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17/21

その17  秋の夜ばなし 漫談風味

 さて、このエッセイを始めましたのも、実はまたどこやらから異界の客が来て騒ぎ出した場合、実況中継をする場が欲しかったのが本音ってところでして。

 それがですね、さすがの十月。

 気配が始まりましたよ、とほほ。

 でもそのまえに、多少時間のブランクがあったあたりの言い訳も含めて、口調も変えて、ちょっと今回は小噺風に軽くいってみたいと思います。

 何せエッセイですんで、そこら辺は作者のわがままってことでどうぞご容赦を。

 

 十月の作者のイベントは二つ、イタリア旅行と入院でした。

 イタリアのほうは関係ないので置いといて、入院は最初から決まっていた目の手術でして、帰国後一週間ほどで予定通り入院となりました。目の病院としては大変有名な東京の某大学病院です。


************************************



さて、手術となれば一番怖いのはなんだい?八つぁん。


そりゃあ熊さん、人の体をなますのように切ったり刻んだり……


料理じゃないんだから刻まねえだろ。案外知られてないが、怖いのは全身麻酔で呼吸が止まるのに備えての酸素吸入と、そのあとのトイレ事情だよ。


ああ?目の手術なんて二十分で済むと言ってたじゃないか八つぁん。それに麻酔されてりゃ痛くもかゆくもねえだろ?


それがだな、全身麻酔ってえと呼吸まで止まるんで、結構太いしっかりした吸入管をのどの奥まで強制的に入れるわけだ。で、医者が何度も念を押しに来るわけよ。歯が折れることもあるので承知しておいてください。どの歯が差し歯でブリッジですか?

差し歯のほうは昔なんでよく覚えてないと言ったら、複数で覗き込んでこの歯だあの歯だと。覚悟したね、これは確実に折る気だな。


折る気なら確認しねえだろ。


まあ、点滴の最中からなんもわかんなくなって、目が覚めたらすべて終わって手術台の上だ。起きてください終わりましたよーと看護師の声がする。でもな、肝心なあれが喉に入ってやがる!太い管が、喉まで。ここで起こすなって!


そりゃあ苦しそうだ。で、目を覚ましたところで文句言おうとして威勢よく歯をぼきっといったのかい?


いかねえよ、ゆっくり丁寧に小気味よく抜いてくれたからな。喉を傷めたらしくて咳が止まらん、だが問題はそのあと。


例のトイレ事情?導尿とかたのしそうなやつかい?


そんなもんは繋がれてなかった。ベッドの柵たてて、点滴を天井に直接つないで強制的に動けなくして、主治医の許可が出るまでは勝手にトイレいかないでナースコールしてくださいねとこうだ。


なるほど、ベッドがトイレか。面積も広くていいねえ。


猫じゃないからそういうわけにはいかない。ナースコール押すとだ、看護師がにこにこやってきて、点滴を台車につなげてトイレに連れてってくれるかと思いきや、洗面器持ってここにどうぞと来やがった。


せ、せんめんき? ゲロじゃないんだから。


尿瓶は便利な形してるんで男は漏らすことはない。だが、こちとら女なんでね。先の尖った三角形の洗面器でだな、ドウゾと言われて出て行かれて、あんた、これでどうしろと。

個室なのがある程度幸いしたが、仕方ないからベッドの頭の部分たてて、なんとかかんとか。

でもな、その時分は食事の配膳時間でドア開いてるんだよ。いい夕食の匂いがしやがるんだよ。

ぎりぎりこちらの姿は見えないが、膝から下は廊下からも見える始末。あんた、これが大だったら、そんでゆるめだったらどうなるんだよ。個室じゃなかったらどうなるってんだよ、ええ?


ぶぶっ。そりゃあんたの悲劇じゃなくて病棟中の悲劇だ。夕食テロだな。病棟中の嫌われもんだ。ぷぷぷっ。


こ、ころちてえ。いっそころちてええええ。そう叫ぶしかないわ。


で、だ。あんた怪異譚ってタイトルで小噺、いやエッセイかいてるそうだが、こんなネタが使えるとでも?

例の怪奇現象とやらはどうなったのよ、魔の十月だろ?


今までのは枕ばなしだよ。


またなげえ枕だな。


……それがだね。どうやら、数年ぶりに来やがったのよ。オカルトがよ。


まじでかい! どんな具合に? 風呂場で顔洗ってたら目の前の鏡に髪の長い女の逆さづりがびよーんと……テレビの中からのそのそと……そこをスリッパでスパーンと……


そんなわかりやすいんじゃないよ。いつも最初は音だけだ。でな、最初に気付いたのは猫なのよ。うちの三毛猫のすずちゃん。かわいいんだこれが、毛並みもよいし目はぱっちりで、まさに鈴を張ったような。女で言えば京美人タイプ。腹は太いが、言うなら小股の切れ上がった……


それはいいから猫がどう気づいたんだよ?


うちの三匹のうち一番野生を残したその美少女だ。その子がだな、こちらが気付く前から、丸まってたソファの上で首伸ばして、天井を見上げてんのよ。真っ黒に瞳孔開いててな、きっきっ、とあちこち視線が動くの。


ほうほう、時間は?


夜の九時過ぎ。で、その時自分にもわかったね。天井裏で、かすか―に音がしてる。

かりかり、かさかさ、かりかりかさかさ……何か小さなものが蠢くようなひっかくような……


生き物的な感じかい?


何か小動物がカサコソしてる感じだ。そんでいったん、音は止まった。

そしたら、すずちゃん駆け出して、居間の入り口にあるキャットポールに上ったのよ。で、てっぺんで首を伸ばして上を向いてる。

そしたら、またはじまったんだ。今度はもっとはっきりした音さ。がりがりがりがり、ごそごそ、がりがり。


がりがりってあんた、なんかかじってんじゃないの、それ。


そうなんだよ、はっきりしすぎてて怖いというより「こらっ、やめろ!なにかじってんだ!」って感じだ。でもこれ、お盛んだった当時は毎年十月に始まってた恒例の謎現象なんだよなあ。いつもならそのうち一階二階、ヵべの中や天井裏のあちこちから同時に音が聞こえだして、どんどんずるずるのしのしどどーん、たまったもんじゃない。あのときは業者にも真っ最中に屋根裏を調べてもらった、でも生物の気配もないし出入り口もない、糞も巣もないから生物は侵入してないという。じゃあなんなんだよ?


何なんだよって言われてもねえ。で、今回のその夜は相当うるさかったのかい?ほかの猫の反応は?


他の猫は知らん顔して寝てたよ。すずちゃんだけが天井を睨み続けてた。

で、音は三十分ぐらいで止んだのさ。その夜はそれでおしまい。でもしばらく猫はキャットポールのてっぺんにいたね。

で、翌々日の夜だ。

九時ぐらいに、またすずちゃんがいきなり走り出して、ポールのてっぺんに上った。


なんかこわいねえ、音よりその様子がさ。小股が切れ上がって瞳孔開いてんだろ。何か聞こえたかい?


それが聞こえないんだよ。でもすずちゃんは頭をあちこちめぐらせて、アア、アアア、と小さい声で鳴いてる。

そのうち自分にもわかった。すごくすごく小さな、パチパチッ、パチパチッという音がしてるんだ。泡がはじけるようなかすかな音が、天井裏から。

いやあああな気分になったよ。ありゃあ、恒例の怪現象が始まるとき必ず聞こえる音なんだ。

本気で始まれば、昼夜を問わず半年続く。そして屋根裏を見ても、どうせなにもいない。


よかったじゃないか、この小噺、いやエッセイをここに置いといた意味があるってもんだろ?


そういう意味じゃなあ。でもねえ、終わったと思ってたんだよ。安心してもいたんだよ。

こんなの用意してたから始まったのかなあ。


じゃあやめれば?


いやもう何でもありの場として残しとくわ。で、こうなったら実況中継だ、この際可能なありとあらゆる方法を試して、天井裏にいるなにかの正体を暴きだす!


やる気だねえ。まず何をする?


あのね。

実は一週間ほど前、庭で遊んでたすずちゃんが、ねずみの子をお持ち帰りになったのよ。


ひえっ、鼠! 生きてたのかい?


最初は息してたがじきに死んだな。廊下でちょいちょいやって遊びやがって、得意げにこっち見上げやがって、しかし猫としては立派なもんだ、猫はもともと鼠を捕るのが仕事だっだんだからな。


ちょっと待て。家の周りに鼠がいたってことは、音の正体もそのネズ公だったってことになるんじゃ……


うん、その可能性も大いにあるよな。だから次にまた似たような音がしたら、プロの駆除業者に頼んで徹底的にみてもらおうと。


やりゃいいじゃないか、すぐにでも。


でもなあ。

外装工事はしたし、外国旅行はいったし、入院もしたし、下水道の外回りの工事もしなきゃなんない。赤字なんだよ、はっきりいって。


そういうことか。だがおうちは大事だぞ、倒れたらあんたも猫も家族もぺしゃんこだ。


鼠で家は倒れやしないよ。


電線かじって漏電したり、雨漏りの原因になったり屋根裏が糞で腐ったり、ネズミ算で増えたりいろいろだぞ。


まずはあたしが屋根裏にもぐろうとおもうんだが、まだ目があれでなあ。それにのぞいた途端顔かじられたりしたら今度は整形だ。


それで大山鳴動して鼠三匹ほど出てきたら、このエッセイもあんたの顔も終わりだしな。


うるさい! 金をくれ金を。


************************************


 今回は漫談風にやってみました。

 いつまでこの調子かって?

 流石に今回限りです。さて、猫が二匹目の目鼠をくわえて来るのが先か、また無気味な音が始まるのが先か。乞うご期待。てれつくてんてん。


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