その8 金色の来客
さて、この思わせぶりなエッセイもなんだかんだで8話を迎え、
そろそろ与太話のネタも尽きてついでに作り話にも飽きて、暑さに負けて猫に邪魔されて盆休みにでもはいるのではと期待しているそこのあなた。
悪いけれど、
実を申せば、
ここまでが長い、くどい、できの悪い前フリだったのである。
なかなか触れる気にならない本題に入る前の。
しかしこの調子で本題を先送りしていると夏が終わってしまいかねないので、
Pinkmintさんは腹をくくりました。
とっかかりましょう。
わたしがこのエッセイを書こうと決心した大元の、わが家の奇々怪々譚に。
いや、今まで書いたものだって決して嘘じゃない。取るに足らない話だと思っているわけでもない。が、そっちはかけてもこっちはかけない、そういうブレーキがかかるぐらい、とっておいたこの本題は、わたしにとっては深く禍々しく、現在進行形の、なんか触れてはいけない感満載のヤバいネタなのである。
しかしひとたび決心したからには、真夏の稲川淳二になったつもりでぺらぺらと身軽口軽にいきたいと思う。受け取るそこのあなたも、夏のエンターテイメント的なノリで適当に楽しんでいただきたい。
舞台は、わたしが現在も住んでいる、築四十年余り、木造在来工法モルタル仕上げ屋根はスレートのわが家である。
で。
最初の異変は、「壁の音」だった。
当時おそらく、わたしは小四か小五ぐらい。
わたしが個室として使っていた、南西の角部屋の壁から、その音は聞こえ始めたのだ。
この家を建てたのがそもそもそのあたりなので、新築間もなく始まったことになる。
その音というのが、非常に「派手」だった。
ばりばりばりばりざりざりざざざざー。
いってみれば、金属でできた竹ぼうきで壁を思いきりひっかくような、あるいは、糊をつけたばかりの壁紙を無理やり建材から引っぺがすようなそんな耳ざわりな音だ。
それが、夜昼構わず、部屋の壁を一周するのである。
いや、一度始まると一周では済まず、ざりざり、ざざざざ、ばりばりばりざああああああーという感じでどんどん大きくなりながらぐるぐるぐるぐる、部屋を周回するのだ。
人がいてもいなくても起きるので、当然家族も聞いた。いや、聞いてもらった。
母も姉も「なに? なんなの、これ」と戸惑うばかりで、解決にもならず、父に至っては
「家というのはいろいろな音がするものだ」で済ませてしまった。
家鳴りぐらいわたしも知っている。
両親とも岡山の出身で、特に母の実家には夏休みともなると親戚いとこ一同が集まった。お風呂は五右衛門風呂、土間やお蔵つきの旧家だったので、ネズミや蛇、カジカガエル、屋根裏の仔猫に風の音、古い建材の音その他もろもろ。音の聞こえない夜はなかった。
けれど、昼も夜も構わず続くばりばりばりばりという怪音は、そのどれにも似ていない。どころか、とにかく、うるさい。どのぐらいうるさいかというと、深夜ラジオの音が聞こえなくなるぐらいうるさい。何しろ壁の中から聞こえるというよりも、壁そのものを長い何十本もの爪でひっかいているようなダイレクトな音なのだ。
あまりに堂々としているので、怖いという感覚はほとんどなかった。ただ、鬱陶しいので早く収まってほしいと、そればかり思っていた。
どれぐらい続いたかははっきりしないけれど、その騒音は、だいたい二・三年のうちにだんだん聞こえなくなっていった。毎日聞こえていたのが二・三日に一回になり、一週間に一回になり、まれになり、やがて…… という感じで、フェイドアウトしたのだ。
そのかわりというか、変な音が別の場所から続いていた。
例えば一階にいると、二階でたびたび、ドーンという音がする。
たとえてみると、棚の上から植木鉢が落ちたような大きな音だ。
上がってみても、何の変化もなし。これはしょっちゅうだった。
それと、一番派手だったのが、家の北の壁の「衝撃音」だ。
わが家は北側に窓がほとんどない。トイレの小さい窓が一個だけ、あとはのっぺりした壁で、その外には、植えたわけでもないのに勝手に生えてきた木が数本立っている。
ある夕方のこと、その壁を、巨大な材木でぶっ叩いたような音がどかーん!と響いたのだ。母とわたしは、その北の壁に面した和室にいた。二人で悲鳴を上げ、飛び上がった。家は揺れ、壁が割れるかと思うほどの衝撃だった。何が起きたかわからなかったが、木が突然折れて家に倒れかかったか、巨体の人間がハンマーで北の壁を叩いたか、とにかくそういう音だった。
ところが、北側に回っても何の異変もない。木も折れていなければ倒れてもいない。
モルタルの壁にも、何のあとも傷もないのである。
狐につままれたよう、とはこのことだった。
家の中でも、小さな異変が続いていた。たとえば、トイレの手洗いボウル。
トイレの水タンクの上部に小さな蛇口があり、排水溝には、プラスチックの造花が、水はね防止のために置いてあった。
夜中に手洗いに起きると、それが、なぜか床のタイルの上に落ちている。これは二回あった。
わたし以外に子どもと言えば四歳年上のおとなしい姉で、人一倍怖がりでもあり、こんな悪戯をする理由もなにもない。当然、疑われたのはわたしだったが、全く身に覚えのないことだった。
それと、居間のピアノの上に置いてあった人形、これは足を投げ出して背を壁にもたせかかるような格好で座っていたのだが、これが朝見たら部屋の中央のテーブルの上に落ちていたことがあった。落ちた、と言うより、飛んでいった、という距離だ。
黒い髪を振り乱してうつぶせにテーブルに落ちている少女人形の姿は、なかなか壮絶なものがあった。
部屋の怪音はいったんは消えたが、十代に入ったころから、わたしはしょっちゅう金縛りにあうようになった。
頭は半覚醒しているのに体は眠っている、そのアンバランスな状態から起きるというあれである。
理屈で仕組みはわかっていてもあれは実にいやなものだ。
まず、始まる前に何とも言えない静寂が訪れ、何の音も聞こえなくなる。そして突如、ピーという電子音のようなものが頭の中に鳴り響く。そして全身がしびれはじめる。様々な声がわやわやわやと聞こえはじめる。
いろんな声が自分を呼ぶ、目を開けてこちらを見ろと言う、でも体は動かない、目もあけたくない。それがいつもの金縛りだった。
その夜始まったピーは、過去最高と言っていいすさまじい音だった。
これはなみの金縛りではない、とわたしは覚悟しつつ、何とか今のうちに手の指一本でも動かそうと試みたがもうどこも動かない。そのとき、その瞬間、ああ、自分はとてつもなく大変なものを見る、という予感がした。
変な話だが、その予感をくっきりと覚えている。見たくない、見てはいけない、恐ろしい、凄いものがやってくる、それはもう止められない、というあのまざまざとした恐怖。
ピーが止まったとき、わたしは自分の足元、部屋のドアのほうを見ていた。体は動かないけれど、目はあいている。そして、据え付けられたように、視線を動かすことができないのだ。
すると、閉じたドアと壁の間の、紙一枚の薄さほどの隙間から、光り輝くあるものがすうっと入ってきたのだ。
それは、
「紙に描かれたような二次元の、ぺらっとした金色のお地蔵様」
としか表現しようのないモノ、だった。
花のようなものの上に胡坐をかいて、かすかに微笑んで、手の上に何か持っていて、背後にはとにかく金の炎のようにまぶしい光を背負っている。
そして、布のようなひらひらしたものが背後を泳いでいる。
その全身は金色に光り輝いていて、ものにあたるとポーンと跳ね返り、周り中を照明のように照らし出しながらふわりふわりと緩急をつけて空中を飛び回るのだ。
恐ろしい存在でも恐ろしい姿でもないのに、あまりに異様なものを見ていることがただ怖くて怖くて、わたしは死にそうになりながら、ああ出て行って、どうか出て行ってください、と祈りつづけた。
目を閉じても無駄だった。閉じた瞼の裏を、光り輝く姿が飛び回り続けるのだ。
やがて金色のお地蔵さまは、やさしそうな表情のまま、入ってきたときと同じように、ドアの隙間からすうっと出て行った。
その瞬間部屋は闇に沈み、わたしは気絶するようにすとんと眠ってしまった。
翌朝。
目が覚めた途端、わたしは昨夜のことをまざまざと思いだした。
そして階下に駆け下りると、朝食の支度をしている母に向かってまくしたてたのだ。
あのね、ゆうべ、紙に描いたような金色のお地蔵さまがドアの隙間から入ってきて、ひゅんひゅん飛び回ってね……
母はまたいつもの不思議好きな娘の夢の話かと、面倒くさそうに、ああはいはい早く食べなさいと聞き流していた。
すると、足音も高く姉が二階から降りてきたと思うと、息せき切って喋りはじめたのだ。
「ママ、わたしゆうべ、凄いもの見たの。夢かどうかわからないけど、凄い金縛りにあって、そしたら金色に光る大仏様みたいなのがドアの隙間から入ってきて、部屋中飛び回ったの!」
母は仰天した。わたしと違って、姉はふざけたことや非現実的なことは口にしないタイプなのだ。というか、普段から、口がないのかというぐらいおとなしい人だった。その朝の姉は、顔を紅潮させて、明らかに様子が違っていた。
「それ、わたしも見た。同じの見たよ!」とわたしが言うと、
「ほんとに? 金色に光ってたよね? 部屋を照らし出してたよね?」と姉は興奮して聞いてきた。
「うん、それで背中が一番光っていて、めちゃくちゃまぶしかった」
「そうそう、紙にかいたみたいなひらっとした姿で、ものにあたるとポーンて跳ね返ったよね!」
さすがに母が心配そうに割って入ってきた。
「それは、目で見たの? 夢じゃなくて、ほんとうに目を開けてみたの?」
「うん、目を開けても閉じても見えたの。だからわたし、もういやになって、ベッドから足を出してポーンと蹴飛ばしたら、ドアの隙間からすーって出て行っちゃったの」
姉の答えに、母は青くなった。姉は翌日に奈良・京都の修学旅行を控えていたのだ。
姉は見たものを「大仏様」と言っていた。
東大寺に鎮座ましましているあの大仏様をかりにも蹴飛ばすとは。
あまりに縁起が悪い、何か起きると怖いから、修学旅行に行くのはやめなさいとまで、母は言ったのだった。
でもさすがにそんなことで楽しみにしていた修学旅行をやめるわけもなく、姉は翌日予定通り出発し、そして何事もなく帰って来た。
中学の修学旅行だから、当時多分姉は十五歳、わたしは十一歳あたりだと思う。
わたしは姉とその後もよくよく話し合い、お互い見たものの姿がほぼ同じだということを確かめあった。
花のようなものの上に座っていた。
足を複雑な形に組んでいた。
坊主頭で、とにかく優しい表情。手を膝の上に置いている、あるいは何か持っている。背中には光の輪のようなものがありそれが金色に光り輝いている。紙にかいたような二次元体で、ものにあたると跳ね返り、あたりを照らし出すほどまぶしい。
わたしは自分が見たものの本当の名前が知りたくて、いろいろ図書館で資料を調べた。
すると、「地蔵菩薩」がほぼすべての点で一致した。
花の上に立ち、あるいは座り、手には宝珠を持っているところ、背中に光の輪があるところ、表情がやさしげなところも一緒だ。ただ、たいていの地蔵菩薩像が手にしている錫杖という杖は、わたしたちが見た姿にはなかった。
阿弥陀如来像は何かがしっくりこなかった。如来さまの表情には威厳はあるけどあの柔和さがない。
頭のぶつぶつもてっぺんのあの盛り上がりもわたしが見た姿にはなかった。
部屋に入ってきたそれを、瞬間「お地蔵様」とわたしが思ったのは、辻辻に立つあの石のお地蔵様の、柔和な優しい表情が印象にあったからかもしれないと思う。
わたしが見た姿をイラストにして描くと、大体こんな感じになる。
ボールペンでかいたんですがそこらの紙を使ったので多少紙面が汚い点はご容赦ください。
で、ただ一つ、背中にひらひらしている特徴的な布だけは、仏像にも地蔵菩薩像にもないはずのものだった。これは、あとで調べたところ、飛天がまとう天衣というもので、飛天が宙を舞うための衣なのだ。飛天とは天人のことで、仏教における六道の最上階である天道に属する。天の音楽を演奏し、天の華を降らせ、天の香を振りまいて浄土を飛び、仏を称賛するという。天女として、仏様の背後に描かれることもある。
つまり、地蔵菩薩自身がこれをまとっているのは理に合わないのだ。
けれどまた、日本では天人に限らず、菩薩でも空を飛ぶものは飛天と呼ぶ、という説もあると聞いた。
では、宙を飛ぶ地蔵菩薩もあるということだろうか。
とにかく、この世に本当に、自分が見たと同じものが絵や銅像として存在していること自体にわたしはびっくりした。それらは所詮、人の頭が作り出した幻の偶像だと思っていたのだ。
では、そういう形をしたものが、実際に金色に光りながらわたしと姉を同時に訪れた、これはいったいどういうことなのだろう?
あの夜、宙を飛びながら、わたしたちに何を伝えたかったのだろうか。
……それがどういうことなのか。
それを、わたしたち姉妹は身をもって、しかもすごく現実的なこととして、のちに知ることになるのである。