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11.ヒロインのルックス改善 そして旅立ち

 この箱なしで、自分はやっていけるのだろうか?


 武雄は思案する。


 周りでは、黄金の草原が地平線の果てまで広がっている。どっちへ行けば人里があるのか、想像もつかない。

 足下には、九匹のゴブリンの死骸。そこら中にぶちまけられた、どす黒い血と臓物が酷い悪臭を放っていた。

 それに引き寄せられて、蝶が集まってきている。死体に群がっているのだ。


 さらに厄介な屍肉喰らいの魔物なんかが出現するかもしれない。実際、何か嫌な気配が近づいてきている気がする。


 ここに、長居はできない。かといって、独力で旅をするには、いかにも不安があった。





 やむを得ない。

 下手に出るのは何だか癪だが、武雄は心に決めるとクラフト・キューブを向いた。


 武雄は甘言でもって、諍いの解決の糸口を探ろうとした。


 武雄は口調を柔らかくして言った。

「クラフト・キューブさん、可愛いなあ。美人だなあ」

『そ、そう?』

 武雄のお世辞に反応して、箱はプルプル振動した。


「とてもこんな異世界で、独りで生き延びることはできなさそうだなあ。美しいレディのクラフト・キューブさんに冒険をサポートして欲しいなあ」


『んもう、世話が焼けますね。私がいないと、どうしようもないんだから』

 箱はわざとらしく、大きなため息をついた。


『誰にでも失言はありますからね。今回だけは許してあげます』

「助かる」

『じゃあ、私を清掃してルックスを改善してください』

「……はい」





 旅人の服の方袖をちぎって作った布で拭い清めると、箱のルックスは改善された。


「移動する必要があるな。クラフト・キューブ、おまえはどうやって運べばいい?」


 転生者の武雄といえども、一片一メートルの、石でできた立方体であるクラフト・キューブを運ぶほどの怪力は持っていなかった。


『私を運べるようになる呪文があります。よく聞いて、暗記してください』


 クラフト・キューブは声を張り上げ、朗々と呪文を詠唱した。

『雄大な夜明けの果てから王に息づく種の強さ、クローズ!』


「なんだって?」

 武雄は顔をしかめ、思わず聞き返した。


『今のが呪文です。私に触れながら唱えると、私の形態をポータブル・モードに変形することができます。元に戻すときの呪文はこれです』

 クラフト・キューブは、またしても声を張り上げる。実に芝居がかった口調で、呪文を唱えた。

『闇より開きたるは黒の箱、聞こえくるは歌の音色、オープン!』


 武雄の表情が硬くなる。

 くそ。酷い呪文だ。センスがない。ダサい。誰が考えたんだ。中二病もいいところじゃないか。こんな呪文を真顔で唱えろと言うのか? 俺に? 酷い話だ。


 武雄は強く思った。だが、口に出さないだけの分別は学んでいた。


『さあ、早速呪文を唱えてみましょう。早くしないと、呪文を忘れちゃいますよ。さあ、どうぞ! 唱えてください! 今すぐ!』

「……分かったよ」


 武雄は、クラフト・キューブに片手を置いた。

「……雄大な夜明けの果てから天に息づく種の命、クローズ」

 武雄は、ボソボソと唱える。




 ……。

 ……何も起こらない。


 風で草がざわめく音がするばかりだ。

 武雄は酷くバカバカしい気分になった。


 クラフト・キューブに文句を言おうと、口を開く。





 その瞬間、クラフト・キューブの表面に刻まれた紋章が蒼く輝いた。武雄は、驚いて飛び退く。


 ガラス片を踏みつけた時のような硬質な音をたてて、クラフト・キューブは変形を始めた。

 クラフト・キューブ表面の刻み目ごとに内側に収縮していく。みる間に箱は縮んでいき、ついには武雄の手に乗る程にまで小さくなってしまった。


「質量保存の法則に反しているじゃないか。おかしな事もあるものだ」

 武雄は屈んで、変わり果てたクラフト・キューブをつまみ上げる。


 形態は、立方体から、ドーナツ型へと変化していた。黒くて、表面に紋様の刻まれたドーナツだ。重量も片手でつまめるほど軽くなっている。


「……まさにポータブル・モードだな」

 武雄は感心しながら、ドーナツの輪に人差し指を引っかけて、くるくる回した。


 更にドーナツを滑らせて、腕にはめると、やけに馴染んだ。

「お洒落な腕輪だ。そうは思わないか?」

 武雄はクラフト・キューブに尋ねた。だが、返事はない。

「クラフト・キューブ?」

 返事がない。


 この形態では会話ができないのだろうか。

 元に戻す呪文を唱えなければならないのかもしれない。

「闇より開きたるは黒の箱、聞こえくるは歌の調べ、オープン!」

 武雄が唱えると、黒いドーナツは、武雄の腕から落ちた。

 そして、急速に大きくなり、元の立方体へと戻った。


『今のが、ポータル・モードです。ただし、この形態では私は機能を発揮できないので注意して下さい』

「分かった」

『じゃあ、行きましょう。素晴らしいアドベンチャーと、桃色の奴隷ハーレム目指して、レッツゴー!』


「あと一つ……」


 武雄はラズベリー色の空を見上げ、金色の草原が果てしなく広がる地平線を見やり、それから箱へと視線を戻した。


「俺の転生した、この世界の名を知っておきたい」

『ナイドラメアです』

 クラフト・キューブが答えた。




 ナイドラメア。それが武雄の新たな世界の名前だった。





 右腕に腕輪。左手に聖剣を持つと、転生者は歩き出した。




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