている。下半身にはピンク色のタイツを履いていた。
もちろん、今の武雄よりも、よほど立派な身なりをしていた。
頭にはベレー帽を乗っけている。と思いきや、これは鬘であった。やる気のない鬘である。
「フロンティカ村を未曾有の危機よりお救いいただき、まことにありがとうございます」
村長はペコペコ頭を下げる。
「うむ。苦しうないぞ」
武雄はぞんざいに言った。
妙に生意気そうだな、俺。
武雄は思った。
だが、丁寧語を使うのは面倒である。そのため、なんとなくこうなってしまうのは仕方がなかった。
武雄は、日本でニートとして生きていて、人に頭を下げられる経験はほとんどなかった。
今こうして、村人たちに感謝されている光景というのは、まあ、そんなに悪いものでもなかった。
村長は、なおもベラベラベラベラベラベラと感謝の言葉を続ける。
村長というのだから、村一番の権力者のはずなのに、やけに腰が低い。卑屈も卑屈で、いっそ嫌みなくらいに感じた。
これは、突如として現れて山賊を圧倒し、今なお真剣を手にぶら下げた旅人への用心の表れだろうか。
「降伏した山賊はとりあえず牢へと入れ、然るべき時に裁きを受けさせるべきだと存じますが、いかがしましょう?」
「好きにしてくれ」
武雄は言った。
数人の村人たちが進み出て、おずおずと山賊どもを縛り上げると、引っ立てていった。
村長は、村人に下知を下し終えると、武雄の方を向いた。
「あなた様のお名前を頂きとうございます」
「俺の名前が欲しい?」
武雄は聞き返した。
この世界には、戦国時代の日本みたいに、他人の名前の一字を貰って改名する習慣でもあるのだろうか?
いや、待て。
武雄は自分をなじった。
文脈から考えて、自分の名前を尋ねているに違いない。
疲労とダメージのあまり、まともに頭が動いていなかった。
……偽名を名乗ろうか?
だが、まだガガバルとウォナガンしか、この世界の人間の名を知らないのだ。
タケボボなんて偽名を思いつくが、それがこの世界に合った名なのかどうかも分からない。
面倒になって、本名で通すことに決めた。
「俺の名前は武雄。鷲谷武雄。職業は旅人だ」
武雄は名乗った。
帰るべき国も持たない旅人。
それが自分だった。




