14.村に入る上での、転成者としての気構え
村に入る前に、クラフト・キューブと協議する必要があった。
クラフト・キューブを腕輪から箱に戻して、機能を回復しなければならない。
「……ええっと、どうするんだったかな?」
呪文だ。
何か呪文のようなものが必要だった。
呪文は何だったか?
「くそ、紙とかあれば書き留められたものを……」
クラフト・キューブを元に戻せないとなると、厄介なことになる。
何とかして、思い出さないとならない。
武雄は眉間に皺を寄せ、ぐるぐると歩き回った。そうして、必死に思い出そうと、頭を絞った。
呪文……。
なにか、酷くセンスのない呪文だったはずだ。
口に出して唱えるのが、はばかられるような……ダサい……中二病要素満載の……。
武雄は口を開く。そして、記憶の彼方から流れ出てくる言葉を紡いでみた。
「涅に黒き匣の開きてしむる戯れ歌に声聞ゆなれば、オープン!」
武雄は唱えてみた。
……こんな呪文だったか?
まったく違ったかもしれない。
と、腕輪が光を発して武雄の腕から落ちた。硬質な音と、緑の光を発して、みるみる質量を増して箱へと戻る。
呪文は正解だったのだ。自分の記憶力も捨てたものではない。
『村まで来れましたか。道中、大したモンスターはいなかったと思いますが、五体満足ですね?』
久々に聞く少女の声が尋ねた。
「ああ、問題ない」
『よかった♪』
武雄は眼下の村を顎で指す。
「クラフト・キューブ、村に入る上で、用心するべきことは何だ? どう振る舞えばいい?」
『好きに振る舞ってくださいよ。自分の自由意志に従ってください』
「そりゃまた、大雑把な助言だな」
『人間なんて、それぞれ勝手に振る舞い、適当なコミュニティを構築しては、潰してしまう短絡的な生き物です。そんな人間の集落一つ一つに注意は払えません』
「……まるで、人間社会には興味がない口振りだぞ」
『はい。私が興味ある人間は貴方だけです。うふふ』
「そうかい」
武雄は日本ではニートで、半ば引きこもりのような生活をしていた。社会との交流の度合いは自慢できたものではないが、それでも、クラフト・キューブの断言には圧倒された。
どうも、アテにならない箱である。
となると、武雄は自分の常識と判断に従って、ナイドラメアの人間と交流する他ないようである。
とりあえず、チートな転生者であるという事実は隠しておいた方がいいだろう。どういうトラブルを招くか分からない。
村をもっとよく眺めようと、一歩踏み出した、その時。
武雄のシックス・センスが反応した。武雄は速やかに伏せると、耳を澄ませた。
近くに気配を感じる。人間だろう。
ここしばらくのアウトドア生活のおかげで、武雄のカンは野生動物のように冴えわたっていた。
そのカンが武雄に用心しろと告げている。
武雄は頭を地面に押しつけたままの本格的な匍匐前進で、その気配に近づく。
眼前に冷蔵庫大の岩があったので、その陰に滑り込んだ。武雄は岩から片目を出して、先を覗いた。