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ねぎとろのごった煮

ネオミニスケープ

作者: 葱野とろ

 荒れ果てた星があった。砂ほこりが舞う荒れ地は、寂しげに枯れた草を転がしている。

 そこに、鈍い銀色に光る宇宙船が、ゆっくりと牙のような足を突き出して降り立とうとしている。

 宇宙船の表面には大きく『新世界開拓隊』と書かれたロゴマークがついている。

 その姿は、どこかふらついていて、弱弱しげなものだった。

 大きな体をぐらりぐらりと振り回しながら、足を軋ませて荒れた地面に足を付けた。

 苦しげな鉄同士が擦れ、軋む音が虚しく荒野に響く。しばらくすると、空気の抜ける音と共に落ちるようにハッチが音を立てて開く。

 そして、中から防護スーツを身に纏った男が転がるように降りてきた。


「はぁ、酷い目にあったぞ……」


 男は、防護服についた埃を払いながら立ち上がり、周囲を見回す。


「コールドスリープが解けたから目的地に着いたと思ったのに、まさかエンジンの故障で見知らぬ星に不時着する羽目になるとは」


 愚痴を零しながら、男は人気を探す。だが見た限りそこは人が住んでいるような場所では無さそうだった。

 それでも男は必死に腰に着けていた端末を手に取り覗き込み、探査ソナーを使う。

 無機質なディスプレイは、男とは打って変わって冷静にソナーを起動し、優秀な計算装置は数秒も立たずに男にとって最悪の結果を示した。


「生命反応は、無し……か」


 へたり込むように乾いた大地に座り込む。見上げる宇宙船はエンジンから煙をあげており、とてももう一度空を飛べるとは思えなかった。

 計算し続けソナーは、この周囲の様々な情報を伝えており、この星の大気は呼吸に適したものであり、病原菌の反応も無いと示している。

 防護服が熱く、重く感じていた男はそれをしっかり確認して、防護服を脱ぎ、軽装のまま地面に座り込む。

 くすんだ色をした雲が、静かに風に流されていく。それを見ながら男は絶望に浸っていた。


「生命反応もなく、植物も無い。これじゃ水があってもとても飲めたものじゃないな……」


 人間は環境に対応する生き物である。男も例にたがわず、すでに自分のみで生きる算段をしていた。


「水は清浄機があるからまだ何とかなるが……食事はどうしようかなぁ」


 船には、緊急用と開拓する為の道具が幾らか積み込まれていた。

 だが、当然無限ではなく数にも限りがある。

 おそらく一週間は持つが、ここは本来コールドスリープで通り過ぎるような星だ。救助してもらうにも、この星の場所を救助隊なり母星に伝えなければいけない。

 だが、船の計器が壊れている今。男はここの場所を正確に知る方法がなかった。


「せめて、この星に少しでも文明的な物があれば良かったのだが……」


 悲壮な顔でぼやく男は、もはや諦めたかの様に手足を広げ大地に寝そべった。

 暫くそのまま汚い空を見ていると、急に端末にノイズが走り、男の耳を刺激した。


「な、なんだ、どうした!」


 驚いて飛び起きた男は、それが自身の持っている携帯端末からだと気が付く。


「まさか、壊れたのか?」


 悲壮を表していた男の顔がより深くその感情を表す。

 不安げな目が見つめるディスプレイはノイズを吐き出しながら画面に砂嵐を映している。

 それは縦に伸びたり、横に伸びたりを繰り返し続けノイズが収まると、薄ら人の影が映し出される。

 それは段々と明瞭な人物になっていき、やがてその姿がはっきりと映しだされた。


「あぁ、やっと映ったわ」


 画面の向こうは、男の見たことのない様な機器が整頓されて置かれている。

 その中心に、一人の女性が映っていており、男を見つめていた。

 金髪に色白の肌、澄んだ緑の形の良い瞳。

 男が見た女性の中では、とても綺麗な女性で、男は思わず我を忘れて見つめていたが、やがて正気を取り戻して女性に尋ねた。


「あ、あんたはいったい誰なんだ?」


「私はこの星に住むものよ、急にあなたの宇宙船が着陸して来たから、驚いて急いで乗組員に連絡を取ろうとしたのよ」


 女性は、可愛らしい声で男に説明をする。


「そんな、ここに来たときにソナーを使っても何の反応もなかったのに……」


「そうでしょうね、私たちは貴方の星よりもっと高度な技術を持っているわ。今、私があなたと通信している場所は、この星の地下の深い所よ」


 女性は、男に落ち着いて聞くように諭して、この星の辿った運命を語りだした。

 この星はとても高度な文明に発展したこと。しかし、争いも多く高度な科学技術によってこの星の住民は皆普通の体では無くなり、地面の下で生活するようになった。

 男は唸るような声を上げた後、呟いた。


「それじゃあ、今この地上には男以外の生き物は居ないのか……」


「そうね……少なくとも私たちは貴方が今いる地上には出る事が出来ないわ」


 女性は、残念そうに男の呟きに答えた。


「俺の母星の事は、分かりますか? どこにあるとか、ここからどれくらい離れているとか……そんな事は分かりますか?」


 そう聞くと女性は申し訳なさそうに首を横に振った。


「私たちは確かに高度な技術を持っていたけど、残念ながら宇宙に目を向けていなかったのよ……だからこの星の外の事は分からないわ」


 そう男に答えた後にごめんなさい、と小さくつぶやいた。

 男はそれを聞いて打ちひしがれるように頭を垂れる。そのうち、ふつふつと彼女に怒りの感情が湧きだし、ディスプレイの向こうの女性にぶつけた。


「だったら、なんで俺と連絡を取ろうとしたんだ! 期待してしまうだろう! ここから抜け出せると期待してしまったじゃないか!」


 出せる限りの怒鳴り声を平たい画面にぶつける。


「……ごめんなさい。でも、このままじゃ貴方は生きていけないと思って」


 目を伏せて、悲しそうな顔をする女性。その整った綺麗な目に、涙が滲んだのを見て、男は思わず言葉を取り繕った。


「い、いや、確かにこのままじゃどうしようもなかったし、こうやって誰かと話せたのも嬉しいんだ。だから、泣かないでくれ」


 画面の向こうでは女性が涙目でこちらを見ている。


「それで、俺はどうすればいい? 君が居るところに向かえばいいのか?」


 女性は、一度だけ目をこすり、答える。


「いいえ、私たちが地上の環境に合わないように、こちらの環境も、貴方には合わないわ」


 女性の言葉に、男は困惑する。


「待ってくれ、今君たちはいったい何処にいるんだ?」

「この星の地中深く。あなたがここに来たら、強い気圧に押しつぶされてしまうわ」


 そして、逆に彼女にとってこの地上は気圧が弱すぎる。

 きっと、こちらに来た彼女は、膨らみすぎた風船のように破裂してしまうだろう。


「なら、俺はどうすればいいんだ」


 元の星に戻れるわけでも無く、女性の元に行けるわけでも無い。

 男は、端末を持っていない手の方で、頭を掻き毟りながら呟く。


「そうね、まずは移動しましょう。あと少ししたら、飲用可能な水が出る場所があるわ。そこで、貴方が持ってきた植物の種を植えて育てて欲しいの。そうすれば当分の間、生活する事ができるわ。そこまで行って頂戴」


 端末は、彼女の姿を映すのを止め、送信されてきた地図を表示する。

 それを眺めながら、男はふと、なぜ彼女が植物の種を持っている事を知っているのか気になったが、  まぁ、船の名名前から推測できたのだろう、と自分で納得した。

 眺めている画面には、自分を示す赤い光点と緑色の建物のマークが鮮やかに光っている。見知らぬ星、荒廃した環境、壊れた宇宙船。

 現状で、男が縋れるものは、彼女しかいない。

 分かったと言って、男は端末に表示された地図が示す方向へと足を進める。

 植物の種や栽培に必要な物をリュックに詰め込み、宇宙船を降りる。別れを告げるかのように宇宙船が軋んだ音を立て、男はそれを一瞥して地平線に向けて歩き出した。




 そこから、遠く離れた地下深くで、女は期待に満ちた目で画面の向こうの男を見ていた。


「長かったわ……」


 小さく呟き、人名の書かれたリストを開く。


「最初の人から、これで十三人目。ようやく植物を育てる事が出来るわね」


 男がここに来たのは、偶然の故障ではなかった。

 女が宇宙船のシステムに介入し、わざと故障を引き起こしたのだった。

 理由は簡単だった。男の船に乗っていた植物の種であり、彼はあくまでそれを育てるおまけだった。


「過去の私たちは、この星に対して、とても申し訳ない事をしたわ」


 画面の向こうの荒野は何も答えない。


「だから罪滅ぼしとして、せめてもう一度この星が生命の溢れる星に戻さないと」


 そう思った女は、何千年の時をかけてこの星に近づく宇宙船を調べ、必要な物を積んでいる船をわざと故障させてきた。

 そうして、何十人がここで環境を改善しては、報われずに散って行ったのだ。


「この星の為に彼には、たくさん頑張って貰わないとね」


 そう言いながら男を見つめている女の耳に、レーダーからの信号が入る。

 この星の周りの宇宙を見張っている物だった。

「あら、もう一機……今日は大量ね」


 そう言いながら宇宙船を詳しく調べると、その船は遠い星の動物園に送られるものであった。

 女は、それを見てにこりと笑った。


「あぁ、そうね。もうすぐ食物も出来るのだから、今度は動物も増やさないとね」


 そのまま、女はその宇宙船がこちらに来るようシステムを発信した。

 一人の女性と、多数の動物を乗せた船はゆっくりと進路を変え、星へと進んでいく。

 女は上出来ね、一言こぼし再び男が映っている画面に目を移す。


「早く、来て。そうして、ここをもう一度楽園に変えてくださいな」


 地下に佇む巨大な金属の箱と、その真ん中にある画面から楽しそうに他の画面を見る女。

 女の体は、これからの事を考え、期待に溢れているかのように色とりどりのランプを点滅させていた。





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