5/5
待つ人がいる(一)
パラパラと雨の礫が甲板に打ち付ける音が響く。
「降り出したか」
常より大きく揺れる船室で、華奢な体を甲冑に包んだ皇子は切れ長い瞳に張り詰めた光を走らせた。
「今少しで喃城に到着します」
抑えた声とは裏腹に、臣下の鄭護の面にも緊張が駆け抜ける。
「鄭護」
湿った潮の香りが強まり、揺れが幅と速さを増していく船室の中で少年の声は静かに響いた。
「今日まで私に良く仕えてくれた」
語る皇子の面持ちは平静だが、瞳だけが幽かに潤んだ光を宿す。
「越安王は情け深い心の持ち主と聞いている」
ガシャリと少年は腰元の剣の鞘を握り締める。
「私が兵の先頭に立つゆえ、討ち取られ次第、そなたたちは降伏せよ」
「なりませぬ」
鄭護は皇子の手を押さえた。
壮年の部下の掌はまだ少年の主君の掌を包むほど大きい。
「そのようにしてまで生き恥を晒したい者などこの船にはおりませぬ」
揺れが加速度的に増していく船室の暗がりで臣下の目に宿った光が残像を引く。
――交代だ! 上陸まで力を温存しろ!
甲板から兵士たちの声と足音が響いてくる。
少年は改めて音のした方角を見やった。